物語の中の人

田中

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1巻

1-2

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 屋敷に入るとすぐに、ミケーネの父であるミカルーネ家当主が自ら出迎えにきた。だが、見知らぬ男が娘と一緒にいることに警戒し、娘に付けたメイドを見やる。

「この方は、森で襲われそうになったお嬢様を助けてくださった旅の方です」

 馬車の中でそれとなく詮索してくるアリュに、二百年引きもっていたと言うのは恥ずかしかったリヒードが、自分のことを旅の魔法使いと言ったのだ。

「リヒードだ。魔法使いをしている」

 リヒードはアリュに続いて発言し、一歩前に出る。

「なんと、娘の命の恩人だったか。これは失礼した。私の名はドルイン・ミカルーネ。是非とも礼がしたい」

 娘の恩人と聞いて態度を百八十度変え、大きな声で礼を述べるドルイン。

「ふむ、ではしばらく世話になりたいのだが」
「このようなところでよければ、いくらでも滞在してもらって構わない。すぐに部屋を用意させよう」

 リヒードの願いを、ドルインは即座に了承する。
 これで数日間、じっくりミケーネに魔法について質問することができると思い、リヒードは内心で小躍こおどりした。

「ミケーネ、案内を頼んだよ」
「はい、お父様」

 ミケーネがリヒードをうながし、ドルインの後ろにいた執事とともに客室へ連れていく。
 それを見送っていたドルインはミケーネの姿が見えなくなると、厳しい顔でアリュを見る。

「すぐに詳細を話せ」
「ハッ」

 ドルインはアリュを連れ、自分の書斎へと向かう。
 その後、書斎でアリュから話を聞いたドルインの行動は素早かった。
 町に人をやり、警備隊を東の村へ向かわせる。
 同時に、使用人を使って息子たちの動行を調べさせた。ミケーネが帰っていることを知っており、なおかつ今日森に行ったことを知っている、そしてミケーネを害する理由があるのは自分の息子たちしかいないことに気づいたからだ。

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……まさか……」

 ドルインの中では、信じたくないという気持ちと、もしかしたらという気持ちがせめぎ合っていた。


 リヒードは客室に案内されると、すぐにミケーネに魔法の講義をねだる。
 ミケーネとしても悪い気はしなかったのだが、その前に疑問に思っていたことを聞こうと、口を開いた。

「ところで、どうして私などに魔法を習おうとされるのですか? リヒードさんは立派な魔法使いではないですか。私に教えられることなどないと思います」
「確かに魔法は使えるが、僕のは古いのだ。新しい魔法が知りたい。具体的にはここ二百年くらいの魔法が!」
「そ、そこまで詳しい年代は把握していないのですが、今の魔法はちょうど二百年前くらいに基礎ができたらしいので、私が知っている魔法はリヒードさんのご要望に合うと思います。けど、そうするとリヒードさんは、もっと昔の魔法が使えるということですか?」
「うむ、使えるぞ」

 あっさりと頷くリヒードにミケーネは驚く。

「そっちのほうがすごいことだと思うのですが」
「ふむ。まぁ、とりあえず魔法を教えるのだ!」
「わ、わかりました」

 リヒードに押し切られる形で、ミケーネの近代魔法講座が始まったのだった。


「むぅ、なるほど」

 腕組みをして座るリヒードが、うなりながらしきりに頷く。
 その向かいには、同じく座りながら自分の教科書を開いて、上機嫌で近代魔法について教えるミケーネの姿があった。

「資料がもう少しあればいいのですが。学校の図書館の魔法書は持ち出し禁止でして」
「書店にはないのかね」
「書店に魔法関係の本が出回ることはほとんどありません」
「なんと……!」

 絶句するリヒードを前に、ミケーネは魔法史の授業で習ったことを思い出しながら説明する。

「えっと、二百年前に大陸で出回っていた魔法関係の本のほとんどを買い占めた人がいたそうで。魔法関係の本は一品物いっぴんものが多いので、それがなくなったことで一度魔法の継承が途絶えてしまったと言われています。その教訓をいかして、現在ロンクスでは、魔法関係の本は、国が所有することになったらしいんです。どこまでが真実かは、学校の先生もわからないと言っていましたが」

