寡黙な騎士団長のモフモフライフ!健気な愛し子に溺愛されて

蓮恭

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40. ヒイロという人間

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 次に目を開けた時には辺りは明るくなっていて、サラはいつの間にか自分が眠っていた事に気付いた。

「ユーゴはきっと心配してるのに、寝ちゃうなんて馬鹿だな」

 独り言を言って起き上がったつもりが、そこに居たヒイロがその言葉に答えた。
 ヒイロは寝台のそばの椅子に足を組んで腰掛けて、サラの方を見ていた。

「本当、予想外のことばっかりだ。確かに寝ろとは言ったけど、この状況で本当によくスースー眠れるよな。見た時はびっくりしたよ」

 確かにその通りだと、サラは悲しくなって反論もせず俯いた。
 ユーゴは心配しているはずなのに、よく呑気に寝ていられるなと自分でも思ったのだから。

「……嘘だよ。あの薬、本来は夜中に起きるような短時間型じゃなかったからな。今日一日ぐっすりでもおかしくないやつだ。だから眠いのはアンタのせいじゃないさ」
「本当? 良かった……」
「いやいやいや、何が良かったんだ?」

 思わぬサラの反応に、ヒイロは身を乗り出して尋ねる。

「ユーゴが心配してるのに、呑気に寝ちゃうなんて、本当に悪いなと思ってたから……」

 何というか、心配するポイントが全く予想外なサラの返答に、ヒイロは込み上げる笑いを堪えられなくなった。

「くくっ……! ははっ! 何だよそれ!」

 ひとしきり笑った後に、ヒイロは机の上に置いてあった果物とパンをサラに手渡した。

「はい、食べなよ。ちゃんと食べて元気でいなかったらユーゴが心配するぞ」
「それよりも、あなたが私を解放してくれたら嬉しいんだけど……」
「それは無理だね。サラはもう俺のだから」
「違うよ、私はユーゴの奥さんなんだから」

 言っている事が無茶苦茶な二人は、誘拐した方とされた方とは思えないような、緊迫感の無いやり取りをしている。

「ねえ、何でヒイロは悪いことするの?」

 サラはとにかくヒイロが食べろとうるさいので、寝台横の椅子に移動してからモッシャモッシャとパンを平らげる。
 そして何故かその様子をじっと観察する男に尋ねた。

「悪いこと? サラを攫った事か? それとも盗みのことか?」
「えっ? 盗み? 泥棒もしてるの?」
「あ……。まあ、本業は盗賊だからな」

 そう言ってニヤリと口の端を持ち上げたヒイロに、パンを食べ終えたサラはなおも言葉を続けた。

「じゃあどうして私を攫ったの?」
「言っただろ? アンタがあの騎士団長さんと街を歩いてるのを見かけて、一目惚れしちまったんだよ」
「私はユーゴのものだよ」
「それは関係無いな。俺が欲しいと思ったら盗む。それでサラは今俺の元に居るから、もう俺のものだ」

 よく分からない理屈を並べるこの盗賊の男に、サラはどうやって説得したら良いのかと頭を捻る。

「でも、私はユーゴのところに帰りたい。どうやったら帰してくれるの?」
「ははっ! だから、何でそうなるんだよ?」

 少し離れた場所にあった椅子をガガガッと近付けて、サラのすぐ近くに移動したヒイロは、垂れ目の赤い瞳をサラの紫色の瞳へぶつける。

 サラは負けじと真剣な表情でヒイロを見た。
 自分は何としてもユーゴのところに帰りたいのだから。

「ああ……、ゾクゾクすんなぁ。そのすっげぇ綺麗な顔、泣かせたら気持ち良いだろうなぁ」

 赤い瞳にユラリと凶暴な光が宿った。
 濡羽色の前髪を右手でかきあげ、そこから覗く恍惚とした表情は色香すら漂っている。

 椅子から立ち上がり、サラの座る方へと近付いたヒイロは、ガッと強くサラの顎を掴んだ。
 細い顎を頬とを右手で同時にグイッと強く掴んで、己の顔がある上方を向かせた。

「なんかさぁ、街ですっげぇ幸せそうに騎士団長の方を見てるサラを見たらさぁ、俺が泣かせたくなっちゃったんだよね」

 狂気さえ感じる優しげな声音で、ヒイロはサラに話し掛ける。

「あの騎士団長に妻が出来たってだけでも周りは大騒ぎなのにさ、当のサラはめちゃめちゃ可愛いし。それに、いっつも笑ってるから泣かせたくなっちゃった」

 ヒイロが初めてサラを街で見かけたのは、奇しくもユーゴとサラが神殿で愛を誓った日。
 あの日のサラはとても幸せそうで、無愛想で有名な騎士団長すら穏やかな表情を向けていた。

 タンジー盗賊の頭領として敵対する騎士団の団長。
 その妻に強い執着と愛情を持つようになったヒイロは、仲間にすら話さずに地道にサラの行動を調べ尽くした。

 そしてあの日、とうとう一人でサラの誘拐を実行したのである。

「仲間に話せばさ、アンタみたいな綺麗な娘はすぐに強姦まわされちゃうから。俺らは義賊だけど、正義の味方じゃないからな」

 だから一人で決行したのだと、そしてここに囲っているのだとヒイロは話す。

「そろそろ仲間のとこにも行かないと怪しまれるからさ。今日は遅くまで帰らないけど、大人しくしてろよ?」

 そう言って、ヒイロはグイッと右手で持った顎を固定して、サラのぷっくりとした唇に己の唇を合わせた。

「ん……っ! や……」

 サラが逃れようとするのを楽しむように、ヒイロは口づけを深めようとしたが、サラがヒイロの唇にガリリと噛み付いたことで動きが止まる。

「いってぇなぁ……」
「やめて!」

 未だ顎を強く掴まれたままのサラは、強い眼差しで睨みつけながら拒絶の言葉を吐くと、ヒイロはすうっと赤い瞳を細めた。
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