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如月ゆすら

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7巻

7-2

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 シリウスは開いた窓の向こうから、ルーナに声をかける。

「では行ってくるぞ、ルーナ」
「我らが留守の間、ルーナのことはそなたらに任せたぞ」

 レグルスは室内にいた精霊たち、そしてカインに向けて告げる。心配性な守護者に苦笑するルーナを余所よそに、精霊たちは真面目な顔でうなずいた。
 あるじと離れがたいというレグルスたちの気持ちがわかるため、普段はルーナのちょうを競い合っている精霊たちも今は神妙に応える。

「しぃちゃん、れぐちゃん、気をつけて!」
「任せておけ」
「すぐに帰る」

 ルーナの声に答えると、シリウスたちは一瞬にして犬猫の姿から、本来の姿である巨大なおおかみ獅子ししの姿に変わる。
 そして、軽い跳躍でベランダから飛び出すと、二匹は空を蹴って旅立って行った。


     †


 シリウスとレグルスが去ってすぐのこと。
 入れ替わるように、室内に四人の人物が現れた。一人はリュシオン。他の三人は白衣をまとった男性――医師だった。
 そのうちの一人は、老年に差し掛かった男性だ。白髪しらがまじりの緑の髪を持ち、丸い銀縁眼鏡をかけた顔には深いしわが刻まれている。
 あとの二人は、金髪と黒髪をした四十ほどの男性だ。
 全員、同じ白衣に身を包んでいるが、年嵩としかさの医師だけは金糸の刺繍ししゅうほどこされた肩帯を下げている。
 医師たちが訪れると同時に、風姫ふうき水姫すいき、そして焔王えんおうの三人は姿を消す。現在その姿が見えるのはルーナだけだ。

「容体はどうだ?」

 リュシオンが問うと、カインはジーンの眠る寝台へ視線を向けて答えた。

「とりあえず安定しています」
「そうか。フェイン、頼む」

 リュシオンは三人の医師のうち、一番年嵩の男性に声をかける。
 フェインと呼ばれた医師と金髪の医師が、ジーンに近づく。すると、黒髪の医師がリュシオンの前に立って言った。

「殿下、これより治療を始めます。つきましては皆さま、隣室で待機をお願いいたします」
「えっ……」

 黒髪の医師の言葉に、ルーナは思わず戸惑いの声を漏らす。
 冷静に考えれば治癒魔法も必要のない状況では、医師が治療に専念するため、ルーナたちが出ていくのも当然のことだ。
 しかし、今のジーンは、水姫が抑え込んでいるとはいえ、瘴気しょうきを体内に取り込んでいる状況。
 席を外している間に何かがあったらと思うと、ルーナは素直にうなずくことができなかった。

「ルーナ、大丈夫だ。彼らに任せよう」

 リュシオンはルーナの肩を抱き寄せ、言い聞かせるように告げる。
 それでもなお、不安そうにジーンへ目をやるルーナに、今度は反対側から小声でカインが説得した。

「精霊たちが見ていてくれるのでしょう? 何かあれば必ず彼らが知らせてくれるはずですよ」

 カインの言葉に、ルーナは自分にだけ見える存在を振り返る。
 それに応えるように、精霊王たちが力強くうなずいたのを見て、ルーナは神妙な面持おももちで、促されるまま寝室を出たのだった。


 寝室と続き部屋になった居間に、ルーナとリュシオン、カインの三人はいた。
 お茶を飲む気にもなれず、じりじりとした時間を過ごしていた。
 長い沈黙の果て、リュシオンが重々しく口を開く。

「ジーンのことだが、親父には知らせた。とりあえず方針は、俺たちに任せてくれるそうだ。俺たちの手に負えなくなるようならば、容赦なく介入するとは言っていたが」
「ひとまず僕たちに任せてみよう、ということですか……」

 カインは言うと、腕を組んで目を閉じた。

「今回の件は俺たちのミスだ。自分たちを過信しすぎたツケは、自分たちで払えということだろう。だがそれも、ジーンが生きていてくれなければ意味がない」
「兄様は死んだりしない!」

