玉の輿だったはずなのに!

木島

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わかりやすい悪意

「ひと月ほど前のお話だったかと思うのですが、とある子爵が管理する区域でアルファに誘拐されたオメガを救助する大捕物があったそうですよ」
「……へえ」
「まあ、大捕物?何だかドキドキする単語ね」
「そうでしょう?フランチェスカ様はお好きだと思いました」

 エリザベスの言葉に少女のように目を輝かせるフランチェスカ。意外とゴシップ好きなのか、アルファとオメガのロマンチックな展開を期待しているのかもしれない。エリザベスもそんな彼女に楽しげに微笑んでみせていた。
 俺と言ったらこの先に続くであろう展開を予想して既にげんなりしているわけだが。

「そのオメガは既婚者でしたが番契約をしておらず、不幸にもヒートのタイミングを暴漢に狙われたそうですわ。アルファがヒートのオメガを攫う……何が目的で何があったかなんて考えるまでもありませんわね」
「それは……」
「でも、無事に救助されたのなら最悪の展開ではないのでしょう?大丈夫だったのよね?」

 仄めかされた言葉を察したフランチェスカが少し狼狽えている。いい合いの手役だな。
 しかしわからないのはエリザベスの目的だ。いきなりこんな話を持ち出して、俺の反応を知りたいのだろうか。それとも誰が聞き耳を立てているかもわからない場で噂を広げて俺を貶めたいのか。もしくはただのお馬鹿さんか。

「それを何故私にも?ああ、私がオメガだからですか?同性からすれば他人事ではありませんからね」
「それもありますが、もうひとつ」
「もうひとつ?」

 訝しむ俺にエリザベスは広げた扇子で顔を隠し、2人だけに聞こえるように囁いた。

「その大捕物の渦中にいらっしゃったらしいのです……ベネディクティス辺境伯が」
「えっ」

 フランチェスカが驚きの声を上げる。そして俺の顔を見た。エリザベスが何を言いたいか、彼女は察したようだ。

「辺境伯自らがお出でになるということは、誘拐されたオメガはそれだけ重要な方だったと言うこと。となるとそのオメガはもしかして……と噂になっております」
「なるほど、噂ね。ではその話、あなたお1人の秘密の話というわけではないと」
「貧民街に程近い場所での出来事でしたので、高位貴族の方はあまりご存知ないかもしれませんね」

 彼女は子爵家のご令嬢らしい。先程共にいたカサヴォーラ子爵令息の婚約者だ。低位貴族の間では既に噂が広まっていると仄めかす。

「真偽の程はともかく、渦中の方が知らぬままでは少々気の毒かと思い差し出がましい真似を致しました。ご容赦くださいませ」

 恩着せがましい言葉と共にエリザベスが目を伏せる。
 なるほどぉ。周りからの視線はそういう意味もあったってことね。理解。ってそうだ、思い出したカサヴォーラ子爵!貧民街と平民街の管理者じゃん。噂の出所はカサヴォーラ子爵なんじゃないのこれ。
 あの日ルキーノは手勢のみならず王都警備を巻き込んで動いていた。後で緘口令を敷いても限界があるということか。俺は少し離れた場所にいるルキーノを見る。詰めが甘くないか旦那様よ。

「それはそうとネロ様、あなたが商家の出というのは本当でしょうか?」
「は……どういう意味でしょう。私は偽りなど申しておりませんが」

 終わったと思いきや今度は別方向から切り込んでくるエリザベス。いい加減イラついてきている俺は頬が引き攣りそうなのを必死で抑えて微笑んだ。

「左様でございますか。では私の聞いた話が誤りなのでしょう。まさか卑しく穢らわしい生業のオメガが由緒ある辺境伯夫君になどなれはしませんよね」

 しかしエリザベスは諦めない。真意の読めない微笑みを浮かべ、非を認める口ぶりで俺を煽ってきた。おう、喧嘩売ってんのか。俺は女の子相手でも買うぞこんにゃろう。と心の中で腕まくりをした時。