 ロンクスとは、大陸の東側に位置する王国であり、ミカルーネ家の領土もその一部である。
 大陸にある国のほとんどは、二百年前の出来事から独自に魔法文化を発達させていった。

「なんて迷惑……な……?」

 言葉の途中で何事か考え込むリヒード。
 そうして急に顔を上げると、若干じゃっかん汗をかきながら早口で言う。

「まぁ、過ぎたことをとやかく言っても仕方ないな! それより、国が所有している本というのは読めないのかね」
「国所有の本は、国の許可がないと読むことができません。許可もおりにくく、学校の先生が申請したとしても時間がかかるらしいです」

 リヒードの露骨な話題の転換に疑問を覚えつつも、ミケーネは丁寧に答える。

「では魔法学校とやらの図書館は!?」
「図書館は学校関係者以外立ち入り禁止なので、リヒードさんは中に入ることができないと思います」
「なんて時代なんだ……」

 リヒードはひどく落ち込み、顔を伏せる。
 全身で絶望を表現する青年を慰める少女の図が、ミカルーネ家の客室では出来上がっていた。


 ドルインは、アリュから調査結果を聞き、深いため息を吐いた。
 上の息子二人と、ミケーネを襲ったならず者たちとの間に、案の定、繋がりがあったからだ。
 その事実は、調べるというほどのこともなく簡単に出てきた。
 なにせ、上二人の息子は何度かミカルーネ家の名前を使い、そのならず者たちと恐喝などの悪事を働いていたのだ。
 ドルインは頭痛をこらえ、考えをまとめる。
 その間、執事のバールトン、調査結果を報告したアリュ、そして警備隊と共に町までならず者を護送したハイフは、ひたすら沈黙を守って直立不動である。
 ハイフがくしゃみをしそうになるのを我慢して変な顔を作り、アリュに足を踏まれていたりする。
 そんな中、何かを決意したように、ドルインが顔を上げた。

「あの馬鹿息子どもにはほとほと愛想が尽きた」

 アリュとハイフはじゃれ合いをやめて、真剣にドルインを見つめ、次の言葉を待った。

「上二人はただちに拘束、今後家名を名乗ることを許さず、我が家との関係を断絶し、懲罰部隊に放り込む。イリーネには一連のことは話さず、あの二人が進んで軍隊へ入ったと伝えろ」

 ドルインは、苦渋に満ちた顔で処分を口にする。
 イリーネとはドルインの妻であり、ミケーネの母である。
 妻に、息子たちが娘を殺そうとしたなんて話をしたら、自殺しかねないと考えたドルインは、一連の出来事を隠すことにした。

「そして下の息子には、ミカルーネ家を継がせないといかん。いつかやる気になってくれると思い見守っていたが、あのなまけ者を甘やかすのはやめだ。バールトン、お前に一任する。どうにか使い物になるようにしてくれ。生きてさえいれば、何をしても構わない」

 ドルインの言葉を聞き、三人はそれぞれ頷くと、自分の成すべき仕事へと向かう。
 その後ろ姿を見送ったドルインだけが部屋に残った。

「馬鹿息子どもが……」

 ドルインの深いため息が部屋を支配した。


「くそ! あの馬鹿共が! 毎回問題を起こすたびに世話してやったのに、肝心なところでしくじりやがって!」
「そ、そんなことより、兄貴! やべぇって。あいつら絶対話しちまうよ!」

 ミカルーネ家の屋敷がある町、エーレトゥサのはずれに、あるごろつきのたまり場。そこで男が二人、狭く汚い部屋をうろうろしながら、怒鳴り合う。

「そんなことはわかってんだよ!」
「じゃあどうすんだよ!!」

 焦ったように言い合う二人だが、具体的な方策は出てこない。

「そもそもあいつら、ちょっと脅すだけだって言ったのに、なにしてやがんだ!」
「そ、そうだよな、俺と兄貴は悪くないよな!?」

 おかしな理論で、身の潔白けっぱくを主張する兄弟に、冷静さは欠片かけらもない。
 だが、そんな二人の戯言ざれごとはあっけなく終わった。
 けたたましい音と共に部屋のドアが破られ、見覚えのある人物――手に剣を持った男とメイド服の女が突入してきたのだ。
 二人は呆気あっけに取られ、立ち尽くす。
 結局抵抗もできずにそのままらえられ、あるじを失いそうになった二人の使用人の重い拳を受けて、意識を失った。
 こうして、ミカルーネ家から男子の名前が二つ消えることとなった。