 リュシオンの言葉に、ルーナは思わず叫ぶ。

「当たり前だ! そう簡単にくたばってもらってたまるか」

 乱暴に返され、ルーナはリュシオンが心からジーンの生存を確信していると知る。それと同時に、過剰に反応した自分を彼女は恥じた。

「ごめんなさい、リュー」
「気にするな。こんな状況で冷静でいろという方が難しい」
「うん……」

 リュシオンの言葉に、ルーナはようやく表情をやわらげる。場の空気が変わったのを見計らい、カインがルーナを促した。

「ルーナ、こちらも報告することがあるでしょう?」
「あ、そうだよね」

 ルーナはパンッと手を叩くと、リュシオンに向き直る。
 報告とは、ジーンに対する精霊たちの助力や、神木の実アンブロシアで回復するであろうこと、そしてそれを採りにシリウスたちが出掛けたことについてだ。

「リュー、しぃちゃんたちがいないのに気づいてた?」
「ん? ああ、医者が来るから別室にいるのかと思っていたが、どこにいるんだ?」

 ルーナは、リュシオンがいなかった間のやり取りを説明する。

「――なるほどな。確かに『神木の実アンブロシア』ならばジーンを助けることができそうだ。それについてはしぃれぐに任せよう。ジーンの体内にある瘴気しょうきも、当座は精霊たちに任せるしかないな」
「ええ。僕たちはその間に、どのようにリヒトルーチェ公爵へ報告するかを考えましょう」

 カインが言うと、リュシオンはあからさまに顔をしかめた。

「公爵か……王都から出掛けていてくれたのは僥倖ぎょうこうか。戻ってくるまでに解決しておかないと、後でどんな目に遭うやら」
「そのあたりについては覚悟するしかないでしょうね」
「だな」

 リュシオンとカインがうなずき合っていると、唐突に寝室へとつながる扉が開く。
 皆が扉へと一斉に注目する中、開かれた扉の向こうから、金髪の医師が顔を出した。

「殿下、処置はとどこおりなく終わりました」
「そうか。そちらに行っても良いか?」
「はい。もちろんでございます」

 医師の許可が出たところで、ルーナたちはすぐに寝室へと向かう。
 年嵩としかさの医師と黒髪の医師は、それぞれ寝台の両側に立ち、ジーンを見下ろしていた。
 寝台に横たわるジーンは、相変わらず赤い顔のままだったが、先ほどよりは少しだけ苦しそうな表情が薄れている。

「ジーンの容体はどうだ?」

 リュシオンが尋ねると、三人の代表であろう年嵩の医師が口を開いた。

「肩の傷に関しては、問題なく処置できました」

 治療は順調だったと言っているにもかかわらず、医師の表情は硬い。
 傷と瘴気による衰弱のせいで、思ったよりジーンの容体が快方に向かわないからなのだろう。

「手は尽くしましたが……」

 告げる医師を気遣うように、リュシオンはねぎらいの言葉をかける。

「いや、よくやってくれた。ここにいる彼の妹は白魔法の優秀な使い手だが、骨まで達した傷はお手上げだった」
「兄を治療していただき、本当にありがとうございます」

 リュシオンに続き、ルーナは心からの感謝を込めて頭を下げた。

「滅相もございません。我らの力が及ばず、兄君の苦痛を取り除くことができませんで……」
「いいえ。皆さまが迅速に治療して下さらなければ、兄の容体はもっと深刻なものになっていたはずです」
「そう言っていただければ、我々も救われます。後のことはお任せするということでよろしいのでしょうか?」
「はい、任せて下さい」

 ルーナは医師に請け合う。
 やり取りを見守っていたリュシオンは、カインに目配せすると口を開いた。

「皆、わかっているとは思うが、このことは内密に頼む」
「はい。心得ております、殿下」

 リュシオンの指示に、医師たちはうやうやしく了承する。
 王宮で働く医師たちは、時にはおおやけにできない事情があることをよくわかっているのだろう。

「悪いな。俺は彼らを送ってくるから、カインはまだここにいてくれ」
「わかりました」
「ルーナ、ジーンのことは頼んだぞ」
「はい」

 ルーナが了承すると同時に、リュシオンと三人の医師の姿が消えた。
 医師たちに口止めしたとしても、その姿を王太子宮で見咎みとがめられれば意味がない。そのためわざわざ〈転移〉で移動することにしたのだ。

