レイヴン・ヴィランは陰で生きたい~低レアキャラ達を仲間にしたはずなのに、絶望を回避してたらいつのまにか最強に育ってた、目立つな~

嵐山紙切

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第16話 ネフィラ・スパイダーはキャット家を駆ける

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 レイから指示されて屋敷の天井を音もなく駆けるネフィラはこの屋敷の情報を頭の中で整理していた――屋敷内の地図からキャット家の裏情報に至るまで。


(レイヴン様はこうなることを予想して、わたしにキャット家の情報を事前に調べさせたのでしょうか?)


 そんなことなどあり得ないのだけれど、ネフィラはかなり本気でそれを信じている――ここに来る直前にキャット家の情報をレイが聞きたがったこともそこに拍車をかけていた。


 時は遡り、ネフィラとレイがキャット家に向かう直前。


「キャット家はわたしたちスパイダー家の分家ではありますが、それ以上に重要なのは、彼らが王族であり、現在の当主が第二王子だと言うことです」


 レイが自分の部屋で色々と準備をしているのを横目にネフィラは説明していた。


 レイはどうも自分で準備をしないと気が収まらないらしい――それは武器を整備するのと同じような意味だろうと元隠密戦闘部隊『一縷』所属のネフィラは思う。


 ちなみに、この説明だって準備の一環に過ぎない――レイは向かう先の情報を事前に調べるようネフィラに言いつけていた。


 レイとしてはそれは、ハーピィ家の一件で懲りて危険じゃないかを事前に知るためではあったのだけど、ネフィラはそうは思わず、ただ社交をする上で情報を持っておきたいだけだろうと思っていた。


(あるいはわたしへの試験、でしょうか? レイヴン様が基本的な情報をもっていないはずもありませんし)


 だから彼女は裏の情報――すなわち、政治的な部分や思惑についてより深掘りして調べ上げ、レイに伝えていた。


(まあ、この事実だってレイヴン様は知っているでしょうが)


 過大評価されているレイはそう思われていることなどつゆ知らず、持っていくものをベッドの上に並べながら、


「第二王子? 【女王】の家系ってこと?」

「いえ、そうではなくてですね、フェリス族は『猫の王国』を建国しているんですよ」

「そんなの【女王】が許さないでしょ」

「もしも魔界に作ればそうでしょうが、『猫の王国』が作られているのは人間界なので問題ありません。【女王の加護】で人間の姿になり、人間と同じように、人間界で過ごしているわけです」

「……もうそれ、人間の国じゃん」

「そう言えるかもしれません。いまでは魔界にいるフェリス族よりも人間界にいるフェリス族の方が多いとすら言われてます――魔界に来たことのないフェリス族もいるかもしれませんね」

「『先祖返り』の真逆みたいな話だね。魔族が人間界に居続けたら人間になるのかな」

「なりません」

「だよね」


 レイは言って回復薬を四つ、腰につけた小物入れにそっと入れる。自分の分とネフィラの分――その予備を一つずつ。


 社交に行くだけなのになぜ回復薬が必要なのかネフィラは疑問だったが、きっと何か考えがあるのだろうくらいに思って続ける。


「その『猫の王国』のトップが国王ブラックストーン・キャットで御年八十歳。彼には二人の息子がいるのですけれど、魔界にあるキャット家を任されているのが第二王子の方というわけです」

「……第一王子じゃないんだ」

「そこら辺、色々あるみたいです。元々、魔界のキャット家当主になるのは次代国王と言うのが習わしです――つまり、第一王子ですね。ただ、どうも王は第二王子に王位を継承したいようです」


 その理由に関しては実際にキャット家を訪れたときに片鱗が見える――傷ついた魔族を雇い入れる聖人君子的な行動は王に色よく移るだろう。


 それに対して、


「第一王子は気に食わないようです。まあ、昔から第一王子は性格に難ありと言われているようですが」


 キャット家で雇われている傷ついた魔族のうち数名は元第一王子側の魔族だったが、かなり無茶な命令を下されて従ったことにより怪我をし、そのまま捨てられるような酷い扱いを受けていた。


 そこを拾い上げたのが第二王子――キャット家現当主であり、それ以外の功績も相まって国民からの支持も厚く、より一層、第一王子が妬む結果になっている。


 自業自得だが。


 そこまで話を聞いていたレイはようやく準備が終わったようで両手を腰に当てて「よし」と頷く。微妙に膨れたポケットが気になるが、気をつければ気になるというだけでそこまででもない。