「離せ、離せよ! バールトン!」

 ミカルーネ家の廊下では執事のバールトンが三男の襟首を掴み、部屋から引きずり出していた。
 普段、滅多に部屋から出ることのない三男は激しく抵抗している。

「お前! 僕にこんな乱暴を働いて、無事ですむと思うなよ! お前なんてクビだからな!?」

 三男の愚かな言葉を聞きながらも、バールトンは一向に気にした様子を見せずに引きずる。

「くそ! 離せ!」

 じたばたと暴れる三男。しかしバールトンはドルインの信も厚い万能執事だ。暴れる子供一人取り押さえることくらい朝飯前である。

「坊ちゃま、長い休憩時間は終わりました。これからは休憩した分、しっかりと旦那様の跡継ぎとして必要なことを学んでもらいます」

 バールトンの冷たい声が廊下に響いた。

「え、偉そうなことを言うなよ! 使用人の分際で!」
「残念ながら、旦那様の指示にございます。死なない程度に何をしてもよろしいと」

 見苦しく叫ぶ三男に、バールトンは淡々と返答する。

「そ、そんな……」

 抵抗しなくなった三男に、バールトンは一瞬視線を向けたが、結局何も言わずに引きずっていった。
 こうして、万能執事監修の下、ミカルーネ家跡継ぎ育成計画は始動したのである。


 ミカルーネ家が様々な意味で変化したその日の夕食、一人の魔法使い然とした男が同席していることに、ミケーネの母、イリーネは驚いた。
 そうしてその男が何者で、何故ここにいるのかを聞くにつれて、その顔色を青くし、最後は泣いて感謝するに至った。

「それにしても、危ないところを助けてくれるなんて、ミケーネの好きな物語の魔法使い様みたいね」

 やっと落ち着いたイリーネが、娘に向かってからかうように言う。

「ほほう! 魔法使いの物語ですか」

 魔法とつくものには、とりあえず何にでも食いつくリヒード。
 その反応に、イリーネも嬉しそうに頷く。

「ええ、そうなのよ。この子ったら昔からその物語が好きで。聞いたことないかしら? 囚われた森の民の姫を助けたり、魔王を倒す勇者を助けたり、いろいろな伝説のある魔法使いなのだけど」
「それはまた大層な……魔法……使い?」

 リヒードは、言葉の途中で何か思い悩むような顔になる。
 そんなリヒードに、皆が不思議そうな視線を送った。

「ああ、すまない。少々聞き覚えのある話だったのでね」
「有名な話だから、どこかでお聞きになったのかもしれないわね」
「そう、なのかもな」

 なおも歯切れの悪いリヒードだったが、皆それ以上は気にせず、他の話に花を咲かせた。リヒードも気を取り直したように、会話に参加する。
 二百年間も引きもっていたリヒードだが、それなり以上に人生経験はあるので、意外と話題についていけるし、また皆が興味を持つ話の種も豊富に持っていた。
 たまにとんちんかんなことを言うものの、おおむねドルインやイリーネに好評であった。
 そうして、最近のミカルーネ家では珍しい、賑やかな食事が終わりに近づいたころだった。ふいにドルインがミケーネに向き直り、

「そろそろ学校に戻るころだが、あんなことがあった後だ。本当なら卒業までは待とうと思ったのだが――ミケーネ、少し早いが結婚しなさい」

 と、和やかだった食卓に爆弾を投下したのだった。


 母イリーネは、いい家へ嫁ぐことこそ娘の義務であり幸せであると信じて疑わなかった。
 なので、ドルインの話にも諸手もろてを挙げて賛成した。
 しかし、いつも親の言うことを素直に聞くミケーネにしては珍しく、言葉もなくうつむいている。
 その様子を見たドルインは、少し性急すぎたことを反省し、ミケーネに考えるように言って、食事はお開きになった。
 それからしばらく後、リヒードのために用意された客室にはミケーネの姿があった。