『行ったか……』

 室内にルーナとカインだけが残ったのを見計らい、風姫ふうき水姫すいき焔王えんおうが姿を現した。

「水姫さん、兄様はどう?」

 ルーナは心配そうにくと、寝台に手をついてジーンを覗き込む。

『大丈夫よ。肩の傷が塞がれば、ジーンの体力も戻るわ。そうすれば瘴気しょうきを抑え込む力も増すはずよ』
「よかった……」

 ルーナはホッと息を吐くと、ジーンの肩に目を向けた。


 傷口を覆う包帯にはうっすらと血がにじんでいる。
 王宮の医師ともなれば、医術の知識だけではなく、白魔法の心得もある者が多い。しかし、白魔法使いと呼ばれる者に比べれば、魔法の技術は劣る。
 おそらく怪我の処置のあと治癒魔法がほどこされたものの、傷口を塞ぐ程度で、ルーナのように完全に傷口を消してしまうことはできなかったのだろう。
 ルーナは治癒魔法をほどこそうと、ジーンの肩に巻かれた包帯を丁寧に取る。現れた傷口に、彼女は眉を寄せた。
 穴が開いたようだった傷口は赤い線が残るだけになり、血も止まっている。だが、予想した通り完全に傷口がなくなったわけではなかった。

『サザール・ディア』

 ジーンの傷口に手を当て、ルーナは魔法語マジック・スペルを口にする。
 魔法の発動と共に、彼女の手が白い光を放つ。そしてそれは、ジーンの傷口へすっと吸い込まれていった。

『さすがじゃの』

 風姫は首を上下させながら感心する。
 赤い線だった傷口は、白い光が消えると同時に消えていた。

『傷自体についてはこれで心配はいらないわね。あとの問題は瘴気しょうきだけ。シリウスたちが戻るまで、引き続きわたくしが抑え込んでみせるわ』

 水姫すいきの言葉に、ルーナは張りつめていた心の糸がようやく少しだけ緩むのを感じた。すると今度は、一気に疲労が襲ってくる。
 地下水路を探検し、ヒュドラと戦い、ジーンが負傷した――
 一日でこれだけの事件が起こったのだ。疲れないはずがない。

「ルーナ!」

 クラリとよろめいたルーナを、カインが慌てて支える。

「だ、大丈夫だよ」

 ルーナはカインにもたれ掛かりながらも、気丈に告げた。しかし、その顔色は明らかに悪い。
 皆が心配げに見守る中、火の精霊王が優雅な足取りでルーナに近づく。

焔王えんおうさん?」

 目の前に来た焔王に、ルーナは不思議そうに声をかける。
 彼はゆっくりと手を伸ばすと、彼女の頬に指先で触れた。

『無理をするな』

 焔王が触れた先から、じんわりとしたあたたかさがルーナに伝わり、全身に巡っていく。それと同時に、耐えがたいほどの眠気が湧きあがってきた。
 必死に目をしばたたかせ、眠気を払おうとするルーナだったが、それをはばむように焔王が彼女の頭を撫でる。

『今は眠れ』

 穏やかな声と、頭を撫でる手の感触に、ルーナはゆっくりと瞳を閉じる。
 次の瞬間、力の抜けたルーナの身体を受け止めたカインは、彼女をそっと抱き上げたのだった。


     †


 ホーホーというふくろうの鳴き声で、ルーナは覚醒した。

(朝……ううん、夜?)

 ルーナはぼんやりとした頭をふるふると振ると、ゆっくりと身体を起こす。

(家じゃない……?)

 見覚えのない室内に困惑しつつ、ルーナは寝台の横に置かれたランプへと手を伸ばす。傘の部分に手をかざせば、途端に柔らかな光が辺りを照らした。
 見えるのは、白塗りに金の象嵌ぞうがんほどこされた優美な家具や、ブルーグレイの壁紙。彼女が寝ていた寝台は、円形の天蓋てんがいがつけられた豪奢ごうしゃなものだ。垂れ下がるカーテンが、寝台の優美さをさらに強調している。
 白大理石の暖炉の傍には、猫足の丸テーブルと四脚の椅子が置かれており、一目で趣味の良い空間だとわかる。

(夜の十一時……)

