後輩が『奴隷でもいいから付き合ってっ!』とグイグイ来るようになってから、モテ期がまとめてやってきたのだが

火野 あかり

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第二話 違うんです! 俺は惚れられただけで!

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「はぁ、はぁ……――緑川先輩、好きですっ! 付き合ってください、いや、結婚してくださいっ! 私をキズモノにした責任、ちゃんと取ってくださいねっ! 奴隷になるなら付き合ってやるって言ってたの覚えてますからっ!」
「お、小笠原……! ここどこだと思ってんだ! そして何言ってんだ!?」

 最後の授業が授業が終わり、ホームルームも終わったあと、ガラガラと勢いよく春樹の教室の扉を開けるなり、日向は叫ぶように大声で言った。
 息は荒れていて、春樹が帰ってしまう前に走ってやってきたのが教室にいた全員に伝わる。

 教室は騒然とする。
 それもそのはず、日向は一年生、春樹は二年生。当然、春樹の教室は二年生の教室だ。
 つまりは知らない後輩女子が急にやってきて、まさかのプロポーズ&奴隷宣言をぶちかますという、見たこともない非日常的な光景が繰り広げられていたのである。
 しかもそれが目立たない、教室の真ん中で本を読んでいる緑川春樹に向けてのもの。クラスのほとんどは春樹がモテるなどとは思っていなかった。

 定番の窓際などではなく、教室のど真ん中に席がある春樹は、まさに針のむしろだ。
 衆人環視の中、春樹は立ち上がり、入口にいる日向を見据える。
 
「緑川くん? このあと職員室に来てくれる? あとあなたも。――私も教鞭をとり始めてまだ数年の新人ですが、まさか自分の受け持ちに奴隷商がいるとは思ってもみませんでした」
 
 担任である天王寺あかね――二十五歳独身彼氏なし――は、教壇の前で笑顔に苛立ちを載せて、極めて優しく言った。
 見た目は黒髪ショートの可愛らしいお姉さんで、学校ではそんなキャラで売っている。
 生徒にあだ名で呼ばれたりする、比較的距離の近い教師だ。

 生徒たちは知っている。天王寺が優しい声を出すときは本気で怒っている時だ、と。
 生徒の色恋にうるさいのは嫉妬のせいだ、ともよく言われていた。――事実だ。
 しかも今回は色恋なんてレベルじゃない。
 中世ヨーロッパのような価値観のやつが受け持ちのクラス内にいたのである。

「ち、違うんです、先生! 誤解です!」
「はぁ!? 私の大事な初めてを奪っておきながら、あろうことか誤解呼ばわりですかっ!?」
「だーっ! だ、黙ってろ、小笠原! ややこしくなる!」
「緑川くん! 黙ってろとは何です! 確かにあなたたち二人の問題かもしれませんが、教師として不純異性交遊は許しませんよ!? それに初めてって! 奴隷って!」
「だ、だからそれが違うんですって!」

 何から何まで違う!
 初めてを奪ってもいないし、奴隷にもしていない!

 まずい、このままでは最低人間クズ呼ばわりだ!
 早く真っ当になりたーい!

 ぐるぐるぐるぐると春樹の頭の中は大混乱だ。
 上手く対処しないと、今後の人生は闇に紛れて生きることになってしまう。

 教室にいたクラスメイトは、立ち上がったまま焦る春樹を見て、心から引いた。

 あいつすげーな……。
 奴隷って、あいつ貴族かなんかなの……?
 人は見掛けに拠らないってマジだな。
 最低……。
 なんであれであんな可愛い子にモテるんだ……?
 ヤリ捨てとか……。
 師匠……。
 
 教室中がざわめき立つ。
 そのほとんどが非難の言葉だったが、一人だけ毛色が違ったのを春樹は確かに聞いた。

「違うんです! 俺は惚れられただけで!」

 春樹は動揺し、大声で叫ぶ。
 言葉選びを間違えている気がしたが、間違ってはいない。
 問題があるとすれば、受け取り手である同級生は、春樹の言葉を違う方面で解釈するということだけだ。

 おいおい、嘘だろ……?
 惚れられただけって、どんだけモテんだ、こいつ……。
 一回ヤったくらいで彼女面すんなよ、みたいな……?
 怖っ……ほんとにこんな奴いんのかよ。
 
 明日からシカトだな……。
 俺も本読もう。
 図書委員はモテると聞いて。
 
 今度は二つ、毛色が違った。

「はいはい。話は職員室で聞きますから」
「ちがーう! 待て、冤罪だ! それでも俺はヤってない!」
「はーいはい。犯人はみんなそう言いますよー。小笠原さん? も職員室ね」

 ずるずると天王寺あかねに引きずられ、春樹は職員室に連行されそうになる。
 同級生は誰ひとりとして助けようとしない。
 
 先生力強っ!
 かわいいキャラで売ってるくせに、力強っ!

 腕を引かれ連行されそうになる春樹を見て、日向は首を傾げる。
 意味がわからなかったからだ。

「え? な、なんか変なことになってません? 先輩」
「お前のせいだ! 誤解を解いてくれ!」
「誤解……? みんな何と誤解して……?」
「お、俺がお前の貞操を奪ったみたいになってんの! しかもお前を奴隷にしてんの!」
「はぁ!? な、なんで私が先輩と!? 違います! 違いますって! ――わ、私、まだ処女ですからっ!」

 あ、そうなんだ……。
 じゃあ緑川は無罪?
 だ、だよね、ありえないよね。
 ハルくんの奴隷……ちょっといいかも……。

 女子生徒はホッと胸をなでおろす。

 しかし、男子の溜飲は収まらない。
 美少女の貞操に最も近いのが、本好きな冴えない春樹だということを認めるわけにはいかなかったのだ。

 惚れられているのなら有罪だ。今すぐ処刑すべき。
 火炙りだ! 火炙りの用意をしろ!
 弾劾裁判じゃあ~!
 奴隷ハーレム……。
 暴虐家になろう!

