レイヴン・ヴィランは陰で生きたい~低レアキャラ達を仲間にしたはずなのに、絶望を回避してたらいつのまにか最強に育ってた、目立つな~

嵐山紙切

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第15話 状態異常は反転できない

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(今回は粗相しないようにしないと。ハーピィ家での失態を繰り返さないように。なんたって僕はいつも無条件に嫌われて、すぐに逃げられちゃうんだから! 愛想良くしないと!)


 そうレイは意気込んで約束の日、約束の時間に、ネフィラと共に訪問した。
 

 が、


「ほんっとうに申し訳ない!! ノヴァリエは逃げ出してしまった!」

(会う前に逃げられたんだけど!!)


 泣きたかった。


 屋敷の前で出迎えたキャット家当主が深々と頭を下げている。頭についた猫耳までもがぺたんとお辞儀をして尻尾もだらんと垂れて、身体全体で謝意を表している。


 その特徴を見れば言うまでもなくキャット家がフェリス族だと解るが、どうもフェリス族と一概に言ってもその姿は色々あるらしい。


 メイドの中には猫に近い顔の者もいれば、猫耳以外ほとんど人間みたいなのもいる。


 どちらかといえば、当主は人間よりの姿をした、あご髭を蓄えた男で、本当に申し訳無さそうにして、


「今日約束があるというのはノヴァリエも知っていたし、何度も釘を刺したんだが――あの子は『調教の森』へと冒険に出てしまってね……」

「冒険……」

「昔からそうなんだ。気分屋というか……。やりたいことが出来ると何でもかんでも放り出して、いても立ってもいられない性分らしい」


(いいよ、作り話してくれなくて。僕と会いたくなかったんでしょ? いや、解ってたことだけどさ……ついに、会ったこともない子にまで嫌われるようになったか、僕)


 泣きたかったけれどそうも言っていられない。


 逃げ出したのはきっと悪い噂――例えばハーピィ家でやった粗相とかが広まってるからだと思って、レイはますます焦燥に駆られた。


(不出来でお荷物な上に面汚しな僕の噂が広まってるんだ! このままだとあっという間にヴィラン家から追放されちゃう!)


 今日も絶好調に被害妄想を爆発させたレイはなんとしても汚名を返上しようと躍起になる――汚名を挽回する結果になる可能性だって十分にあるのだけれどいまは考えない。


 レイが考えていることは一つ。
 ここで結果を残したい。


 まずはちゃんと社交くらいならできる奴だと示して、粗相ばかりだという噂を払拭する――と言うことで、まずは「会ってもらうこと」を目標にしようと、レイが考えていると、キャット家当主は、


「ノヴァリエはいないが、キャット家として当主の私が歓迎しよう。さあ、どうぞ中へ」


 そう言ってレイとネフィラを屋敷の中へと案内した。


 応接間に通されるまでの間の廊下には、種族もバラバラな何人かの使用人が控えていたけれど、屋敷前で出迎えてくれたメイドたち然り、彼ら然り、顔や手に大きな傷の痕があってレイは訝しんだ。


 当主はそれに気づいたのか、前を歩きながら、


「私のところでは盗賊やらモンスターやらに襲われて身寄りをなくした子を積極的に採用するようにしてるんだ。特に酷い怪我をした子はあまり仕事に就けなかったりするからね。そのまま人間界に行くこともできず『先祖返り』をしてしまうなんて悲しいだろ」


 キャット家当主は聖人君子だった。


 そして、その「いい人」っぷりはレイを深く傷つけた。


(ぐううう! まるで「お前みたいな面汚しとは違うんだ」って言われているみたいだ! すみません! 自分の事で精一杯で、すみません!)


 心の中が闇属性なので、聖人君子に弱いレイである。浄化されたら何も残らずに死んでしまいそうだった。


 さすが悪役である。


 2以上のダメージを反転するというユニークスキルをもってしても心のダメージは跳ね返せない。毎秒1000くらいのダメージを精神にうけながら、血反吐を吐きそうになりながら、聖人君子の背中をまぶしそうに見つめてレイは応接間に入る。


 と、その部屋の隅に一脚の椅子が置いてあるのが見えた。背もたれの高いその椅子は塗装が一部剥げていて、足元にはロープが輪を作って落ちている。


 そのロープには血がついている。


(……なにあれ)


 被害妄想開始。


(まさかノヴァは本当は逃げ出してないんじゃない? ノヴァのことを常習的に縛ってお仕置きをしてて……、傷ができたから僕に会わせられないとかそういうことじゃないの!? よく見ればロープに血がついてるじゃん! 酷いことしたんだ!)


 妄想終わり。


 レイの予想通り、実際にノヴァはそこで縛られていたが、それはあまりにも逃げ出すノヴァをおさえつけるための苦肉の策であり、もちろん、お仕置きのためではない。


 令嬢にやることではないけれど。
 

 それでも、ノヴァは逃げ出した――ダルトンの助けを使って。


 ロープに血がついているのは、ダルトンがナイフでロープを切った際、誤って自分の手を切ってしまったからで、つまり、ノヴァの血ではない。


 レイが想像するようなことは起きていない。
 

 起きていないが、レイは当主がノヴァを虐めていると完全に思い込んでいる。一瞬にして、当主から溢れていた聖人君子オーラがレイの視界から消えて、その姿がよく見えるようになる。


(きっと使用人たちにも同じことをしてるんだ! 拷問して虐めて、だからあんなに傷だらけなんだ! 解っちゃったもんね! あー、まぶしさがなくなってよく見える!)


