寡黙な騎士団長のモフモフライフ!健気な愛し子に溺愛されて

蓮恭

文字の大きさ
30 / 53

30. 甘い甘いクッキーの味

しおりを挟む

 邸宅に到着すると、サラは初めて人間の姿で玄関から中へと入った。
 ユーゴは扉を押さえてサラを中に入れ、家族以外の女性を初めて家に入れた。

「なんか、変な感じ……。ユーゴの家に、人間の姿で玄関から入るのは初めてだから」

 サラは慣れない雰囲気に、キョロキョロと周囲を見渡した。
 見慣れた場所のはずなのに、自分が人間になったというだけでこんなにも違って見えるのかと、落ち着かない様子だ。

「あー……だが、これからは……ここはサラの家でもあるから……」

 僅かに頬を赤らめたユーゴは、フイッとさりげなく視線を逸らしながらもそう告げた。
 サラはとても嬉しそうに、無邪気にユーゴの腕に抱きつく。

「そうだね! これからは、この家でたくさんパンも焼けるし。楽しみだね!」
「それは確かに楽しみだな」

 動くたびにサラサラと揺れる薄紅色の長い髪を、ユーゴは目を細めて眩しそうに見つめている。

「ユーゴ、お腹空いた? 夕食食べてないもんね?」
「まあ、確かに……。今日はもう遅いから、この時間でも開いてる酒場ででも俺が買って来よう」
「私も一緒に行く?」

 小首をかしげて問う可愛らしい娘を、ユーゴはじっと見つめてから首を横に振った。

「いや、一緒に行くのはまた今度にしよう。服とか、色々と揃えてからだな」

 真っ白なワンピースに、シンプルな革の靴を履いただけの人並外れた美しい娘は、酒場に連れて行くにはあまりにも目立ち過ぎる。

「ユーゴ、いってらっしゃい」
「すぐ帰る」
 
 ユーゴはサラを邸に置いて、近くにある酒場へ食料を調達しに出かけて行った。

 月明かりと、たくさん建ち並ぶ酒場の灯りが通りを橙色だいだいいろに照らしている。
 通りに面した窓からは、店内で酒を酌み交わす人々が笑っているのが見えた。

 そして選んだのは、ユーゴのみならず騎士達が贔屓にしている一軒の酒場であった。

 くしゃりとした顔の皺が目立つ小柄な男性が、来店したユーゴに威勢の良い声をかける。
 
「いらっしゃい!」
「店主、ビーフシチューを二人前とパンを二つ。持って帰るから包んでくれないか」
「あれ? 団長さん、遅くまでお疲れ様だね!」

 年配の夫婦が営むこの酒場は、一階が酒場と食堂を兼ねていて、二階は宿になっていた。
 だから割と夜遅くまで客が切れない人気の店なのだ。

「店主も、相変わらず忙しそうだな」
「おかげさまで! 騎士さん達が利用してくれるからおかしな輩も来ないし、安心して飲める酒場だって繁盛してますよ!」
「それは良かった」

 待っている間、さりげなく店内の様子を窺う。
 酒場にはありがちな柄の悪い輩は見られず、善良な人々が楽しく食事や酒を楽しんでいた。
 
 チラチラと騎士団長であるユーゴの方を見てペコっと頭を下げるのは、若い青年達であった。

 彼等は騎士という職業に憧れて、しかも平民からのし上がり、若くして騎士団長という名誉ある地位を得たユーゴに尊敬を抱く、ちょっとした信者のような者たちである。

 彼等は普段ユーゴに話しかけることはしないが、その一挙一動をつぶさに観察しているのだ。

「はい、騎士団長さん。お待ち遠さま。今日は二人分だなんて、初めてだね。もしかして……良い人が出来たのかい?」

 ユーゴに包みを手渡す丸顔の老女は店主の妻で、ニコニコとした愛想の良さがこの店の人気の秘密でもあるのだ。

「ああ、また近々改めて連れて来よう」
「まあ! それは嬉しいこと! それじゃあそのとっても幸せな娘さんに、このクッキーを持って帰ってあげてね」
「すまない。感謝する」

 店内の多くの客は、ユーゴと老女の会話に聞き耳を立てていた。
 騎士としては確かに有能だが、寡黙で目つきの悪いユーゴには今まで浮いた話の一つもなかったからだ。

 ……というか、ユーゴが相手にしていなかったという方が正しいのか。

 くだんの騎士団長が店から出た後の店内では、相手は一体誰なんだと、暫く大騒ぎになったのであった。

 そんなことはつゆとも知らず、ユーゴはサラの待つ邸へと、橙色の通りを早足で帰った。

 邸の玄関まで辿り着いた時、いつもなら真っ暗な邸の中から先程の店と同じ温かな灯りが漏れていることに、ユーゴはほのかに笑ったのだった。

 ガチャリと音を立てて、やたらと重くて頑丈な玄関扉を開けたなら、ふわりと白いワンピースをなびかせてサラが駆け寄ってくる。

「ユーゴ、おかえり!」
「ああ。わざわざここで待っていなくとも、中で待っていれば良いのに」
「でも、何だか落ち着かなくて……」

 まだ新しいサラという人間の身体に慣れていないのか、それとも本当に自分が人間になった事が信じられないのか、美しい娘はどこかソワソワしていた。

「そうか。ここらで一番美味い店で買ってきたから、食堂で一緒に食べよう」
「うん!」

 その日、初めてサラはユーゴから天花粉てんかふん以外の食べ物を与えてもらって、とても嬉しそうに食べた。

「ユーゴ、これ美味しいね」
「ああ、それは店のおばあさんが、サラにやってくれと、くれた物だ」

 食後に老女から貰ったクッキーをサラへ手渡したユーゴは、彼女がそれを小さな手でつまんで、アーンと美味しそうに口に運ぶのを見ていた。

「なあに? ユーゴ、あんまり見てたら食べられないよ」
「いや、食べてるところは何となくモフの頃と似ているんだなぁと思って……」
「そう? 似てるのかな?」
「モッシャモッシャって、美味しそうに天花粉を頬張るモフはすごく可愛かったぞ」

 突然飛び出したユーゴの褒め言葉に、サラは耳まで真っ赤にしたと思えば、思いついたようにクッキーを一枚手にする。

 そしてそれをユーゴの口に近付けて、反射的にユーゴが開口した時を見計らって中へ放り込んだ。

「私ばっかり食べてるのを見られるの、すごく恥ずかしい! ユーゴも食べて!」

 そう言いながらも、サラはユーゴと二人で同じ物を食べられる喜びを噛み締めていた。

 翌日、騎士団駐屯地へ出仕したユーゴが大変な目に遭うなどということは、呑気に食事をしているこの二人はまだ知らずにいた。


しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。 放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!? 大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します

恋愛
ヤンデレ乙女ゲー主人公に転生した女の子が好かれたいやら殺されたくないやらでわたわたする話。基本ほのぼのしてます。食べてばっかり。 なろうに別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたものなので今と芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただけると嬉しいです。 一部加筆修正しています。 2025/9/9完結しました。ありがとうございました。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。  ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...