 時間を確認したルーナは、意識がはっきりしてくると同時に息を呑んだ。

「ジーン兄様!」

 居てもたってもいられずベッドから降りたルーナは、寝室のドアを開ける。その先にある廊下を見て、ようやくここが見知った王宮の、さらに言えば王太子宮であることに気づいた。

「そっか、わたし寝ちゃったから……」

 眠る前の出来事を思い出し、彼女は納得したとばかりにつぶやく。

「兄様のところへ行かなきゃ」

 ルーナは独りごちると、兄が休んでいるはずの客間へと向かった。
 幸いにもジーンが運び込まれたのは、彼が王宮に滞在する時に決まって使用する部屋だ。そのため彼女は、案内がなくとも辿り着くことができた。
 部屋のドアをノックするものの、返事は一向にない。
 人がいるとすれば、奥の寝室の方にいるのだろうと考え、ルーナは鍵のかかっていないドアを開けた。
 思った通り、居間に人はいない。
 ルーナは中に入ると、ジーンが眠っているであろう寝室に続くドアへ向かった。もちろん、彼の邪魔にならないよう、足音は立てずにだ。
 寝室の中の様子をうかがおうとドアに耳を寄せたところで、彼女はハッと動きを止める。

「……もう一度行く必要があるだろう」
「気は進みませんが、仕方ありませんね」

 寝室から聞こえてくる話し声は、リュシオンとカインのもので間違いないようだ。
 ルーナは話の内容から、地下水路へ再度向かう相談だと気づく。
 真剣な声で話し合う彼らの様子に、なんとなくノックをして邪魔をするのが躊躇ためらわれる。
 ルーナは部屋に入るタイミングを探るため、仕方なくそのまま話を聞き続けることにした。

「ああ。だがさすがに、またあんな化け物が出てくることはないだろう。とはいえ、そんな油断が今回の事態につながったのは確かだ。ある程度人数は揃えて行くべきだろうな」
「そうですね。ただ、軍を動かせば秘密裏ひみつりというのは難しいのでは?」
「わかっている。少人数ならともかく、十人を超えるとなると、厳しいだろうな」
「他に戦力の心当たりがあるんですか?」
「ローズの傭兵団が使えないかと思っているんだ。報酬さえきちんと折り合いがついていれば、彼らは口が堅いし、信用できるからな」
「なるほど。噂に名高い『栄光』である彼らなら、力量的にも問題ありませんね」
「ああ。あとは俺が行けば十分だ」
「リュシオン? 一人で行くつもりですか?」

 カインがいぶかしげに尋ねると、リュシオンは明るい口調で言い返す。

「あ? 信用できる兵士数人と傭兵たちを連れて行くと言っているだろう? 一人じゃないさ」
「違いますよ、誤魔化さないで下さい。何故僕を同行者に入れていないのかと言いたいんです」

 抑えきれない怒りをにじませるカインの声に、リュシオンはわざとらしいため息で応えた。

「……おまえは隣国の王子だ。今回の件について、俺自身で尻拭いをすることは親父にも伝えてある。だが、あくまで俺に関しては、だ」
「ルーナはともかく、僕は連れて行くべきです。確かにおおやけの立場としては自重してリュシオンの言う通りにするべきなのでしょう。ですが、僕にも譲れない矜持きょうじというものがあります。それに、ローズたちは確かに優秀でしょう。しかし、魔物相手となるとどうです? 普段の力が発揮できない可能性もあります。だが、僕ならあなたと同じく魔物と対峙たいじすることにも慣れている。役に立つはずです。嫌でも一緒に連れて行ってもらいますよ」
「カイン……」

 カインの強い意志を込めた言葉に、リュシオンが言い淀む。
 その時――

「わたしも行くからね!」

 乱暴にドアを開け放ち、ルーナは大きな声で告げた。

「は? 何言って……」
「ルーナ? いつの間に?」

 突然現れたルーナに、リュシオンとカインの二人は目を丸くする。そんな二人を余所よそに、彼女はキッと目元をきつくした。

「しっかり聞いてたんだからね! 地下水路には、もちろんわたしも行くから」
「おいルーナ、あのな……」
「立ち聞きとは淑女しゅくじょにあるまじき振る舞いですよ、ルーナ」

