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1章

5.

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 迎えた土曜日の昼過ぎ、鈴は初陣ばりに気合を入れて待ち合わせ場所に立っていた。
 時刻は12時半。少し遅い昼食をとってから買い物に行こう、という織之助に言われるがまま頷いて13時を待ち合わせにした――のだが。

(早すぎた。あきらかに早く来すぎた……!)

 腕時計で時間を確認した鈴は大きく息を吐き出して、通行人の邪魔にならないよう端のほうに移動した。
 11月の空は澄んで青く高く、絶好の行楽日和である。
 風は少し冷たいが寒いというほどではない。

(30分かあ……)

 もう一度腕時計を見たところで大して分針は進んでおらず、「うーん」と唸って首をまわす。
 微妙な時間だ。
 一時間あればちょっとお店に入って服を見たり雑貨を見たりしてもいいが、30分となるとちょっと足りない。5分前にはここに戻ってきておきたいことを考えると、実質余裕があるのは20分くらいだ。
 なんとなく落ち着かない気持ちで辺りを見渡すも、やはり織之助の姿は特に見当たらなかった。
 そのまま流れで視線を走らせると、ちょうどガラスに映る自分の姿が目に入る。
 
(私の格好変じゃないよね?)

 普段の私服はカジュアルなジーンズスタイルが多い。
 けれど、今ガラスに映っている鈴は違った。
 秋らしいキャメルのロングワンピースはサイドが明るいベージュのプリーツになっていて、鈴が動くたびにひらひらと裾が揺れる。
 アイボリーのショートブーツはヒールが七センチほどあり、いつもより視線がやや高い。
 仕事のときはひとつに束ねている胸のあたりまで伸びた髪もおろして必死に動画を見ながら巻いた。

 ――つまり、相当張り切っている。
 まだ任されている仕事が少ないこともあって定時で上がれた日に、急いで新しい洋服を買いに行くほどには浮かれていた。
 なんなら織之助と出かけることが決まった日に、慌ててネットで「秋 デート服 おとなっぽい」で検索したが――これは墓まで持っていくと決めている。

「だいじょうぶだいじょうぶ」

 ささっと前髪を整えつつショーケースのガラスに背を向けた。

(メイクだっていつも以上に時間かけたし、よし!)

 気合十分とばかりに頷くと、いつのまにか目の前には二人組の男性が立っていた。
 その近さに思わず一歩足が下がる。
 
「こんにちはー」
「あ、こんにちは……?」

 にこやかに話しかけられて咄嗟に挨拶を返してしまった。
 しまった、と思ってももう遅い。明るい髪色の二人組はいっそう笑みを深めて鈴に近づいた。

「おねえさん、大学生くらい? めっちゃかわいいね」
「誰かと待ち合わせ?」

 さらに一歩足を引くと踵が当たった。
 これ以上下がれないことを察して口角が引き攣――ちょっと待って。

「大学生って……成人してるように見えますか」

 一転、今度は鈴が食い気味に距離を詰めた。

「え、見えるけど……」

 二人のうちの片方が怪訝そうな顔で頷く。
 鈴はそれを確認して、ついガッツポーズをした。
 
(成人してるように見える!)

 普段私服でいると高校生に間違えられる鈴である。
 仕事のときはオフィスカジュアルちっくな服を着ているが、なぜか二十歳をすぎているようには見えないと言われることもあった。
 それが――いつもより頑張ったメイクのおかげか、髪を巻いたからか。傍目から見ても成人しているように見えるという。

「よかった……!」

 童顔は鈴にとって一、二を争うコンプレックスだ。
 成人済みの大学生に見えているなら年相応だろう。胸をほっと撫で下ろした鈴に二人組が顔を見合わせた。

「え、なになに? 実は高校生とか?」
「それかもっと上だったりする?」

 遊んでくれると勘違いしたのか、男の一人が鈴に手を伸ばす。

「まあ、かわいいからなんでもいいや。どう? このあと一緒に――」
「何をしている」

 伸びた手が鈴の腕を掴む寸前、地を這うような低い声が場を凍らせた。
 ハッとして視線を上げるとたいそう機嫌の悪そうな織之助が立っている。その圧倒的なオーラといったら。野犬が尻尾巻いて逃げるほどの威圧感だった。
 
「お、織之助さま……」

 蚊の鳴くような小ささで鈴がつぶやく。
 目の前の男たちはぎこちない動きで振り向き、「ひっ」と短く悲鳴をあげた。

「何を、している」

 ゆっくり繰り返した織之助に、二人組の男は薄ら笑いを浮かべてさっさと退散をした。
 そのあっけなさに鈴は目を何度か瞬かせて、それから織之助を改めて見る。
 ――仕事中のピシッとしたスーツ姿も文句なしにカッコいい、けど。
 
(私服の破壊力……!)

 普段よりカジュアルなジャケット姿に、ややゆるくセットされた髪。
 あまりの衝撃に鈴は思わず心臓の辺りを押さえた。

「鈴? 何かされたのか⁉︎」
「い、いえ……そういうわけじゃ……」

 まさか正直に「織之助さまがカッコよすぎるからです」と言うわけにはいかず、へらりと笑って誤魔化す。
 織之助は呆れ気味にため息を吐いて鈴を小さく睨んだ。

「それより、ナンパ相手と楽しそうに話すんじゃない。二対一で勝てるわけないだろう」
「はい……」

 正しく諭されて項垂れると、織之助が顔をしかめて鈴の髪をさらりとひと撫でした。

「だから車で迎えに行くと言ったんだ」

 その緩慢な動作にどきりとしつつ首を横に振る。

「いやでもさすがに千葉まで来ていただくのはちょっと」
「なら早く引っ越せ」
「だからそれは来週末にと!」

 高鳴った心臓を誤魔化すように噛み付けば、織之助がその瞳に鈴を映してぐっと眉を寄せた。

「……お前はもう少し自分がかわいいことを自覚して行動してくれないか」
「へ」

 絞り出すように吐き出された言葉が耳をとおり脳に溶けて――固まった。
 ――え、え、ええ⁉︎

(かわいいって言った⁉︎ 織之助さまが、私のことをかわいいって言った⁉︎)

 織之助は混乱する鈴の手を掴んだ。
 あっさり繋がれた手に、また思考が止まる。

「ちょっと早いが、行くぞ」

 手を引かれるがまま歩き出して、ふと駅前のビルに表示された電子看板の時刻が目に入った。

 12時40分。

 予定より20分早く、デート(仮)が始まったのだった。

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