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7. みんなと私の秘密
しおりを挟む天野さんから語られたのは、私のような何の変哲もない一般人が聞いてもいいのかと不安になるような情報だった。
この彩歌市には日本全国から妖怪といわれる者たちが集まっていること(最近は海外からも移住している者もいるらしい)。
そして、ここに住まう何も知らない人間達とも上手く共存してきたからこそそれが許されてきたこと。
市長の怒楽さんは『妖怪の総大将』とも言われる偉い妖怪『ぬらりひょん』で、彩歌市に住む妖怪達を長年上手くまとめてきたということ。
人間でそういった事を知っているのは一部の人達だけで、そこに今回何故か私が追加されたということ。
「赤井さんは『あかなめ』だから垢を舐めてたと。それじゃあ……」
「『天野さんって一体何者?』って思ってるでしょ?」
ものすごく私の声にそっくりな声で天野さんが話すものだから、私は驚いて餌待ちの鳥のヒナのようにポカンと口を開けて固まってしまう。
もしかしてコレが天野さんの妖怪としての能力なのだろうか?
「教えてあげない」
悪戯っぽくそう言った天野さんの表情は、いつもの鋭くも美しいクールビューティーではなく、親しみやすい笑顔で尚更混乱させられる。
「え? ここまで話しといて教えてくれないんですか?」
「冗談よ。私は『あまのじゃく』」
「あまのじゃく……」
なるほど、確かに昔おばあちゃんから聞いた事がある。
垢舐めも、天邪鬼も。天邪鬼は人の心を読んで声真似もする妖怪だと。
おばあちゃんは『昔から妖怪は人々のすぐ身近にいるんだよ。近頃はあまり見なくなったけどね』と話していたけれど、まさか本当にこんな身近にいるなんて。
「ちなみに利用者さんにも妖怪は沢山混じってるわよ」
「へ? 利用者さんにも?」
数多くの利用者さんがこのデイサービスを利用しているけれど、今まで少しも不審に思ったことは無かった。
私って楽天家なだけじゃなく、相当鈍いのかも知れない。
「そもそも、何故有栖川さんが選ばれたと思う?」
「選ばれたって、何にですか?」
「貧乏神のお嫁さん候補に、よ」
「何故それを⁉︎ まさか、皆さんご存知なんですか⁉︎」
まさか、まさかまさか……私がこの彩歌市社会福祉協議会に就職が決まったのって……。
私の実力とお守り箸の効果だと思っていたのに、はじめからその為に仕組まれた八百長だったなんて。
「ここに就職出来たのも、たった半年で主任に昇進したのも私が貧乏神のお嫁さん候補だったからなんですね」
何だかガッカリしてしまった。
自分の実力はそれなりに分かっていたつもりだったけれど、就職も昇進も仕組まれたものだったと分かって、さすがに楽天家の私だってショックを隠す事ができない。
「そんなにショックを受ける必要はないわよ。就職はまぁ確かに『貧乏神の外見に合う年齢の女性』という条件はあったけれど、それでも多くの応募の中からあなたが選ばれたのは『おばあちゃん子なので、高齢者との関わりが好きです』という熱烈な志望動機だったんだから」
「本当ですか?」
「当然よ。履歴書の趣味欄に『妖怪グッズ集め』と書いてたのもポイントが高かったのかも知れないけれど」
確かに書いた。
さて趣味の欄に何を書こうかと思った時に見栄を張っても仕方がないと、包み隠さず本当の事を書いたのだ。
そもそも履歴書の趣味の欄など何の為にあるのか分からないと思っていたけれど、実はそういうところで人柄などを判断しているのか。
「それに、昇進に関しては完全に有栖川さんの実力よ。この施設、そういう事は利用者さんからの声で決まるのよ。誰が利用者さんの事を考えてくれているのか、熱心に仕事をしているのかってね」
「そうなんですか」
前の主任が家庭の都合で退職されて、空席になった主任のポストに私が就いた。
「『小豆洗い』の小豆さんや『あみきり』の網野さん、それに『手長』の長手さんから特に猛プッシュがあったの。次の主任は有栖川さんしかいないって」
小豆さんというのは手に少しだけ不自由があるおばあさんで、単純に名前から思いついて小豆を使ったレクリエーションを提供してみたらものすごく喜んでくれた。
箸を使って小豆を皿から皿へ移動したり、お手玉作りをしてもらう事でリハビリを兼ねている。
網野さんはいつも仏頂面の偏屈なおじいさんだったけれど、レクリエーションとして切り絵を提供したら器用にハサミを使って素晴らしい作品を作ってくれるようになった。
表情も穏やかになって良かったと思っていたけれど。
「長手さんまで妖怪だったんですね。そう言われれば他の人より少し腕が長めのような……」
なるほど、これで長手さんがいやに事情通な理由が分かった。
私が納得したような顔をしていたから、天野さんも少しホッとした様子で短く息を吐く。
「それでね、つまり他の職員にも妖怪が混じっているんだけど、そんな皆からの評判がすこぶるいいのよ。有栖川さん」
「それはどうもありがとうございます」
「だからあの貧乏神の嫁に良いんじゃないかって話が出たの。有栖川さんにとっては迷惑な話だったかも知れないけれど、皆も悪気は無かったのよ。私も含めてね」
どうやら私は妖怪達に好かれているらしい。
それは嬉しいけれど、だからって貧乏神とどうこうなるなんてまだ考えられない。だって色々突然過ぎて頭が混乱しているんだもん。
「もし……私が貧乏神の事を好きになれなかったら、何かお咎めがありますか?」
「そんなもの無いわ。私たちはあくまでチャンスを作っただけ。あとは貧乏神次第だし、上手くいかなくてもそれは仕方のないことよ」
「そうですか……」
「有栖川さんは介護士としてとても優秀だから、貧乏神と上手くいかなくても辞めたりなんかしないでよ。そんな事、許さないからね」
思った事をしっかり当てて、それをきちんと否定してくれる天野さん。
以前より少し親しみの持てる雰囲気の上司天野さんにそう言われて、私は何だか嬉しくなった。
「ありがとうございます」
「じゃ、赤井さんとまたこれからも仲良くしてくれると嬉しいわ。赤井さん、怖がらせちゃったってとても気にしてたから」
「はい、大丈夫です。私こそ、失礼な事しちゃって……謝りたいです」
私がそう言うと、天野さんは笑顔で一度大きく頷いて相談室から出て行った。
代わりに入ってきたのは赤井さんで、私は思わずそのぽちゃぽちゃとした柔らかな身体に抱きついた。
「赤井さん! ごめんなさい!」
「有栖川ちゃん……私こそ黙っててごめんね」
「謝らないでくださいよぉ」
そう言って二人してボロボロ涙を流し、私達はしばらくの間抱き合っていた。
赤井さんは赤井さんだ。
たとえ妖怪だったとしても、優しくて頼りになる赤井さんには変わりないんだから。
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