 肩をすくめ説明しようとするリュシオンと、不作法を指摘して話を誤魔化そうとするカイン。

「誤魔化さないで! とにかくわたしも行くからね!」
「いや、普通に駄目だろ」
「そうですよ、それに誤魔化してるわけじゃ……」

 リュシオンとカインは困ったように顔を見合わせる。そんな二人を、ルーナは負けじと睨みつけた。

「誤魔化してるじゃない。それから、立ち聞きが良くないことは自分でわかってる。でも今、そんなことを問題にしている場合じゃないでしょう? だいたい話を聞かれたくないなら、ちゃんと結界を張っておかなかった自分たちをやんでね」
「立ち聞きしといて、堂々とこっちを責めるのもどうかと思うぞ」

 いつになく強気なルーナに押されながら、リュシオンは小さくぼやく。

「だいたい、カインだって自分だけ連れて行けとかずるい!」
「ずるいって……ルーナ、ここは聞き分けて下さい」
「そうだぞ。今回は俺に任せておけ」

 なんとか説得しようとする二人に、ルーナはきっぱりと首を横に振ってみせた。

「リューもカインも、わたしを足手まとい扱いするのはいい加減やめて! そりゃあ二人に比べれば力が劣るのは認めるよ。でも、わたしだって魔法が使えるんだよ。それだけでも何か役に立てると思うもの」
「ルーナ、ですが……」

 カインがなおも言いかける言葉を、リュシオンが彼の肩を叩いて止める。そして彼は、カインに向けて苦く笑った。

「こうなったらもう打つ手なしだ。おまえが全力で足止めでもしない限り、一人で行動するぞ、こいつは」
「……でしょうね」

 目を合わせ、リュシオンとカインは同時に「ハァ」と大きなため息をつく。それを見たルーナは、むっと唇をとがらせた。
 そんな彼女の態度に苦笑した後、リュシオンは真面目な顔を作って尋ねる。

「ヒュドラはいないが、地下水路が安全とは限らないぞ」
「わかってる。それに今回は、しぃちゃんたちも、風姫ふうきさんたちもいないってことも」

 だが、それでも引き下がらないと、ルーナは決意を込めた強い眼差しを二人に向ける。
 リュシオンもカインも、覚悟を決めたのか、静かにうなずいた。

「わかった。明日、ローズに話をつける。数日中にはもう一度地下水路に潜るぞ」
「そんなに急に?」

 明日いきなりローズのところへ行くとは思っておらず、ルーナは驚いて聞き返す。

「話をつけるなら早い方が良いだろう。それに目的を考えれば、地下水路へ向かう日程も早い方がいい。今回の調査で犠牲者の遺品なども回収できれば、家族にとって多少でもなぐさめになるだろうしな。前回そこまで済ませてこれればよかったが……」

 リュシオンは言葉をにごすと、そっと寝台に眠るジーンへと目をやった。

「とにかく、早いうちに調査を済ませておきたい。ある程度調査できれば、あとは国に報告して、今後の対応を任せよう」

 前回地下水路におもむくことになったのは、誘拐された被害者の救出と賊の捕縛が目的だった。
 だが、情報の真偽が確認されていなかったため、それを確認する意味もあり、リュシオンたちが調査したのだ。
 また、王都の真下という場所がらゆえに、賊のアジトがあるかもしれないなどという情報をおおやけにできない。だからこそ、少人数で秘密裏ひみつりに決行する必要があった。
 その結果、地下に凶悪な魔物がおり、何人かがその犠牲になっていたことが明らかになったのだ。
 どんな目的で、何故、誘拐した人々を地下水路に連れ込んだのか。実行犯が見つからなかったせいで、謎はまだ多かった。
 本当ならばこの時点で国がかかわるのに十分な案件だが、ヒュドラの脅威が取り除かれた後の安全確認は必要だ。
 なんといっても地下水路の上には、クレセニアの王都が広がっているのだから。
 秘密裏に事を進めるのならば、それを知る人間は少なければ少ないほど良い。さらに迅速に動くことで、今回の黒幕側にも何か動きがあるかもしれない。
 怪しいと思われている『盲目の聖女』は行方をくらましている。彼女についても、地下水路を探れば手がかりを掴める可能性があるのだ。

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