「して、僕に相談しに来たと」
「はい……」

 相談する相手がおらず、リヒードのところに来たミケーネ。
 夜中に男と二人きりになるのはまずいため、後ろにはアリュが控えている。

「そこなメイドに相談ではダメなのか?」
「アリュは私の言うことを全て肯定してしまうので」

 アリュはリヒードと目が合うと、申し訳なさそうに少し頭を下げる。

「ふむ。で、ミケーネはどうしたいのかね」
「私は……」

 ミケーネは、魔法学校にはあまり未練がない。
 だが、代わりにやりたいことができた。
 リヒードに魔法を教えた時、心底楽しいと思えた。そうして、漠然とだが、将来こういうことをしたいと思った。
 ミケーネはその気持ちをたどたどしくリヒードに伝える。

「ならば、それを父親に言ってみればよいのではないか?」
「けど……」

 これまでワガママというものを言ったことのないミケーネは、それが言っていいことなのかわからない。

「まったく、困ったお嬢様だ」

 一つため息を吐くとリヒードは立ち上がり、悩んでいるミケーネの手を取る。
 アリュが動こうとするが、リヒードはそれを目で制し、ミケーネの手を引いて客室のテラスへ出た。

「極端な話、お嬢様がワガママを言おうが言うまいが、それが良いことなのか悪いことなのか、わかる人間などいないのだよ。例えばだ、ミケーネが結婚を選んだとして、最初は両親も喜ぶだろう。しかしその相手がどうしようもない奴ならみんな悲しむだろう? 逆にミケーネが結婚しなかったとして、両親は悲しむかもしれない。だが、魔法使いとして歴史に名前を残すほどになれば喜ぶだろう。何事も、決められないときは、自分勝手に決めるのが一番いい。失敗して後悔しても自分のせいなら納得できる」

 リヒードはそう言うと、夜空を見上げる。

「自分や他人の生死がかかっているわけでもないのだ。そこまで思い悩む必要はない。所詮、どんな悩みも、この空の下ではちっぽけなものなのだよ」

 リヒードは、自分が似合わない台詞セリフを吐いていることに苦笑いしながら、杖を掲げ魔法を紡ぐ。
 短い詠唱が終わると、リヒードとミケーネの身体は淡い光に包まれた。次の瞬間、二人の身体は段々テラスから浮き上がり、天高く昇っていく。

「え? え!?」
「おいおい、暴れるな。落っこちるぞ」

 ミケーネはリヒードの話を真剣に聞いていたのだが、あまりに真剣に聞いていたために、その行動にまで注意がいかなかった。
 結果として、不意に襲ってきた浮遊感に、ひどく慌てることとなった。

「見ろ! この高さからものを見ると、人の悩みなんぞ取るに足らんと感じる! そう思わないか?」

 眼下では月明かりに照らされた森や泉、そしてそれに人々の営みの光が混じり合い、幻想的な光景を作り上げている。
 その美しさにミケーネは言葉もないまま、潤んだ瞳でリヒードの問いに何度も頷いた。
 それをリヒードは優しい眼差しで見つめる。
 そうして少しの間二人は、会話もなくただ空の旅を堪能した。



 少ししてテラスに戻った二人を待ち構えていたのは、鬼のような形相のアリュだった。

「リヒード様、一体何を考えているのですか! 飛行なんて高度な魔法を使って、落ちたらどうするつもりです! そうでなくとも、お嬢様が風邪でもひいたら一大事ですよ!」
「たかが飛行魔法程度、目をつぶってでもできるわ! 風邪もひかないように魔法で膜を作っていたから、寒さすら感じなかったはずだ!」

 アリュに負けじとリヒードも怒鳴り返す。
 その様子を見ていたミケーネが突然笑い出し、言い合いをしていたリヒードとアリュは呆気あっけに取られた。
 ひとしきり笑い終わったミケーネは、どこか吹っ切れた様子で二人に向かい合う。