 精神ダメージがなくなってすがすがしい気持ちになったレイは、しかし、今度は被害妄想に襲われる。


 最近ネフィラがレイの部屋を拷問部屋みたいに作り替えてしまっているせいもあって、無駄に想像力が豊かになっているレイである。椅子とロープを見ただけでいくつかの拷問を思いついてしまって、


(きっと僕もやられるんだ!)


 またかお前は。
 ハーピィ家での一件から何も学んでいない。


 いや、学ぶも何も未だにレイはハーピィ家が暴力的な家だと思っている。まあ実際、レイの想像とは違うもののその通りではあったので、余計に被害妄想に拍車がかかってしまっているのだけれど。

 不憫な男である。


(最近メイドちゃんたちは外出してるから今回はついてきてない――つまり、前みたいに助けてもらえないけど、今回はネフィラがいる。そう、僕には選択肢があるんだ!)


 余計な選択肢である。


 以前のレイであれば逃げる事しか考えられなかったが今回はネフィラという武器がある――要するにレイはいま「疑わしきは罰せず」の対極を行くことができる状況にある。


 疑わしきは殴られる前に殴る。


 レイにとってそれは座右の銘みたいなものだった。


 そんなものをモットーにするな。


 とは言え、前世で愛されすぎたが故に起きた誘拐、監禁、窃盗、盗撮などなどの犯罪的被害から身を守るためには常に周りを警戒して生きなければならなかったのは事実。彼にとって生きるというのは現代社会においてさえ常に野生の中で生きるようなサバイバルで、いついかなる時に襲われてもいいように疑ってかかるのが常だった。


 だから今回も行動する。


(ノヴァは虐待を受けてるからここにいないだけで、僕を嫌ってるからじゃない。目的変更! ノヴァを助け出さないと――僕の未来のために。そして、汚名を返上する善行のために!)


 相変わらずの自分本位でレイがそう決意していると、そこに一人の男が慌てた様子で入ってきた。金属製の鎧を着た細身の男で額当てのように布を巻いている。


 ダルトン――レイはその名を知らないけれど、おそらくキャット家お抱えの騎士だろうと思った。鎧に入った紋章はこの家のものだし、領地にもモンスターの出る土地があるだろうから、なんだかんだと戦闘は必須のはずだ。


 当主は彼に気づくと、レイたちに「失礼、どうぞかけて待っていてくれ」と言って応接間を後にした――どうやら内緒話があるらしい。


 ではこちらも、とばかりにレイはネフィラの耳元に口を近づけた。


「まずいことになった」

「まずいですね。なんですかあの椅子、興奮します」


 ネフィラはネフィラで絶好調だった。
 

「……帰ったらいくらでも縛ってあげるから話聞いてほしい」

「本当ですか。絶対ですよ」

「約束する。約束するから今から僕が言うことを聞いて」

「何でしょう?」

「ノヴァに危険が迫ってるかもしれない。見つからないようにこの屋敷を捜索してほしい」


 そこでほんの一瞬だけネフィラは固まった。
 

「……この屋敷を、ですか?」

「うん。きっと怪我してるだろうからこの回復薬を使って助けてあげて」


 レイは回復薬を持ってきていた――自分とネフィラ用に。
 

 相変わらずの用意周到ぶりである。


 ネフィラはもちろん、ノヴァが『調教の森』にいるという当主の話を聞いていたので心の中で首を傾げていたし、実際ノヴァはこの屋敷ではなく『調教の森』にいる。


 とは言え、そこはネフィラである、ご褒美への期待と、きっとレイヴン様には何か考えがあるのだという思考があっという間に疑念を払拭する。


 綺麗さっぱり。


「では少々お待ちください」


 彼女は言って応接間を出て行った。


(破滅を止めるためにネフィラを送り出したけど、僕が縛られて拷問されるかもって状況は変わらない。それになんか騎士がやってきたし。もっと酷いことされるかも)


 ネフィラの背中を見送った瞬間不安に駆られたが、背に腹は代えられない、とレイは思う。
 

 それに、すぐに危害を加えては来ないだろうという算段が彼にはあった。


(ハーピィ家でも僕が粗相をするまで危害を加えようとはしなかった。だから、僕が何もせずに身動き一つ取らずにいれば平気なはず。僕は無害。僕は無害!)


 レイはそう自分に言い聞かせて、背筋を伸ばして身を固くして、当主が戻ってくるのを待っていた。


 と、そこに一人のメイドがやってくる。


 他のメイドと違って見える部分に傷のない彼女はふっとレイのそばにしゃがみ込むとハンカチを取り出して言った。


「レイヴン様ー。お口に何かついていますよー」

「え、うそ!」


(もう粗相をしちゃったの僕!?)


 レイは慌てたがすぐにメイドが口元を拭おうとそのハンカチを近づけてきた。


 そこにある紋章をみて、レイは凍り付く。





 ハーピィ家の紋章。





「いい夢をー」


 ふっと優しく口と鼻をハンカチで覆われて、レイの意識が遠のいていく。


 精神ダメージを反転できないように、
 

 ダメージを伴わない状態異常は反転できない。


 悲鳴を上げることもできないまま、レイは深い眠りに落ちていった。
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