「おやめなさいエリザベス。あなたなんてことを」

 先に耐えられなくなったのは意外にもフランチェスカだった。謝罪なさい、と強い口調でエリザベスを責めている。

「ええ、私の思い違いでした。謝罪いたします」

 そして素直に俺に頭を下げたエリザベス。
 フランチェスカの仲介で謝罪されたなら受け入れなければならない。彼女は侯爵家、俺なんかより余程立場が上だ。彼女に恥をかかせてはならない。
 でもこれで許しますとは言いたくないな~。だってこの女凄いムカつく。謝罪を受け入れたら負けな気がするんだけど。
 そう思って返答に躊躇っていると、背後から場に似つかわしくない朗らかな母の声がした。

「お話し中かしら。ただいまネロ、私もご挨拶させていただいても構わない?」
「っ、ララサバル夫人、カミッロ」
「ああこれは、フランチェスカ様!」

 振り返った先にいたのは母とカミッロ。助かった、ホッとした俺とは逆に2人は俺の話し相手の顔を認めて慌てて礼を取った。

「ララサバル夫人、お久しぶりですね。その節は世話になりました」
「そんな、こちらこそフランチェスカ様にはいつもご贔屓にしていただいて嬉しい限りですわ。その後お肌の調子はいかがですか?」
「お陰様で凄くいい調子ですわ」
「まあ、よかった」

 フランチェスカの意識が母に移った。謝罪が宙に浮いてしまったが、これ幸いと母を前に出して後ろに下がる。

「申し訳ありません、遅くなりました。大丈夫ですか」
「あ、うん。平気」

 2人が母に気を取られているうちにカミッロが俺に囁く。俺が1人で相手をしていることに気づいて慌てて戻ってきてくれたみたいだ。

「お側を離れている間、我々も例の事件の噂を耳にしました。想定以上に外に漏れているようです」
「マジ?やっぱカサヴォーラ家が言いふらしてんのかな」
「カサヴォーラ……なるほど。可能性は高いですね」

 カミッロも俺の予想に一理あると頷いた。直ぐにでも調べると言ってくれる。
 その間にも女性3人の会話は進んでいて、俺のことに興味が移ったようだった。

「ララサバル夫人、先程は随分親しげでしたが貴女はベネディクティス辺境伯夫君とお知り合いなのですか?」
「ええ。息子ですの」
「え?」
「まあ、息子さんですの?あら、でもララサバル男爵家にお子さんは……」

 ご令嬢2人は目を丸めて驚いている。そりゃそうだろう。ララサバル男爵家には子供がいない。なのに急にこんなデカい男を息子と言い張ったら不審に思うに決まっているだろう。
 しかし当の母は2人の戸惑いなど素知らぬ顔だ。微笑みを浮かべたまま俺の背中をそっと押す。

「そうだわネロ、フランチェスカ様は商会のお得意様なの。いい機会だからご挨拶なさいな」
「え?ああ、うん。そうだね」
「ご挨拶なら先程お受けしたけれど……」
「いえいえ、それとは別なのですよ」
「別?」

 年の功とでもいうのだろうか、それとも長年の商人の胆力なのか。いつの間にか母が中心になって話を回している。
 確かにいい機会かもな。ステッラ商会は代替わりしてベネディクティス家縁のものになったと宣伝しておくべきかもしれない。俺は母の提案に頷いてフランチェスカの前で再び礼を取った。

「怪我で勇退なさったミケランジェロ・ララサバル男爵に代わり、ララサバル男爵夫人イルダの息子である私ネロがステッラ商会の商会長に就任いたしました。アマーティ侯爵令嬢、今後とも我が商会をどうぞご贔屓に」
「まあ、そうなんですの」
「な……っ、そんなはず……!」

 素直に驚いているフランチェスカとは対照的に、エリザベスは明らかに狼狽している。 
 やはりエリザベスは俺が元男娼だと知っていたのだ。だからこそこの発言は信じ難いものだろう。

 だが残念だったな、両方本当の話です。


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