「私、今から父様と母様のところへ行ってきます。自分の気持ちを伝えようと思います」

 ミケーネはそう言うと、すぐさま客室を出ようと二人に背を向けた。

「頑張れ」

 リヒードの短い激励に、ミケーネは嬉しそうに振り向くとお辞儀をし、今度こそ部屋から出ていった。

「お嬢様……」

 その後ろ姿をアリュは嬉しそうに、しかしどこか寂しそうに見送るのだった。


 結局のところ、ミケーネのワガママは両親に簡単に受け入れられた。
 両親共に、普段ワガママらしいワガママを言わない娘を心のどこかで気にしていたようで、ミケーネが学校に通い続けたいと言うと、むしろ喜んでいるようにも見えた。
 もちろん、用意した結婚相手と結婚してもらえれば一番安心できるのだろうが、娘の可愛いワガママを聞くほうが優先順位が高かったのだろう。
 そんなわけで、学校に戻るまでの少しの間、家族は仲良く過ごした。
 末の息子は、万能執事の個人レッスンがあるため、家族団欒だんらんには不参加だったが、もともと部屋に引きもっていたので、誰も気にしなかった。
 リヒードは、不思議なほどドルインに歓待され、何不自由なくミカルーネ家で過ごしていた。
 あまりに堂々と屋敷の中を闊歩かっぽする姿に、自然と使用人たちも気を使うようになり、もはや客人というより主人といった感じである。
 今も、前ぶれもなくミケーネの部屋に押しかけ、近代魔法の手ほどきを受けている。
 講義の休憩時間にも、リヒードは、どうにか魔法の本を手に入れられないか、閲覧できないかを考えていた。
 そうして、次の瞬間、その手段が頭の中でひらめく。

「学校の生徒になれば、図書館に入れるではないか!」

 まるで世紀の大発見をしたかのように大声でそう言うと、リヒードは目の前でお菓子をつまんでいたミケーネに期待の視線を向ける。
 ミケーネは数瞬リヒードと見つめ合い、その叫びの意味するところを理解すると手に持っていた菓子を置いた。

「えっと、それは無理かと思います」
「なぜだ!?」

 自分の素晴らしい思いつきを即座に否定されたリヒードが、やけくそ気味に叫ぶ。

「リヒードさんでは年齢が上すぎます」
「はんっ、そんなことか! これでどうだ!?」

 やけになったリヒードは、ミケーネの言葉を鼻で笑うと、立ち上がり杖を掲げ短く詠唱する。
 すると、ぽんっというコミカルな音とともに、煙がリヒードを包んだ。
 しばらくして煙が晴れると、そこには十代半ばぐらいの姿をしたリヒードが立っていた。

「見よ! これで年齢は文句なかろう!?」
「え、あ、はい?」

 無駄に偉そうに胸を張るリヒードの前で、あまりのことに理解が追いつかないミケーネは唖然あぜんとしている。
 しかし、テンションの上がったリヒードは、そんなことお構いなしである。

「後は試験でも受ければいいのか!? こう見えても中身はかなりの年齢だからな! 十代の子供が解ける試験であればきっと問題ないぞ!?」
「えっと、一年弱待たないと入学できませんよ?」
「……!?」

 根拠のない自信に満ちあふれていたリヒードは、ミケーネの言葉に声にならない悲鳴を上げる。

「ま、魔法学校は基本的に途中入学ができないですから」

 リヒードの様子に若干じゃっかん引きながらも、ミケーネが説明する。

「こうなったらもう図書館から本を強奪する以外に手がないではないか……」

 瞳に危険な色を浮かべ、リヒードはぶつぶつと過激な計画を練り始める。

「え、えっと……そうです! 二年生の先輩に途中入学した方がいました! たしか、どこかの国の王族の紹介とか……」

 コネがあれば途中入学できるのではないかと言いかけたミケーネだが、しかしこの目の前の珍妙な魔法使いにそんなコネがあるのかと不安になり、発言が尻つぼみになってしまう。

「ほほう! コネがあればいいのだな!」

 ミケーネの疑問をよそに、「コネ、コネ」と言いながら何かを思い出そうとするように空中を睨むリヒード。
 やがておもむろに筆を取ると、先程まで勉強に使っていた紙を破り、さらさらと何かを書き始めた。

「拝啓、生きてるか? 何も聞かずにこの書類にサインしてくれ。リヒードっと」

 リヒードは、そのひどい文章の一枚目を書き上げると、すぐに二枚目に取りかかる。

「拝啓、あなたの美しい顔を長い間拝見していませんが、よく夢にて対面しております。しかし実物に勝るものはないと思いますので、時間を見つけてそちらにお邪魔しようと考えています。ところで話は変わりますが、今度魔法学校に入学したいと思っておりまして、よろしければ推薦していただきたく存じます。同封の推薦状にサインをしていただけると幸いです。リヒードっと」


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