 それはさながら中世の魔女裁判。
 事実かどうかなど、もはやどうでもいいとすら言える。


「先生も早とちりしてしまったようです。ごめんなさい。でも緑川くんも悪いんですよ? あんな誤解するようなことばかり」
「あ、俺が責められるんですね。――小笠原、お前も謝れ。危うく村八分になるところだった」
「ご、ごめんなさい……」

 クラスメイトの前で、春樹と日向は頭を下げる。
 なんとか誤解は解けた。
 春樹は思うも、一部の男子生徒の中に火種は残る。

 なんであんなやつがモテる……許すまじ。
 リア充は爆する。

 呪詛の言葉が、同級生の心に薄暗い闇を作り出した。


 春樹は仕方なしに日向と一緒に帰る。
 同級生がニヤニヤした目で見ていたが、見なかったことにした。

 廊下の夕焼けが目に痛い。
 春樹の隣を歩く日向は、珍しく大人しかった。いつもなら積極的に話しかけてくるというのに。
 流石にさっきのことを反省しているのかもしれないと春樹は思う。

「小笠原、ああいうのはホントに勘弁してくれ……」
「きょ、今日のは本当にごめんなさい……あんなふうに取られるとは思わなくて」
「取るさ、そりゃあ……」

 なんでこんなことに……。
 もう少し穏やかに過ごして、百合川先輩と本の話だとかをできればそれでいいのに。
 すこしずつ俺の青春は壊れ始めている気がする、と春樹は遠くを見ながら考える。

「先輩が付き合ってくれないのが悪い」
「俺か……でもさぁ、なんで俺なんだ? 俺なんて本くらいしか趣味ないし、成績だって普通だし、スポーツも得意ってほどじゃない。――あ、言ってて悲しくなるな、これ」
「別にそういうのじゃないですもん……よくわからないけど、先輩のこと考えるとドキドキするんです。だから好きなのかなぁって」
「理屈じゃない、みたいなやつか。――悪いけど、俺はやっぱり百合川先輩が好きだよ。叶わなくてもさ。だから小笠原とは付き合えない」

 可愛い後輩に好かれているのだ。
 結婚してとまで言われた。奴隷にしてとも。
 でも、だからといって簡単に気持ちは捨てられない。
 それに手近だからといって距離を詰めるのは、日向に対しても失礼だ。
 春樹はそんなに器用ではないし、不誠実でもなかった。

「だ、だったら、一緒に百合川先輩を落としましょう! そ、それが失敗したら私と付き合ってくださいっ! それならいいでしょっ!?」
「え――」

 ――それならいいんだろうか?
 要するに、百合川先輩と付き合う、もしくはフラレた場合は小笠原と付き合う、ということ。
 ――やっぱり失礼じゃないか?
 小笠原の気持ちを保険みたいに扱うようで、気分はよくない。

「それでいいの? 俺は良くないと思う」
「いいんです! 私だって諦めたくないですもん! それなら先輩にきっぱりフラレてもらって、後腐れなく付き合って欲しいですっ」
「落とすって言ったのに、フラれる前提なのか……」
「そりゃあそうでしょ? いいですか? ――ゆで卵は生卵に戻らないんですよ?」

 ドヤ顔で言った日向の顔を見ながら、春樹は考えてみるが、さっぱり意味がわからない。
 それはもう元には戻せない、みたいな意味だろう。

「――ん? どういうこと?」
「ほら、全然違う、みたいな?」
「お前の言葉の方だな、違うのは。多分小笠原が言いたいのは、月とスッポン、とかそういう比較系なんだろうと思う」
「そう、そういうの! さっすがぁ! 無駄に本読んでるだけありますねぇっ!」

 バシン、と背中を叩かれる。
 小さな手に、非力な一撃。
 女の子の力の弱さを春樹は背中で感じた。

「無駄に、は余計だろ、無駄に、は。まぁわかってるよ。高嶺の花もいいところだ」
「ま、頑張りましょ? そうですね、期限は今年いっぱい、とかはどうです?」
「勝手に進めるね……いいよ。どうせいくら時間があってもそんなに変わらないだろうから。それに、俺もちょっとは決心できる。――ホントはさ、告白するつもりだったんだよ。今年も図書委員になれたから。だけど実際には話すこともできてない。強引でも、何か理由があれば変わるかも、とは思ってる」

 勇気を出して声を掛けようにも、いつも誰かがそばにいる百合川葵に近づくことさえできなかった。
 フラレるのが怖い。
 結果は最初からわかっていても、声に、言葉にされたくない。
 そんな春樹の心中を知ってか知らずか、日向は春樹に笑いかける。

 朗らかで屈託のない笑み。 
 悪意など微塵も感じないその表情は、夕焼けの中に輝いて見えた。

 ドキン、と春樹の心臓は大きく鼓動する。
 少し痛んだ胸の高鳴りは、春樹の知っているものによく似ていた。

「よしっ! さっさとフラレて私と付き合いましょう!」
「お前な……」
「それまでは、私と先輩は友達以上恋人寄り、ってことでっ」
「いいよ。友達以上友達以下だけど」
「……それって友達じゃないです?」
「そうだよ」
「だーめっ! それじゃ意味ないですっ!」

 ぷう、と口を膨らませて不満げにする日向は、駆け足気味で悠の前に周り、道をふさいだあと、この日一番の笑顔で言う。

「先輩っ! 好きですよっ!」
「……」

 ――ああ、ずるいな。
 その顔も、俺も。
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