「さすがスパイダー家の服飾技術だよね。色々持ってるはずなのにあんまり嵩張らない」

「隠密戦闘部隊にとって普段の服に武器を隠すのは必要不可欠ですからね。要望に要望が重なって、ものを隠す技術が向上したんです」

「……じゃあネフィラもいつも武器を隠してるんだ」

「ええもちろん。わたしの服は十五キロあります」

「鎧かよ」

「レイヴン様にいつでもどこでも虐めてもらえるように武器と拘束具を各種取りそろえています」

「行商人かな? そんなものより食料とかもっと重要なものを持ちなよ」

「毒虫とかですか?」

「僕に虫を食わせるつもりか!」


 食べさせてくれるのかなとか思っての発言だったけれど、毒に関してはスパイダー家当主である父に禁止されているので手は出せない。


(いまはもっといいものがあるので毒なんていりませんけど)


 この数日ものすごく満たされた生活をネフィラは送っていた。

 それはハーピィ家に囚われて刺激のない毎日を送っていたという反動ももちろんあるのだろうけれど、それ以前、隠密戦闘部隊の班長をやっていた頃から考えたってこれほどまでに満たされた時間は今までにない。


 それほどまでにレイとの出会いはネフィラにとって衝撃だった――より具体的に言えば、レイのユニークスキルとの出会いではあるけれど。


(あんなに痛くて苦しくて気持ちいいのに、普通なら後遺症が残ってしまうような場所を痛めつけてもかすり傷一つつかないなんて! わたしの防御力なんて関係なく痛みと苦しみだけを感じさせてくれるなんて!!)


 ネフィラにとって『防御力』というのは一つの悩みの種だった。より危険な任務に就くには死なないために『防御力』は必須である。けれど、『防御力』は上がれば上がるほど、日常的な痛みには鈍くなってしまう。


 ネフィラにとっては完全なる二律背反。
 

 より強い痛みや苦しみを求めれば、毎日の痛みを諦めざるを得ない――それは毒を飲み過ぎて薬が効かなくなるようにいつかは破綻する欲求だった。


(それをもう気にしなくていいんです! いくら身体を鍛えて防御力を上げても、レイヴン様の攻撃はいつまでも新鮮!!)


よだれ出てるよ」

「あ、すみません。ちょっと虐められる想像をしてて」

「……今朝もやったのに?」

「いまからしますか?」

「しないよ! 王族って聞いたいまじゃ絶対遅刻とかできないじゃん! いまだって遅刻ギリギリなんだよ!」

「それはレイヴン様が準備に時間をかけたせいだと思いますけれど」

「……その通りです。すみません」


 準備に二時間かけていた。
 デートにでも行くのか。


(まあきっと、その準備にも意味があったのでしょう。現にわたしに回復薬を持たせていますし――状況が状況だけに必要そうですし)


 時は戻って現在。


 キャット家の屋敷――その中庭に到達したネフィラはそう思う。


 どうしてこんな場所に来たのかと言えば、


(レイヴン様は捜索しろと言ってました。ノヴァに危険が迫ってる、と。当主はノヴァが『調教の森』にいると言ってましたが、レイヴン様はこの屋敷の中にいると思ってるんでしょうか? もしそうであれば、彼女はおそらく、キャット家の使用人たちですら気づいていない場所に囚われているはずです)


 とは言っても一応さらっと屋敷の中は探索したネフィラである――壁を伝って窓から様子を確認しただけだが、ノヴァの姿はどこにも見えなかった。


 まあ、ノヴァはこの屋敷にいないので当然と言えば当然だが。


 そうとは知らず、レイの指示を遂行するネフィラは中庭の中央に向かって歩いて行った。


 入手した情報によればこの場所から地下に潜れるはずだった。どうもこの屋敷の設計者はかなりの遊び心があったようで、中庭にある東屋の四つの柱、その下部にあるスイッチを決まった順番に押すと地下への階段が現れるように設計されているらしい。


 どうしてこんな情報をネフィラが調べられたのかと言えば、スパイダー家にはキャット家の報告書が大量にあって、それを片っ端から調べられたからだった。


 数百年の間にすでにこの屋敷のデータは蓄積されている――と言うか分家と本家なので社交の合間に屋敷を案内されている。


 特に数世代前のスパイダー家当主はキャット家と懇意だったらしく、この地下の階段もそのとき教えてもらったらしい。


 誰かに整備されているのだろうか、スムーズに仕掛けは動いて東屋の地面が割れ、地下への階段が姿を現す。


 ネフィラはくすねてきたランプを持ったままそこを降りていき、


 そして、


「ああ、こういうことでしたか。さすがレイヴン様――しかしまずいですね、これは」


 あるものを見つけてそう呟いた。
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