玉の輿だったはずなのに!

木島

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孤児院にて

「あの、子供たちの様子を見ても構いませんか?彼にも出発前の挨拶をさせておきたくて」

 さて、これが今日の本題だ。一度エヴァンドロを振り返りまた院長を見る。マナーについては目を瞑ってほしい、と言って子供たちが揃っている食堂へと案内してくれる院長に付いて歩きながら俺はきょろきょろと辺りを見回した。

 孤児院は多くの子供とスタッフを抱えているため周りに比べて建物は大きいが、傷み具合は他の民家と大差ないようだ。廊下は時々ギシギシ音を立てるし壁に雨漏りのシミがあるし高いところの柱には埃が溜まっている。外から見える小さな庭に建てられた物置小屋っぽい建物は壊れた屋根を板で継ぎ接ぎした形跡もあった。
 窓の建て付けも悪そうだし、冬は隙間風が入り込むらしい。次支援するとしたらこの辺の手入れかな。

「ここが食堂です。普段の食事以外にも催し物を行う時はここを利用しています」

 どうぞ、と開かれた扉の先にあったのは14、5人程度座れそうなテーブルとそれを囲む子供たちの姿だった。

 今この孤児院に住んでいるのは3歳から15歳までの男女12人。そのうち第二性がわかっているのは3人でベータ2人とオメガが1人らしい。アルファはエヴァンドロが孤児院を出てからは1人もいないとか。まあアルファも数少ないもんな。
 商会の従業員が配ったお土産はお菓子やおもちゃ、本だ。集まった子供たちはそれぞれ与えられた物を大事に抱えて楽しげに笑い合っている。今回も喜んでもらえたみたいでよかった。
 その中の1人が俺たちの中に知った顔を見つけ、目を輝かせて声を上げた。

「あー!エヴァンドロだ!」
「え?本当だ!エヴァンドロにいちゃんだ!」
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「うん!ねえこれ見て!ぬいぐるみもらった!」

 駆け寄ってきた子供たちにあっという間に囲まれるエヴァンドロ。腕を引かれて中へ入っていく姿を見てほっこりと胸が温かくなった。思った通り彼は子供たちに好かれているらしい。
 エヴァンドロは集まった子供たちと順に言葉を交わし、小さい子は頭を撫でていいお兄さんをしている。そうして集まった子供たちをいそいそと横一列に並ばせ、俺を振り返った。

「よし、これからみんなに大事なお客様を紹介するからな」
「お客様?」
「だれー?」
「あの人たち?」
「え?でもあの人たちもしょーかいの人でしょ?せいふく着てるもん」
「うん、商会の偉ーい人でもあるし、とっても高貴な貴族の方でもあるんだ。この間のたーっくさんの寄付もこのお土産もこの方からのプレゼントなんだぞ」

 不思議そうな子供たちに俺の正体を明かすエヴァンドロ。当然子供たちは驚いて、途端に気まずい空気が食堂に流れた。
 うん、まあそうだよな。急に貴族なんか出てきたらどう接していいかわかんないよな。

「こんにちは、初めまして。急に来てごめんな。みんなに一度挨拶したくてさ」

 俺は安心させようとできるだけ気安い笑顔でエヴァンドロたちの輪に近寄っていく。
 最初は警戒していたが、話し始めた俺が全く貴族らしくないもんだからそのうち気が抜けて普通に遊び始めた子供たち。泣かれたらどうしようかと思ってたのでホッとした。

「ネロさまはエヴァンドロにいちゃんとおともだちなの?」
「そうだよ。困ってる俺をエヴァンドロが助けてくれて、それで仲良くなったんだよ」
「そうなんだ!こまってるきぞくさま助けるなんてにいちゃんすげー!」
「俺は別に大したことは」
「またまたぁ」
 
 俺の言葉に恐縮するエヴァンドロは子供たちの憧れの籠るキラキラした視線を困った様子で受け止めていた。実際彼は俺を迷子から助けてくれたし、誘拐事件でも力を尽くしてくれたんだから大げさでも何でもないんだけどなぁ。謙遜しすぎるのもよくないぞ。
 やれやれと肩を竦めるその視界にちらと見覚えのある姿が引っかかって、俺は視線をそちらに移した。

「んん?」

 食堂の隅、おそらく厨房に繋がっている扉の近くに隠れるように立っている影。ひょろりと背が高く、無造作に伸びた黒髪の男の自信なさそうに背を丸めている姿に既視感があって俺は首を傾げた。

「あそこにいるのって……」
「オセロにいちゃんのこと?」
「オセロ?あいつも来てたのか……あんなとこで何コソコソしてるんだ?おおい!オセロ!」

 エヴァンドロに呼びかけられてびくりと派手に体を震わせるオセロ。少し距離があるから表情は読み取れないが、彼は逃げ場所を探すようにきょろきょろと辺りを見回し、体全体で逃げ出したい空気を醸し出していた。
 が、エヴァンドロはそれを許さない。挙動不審なオセロに近寄り、容赦なく腕を掴んでこちらに引きずってきた。なんて無慈悲な……

「来てたならネロ様に挨拶くらいしとけよ。ほら」

 そうしてエヴァンドロは自分より少し高い彼の背を押して俺の前に立たせた。

「え、えと、あの」

 オセロの長い前髪の隙間からちらりと見える深い隈の刻まれた黒い目は泳いでいて、目の前にいるのに目が合わない。貴族が苦手なのか、そもそも人と接するのが苦手なのか。前も思ったけど、どちらにせよこんな態度でよく王都警備やれてるな。

「ど、どうも。ご無沙汰しております……ご夫君様」
「事情聴取ぶりだな。元気だった?」
「は、はい。おかげさまで毎日つつ、恙無く」

 それでも何とか俺に挨拶してくれたオセロ。その視線は床に落ちているがまあ及第点だろう。エヴァンドロも満足したのかうんうんと頷いている。

「オセロもここ出身で俺の幼馴染なんです。時々来てるのは知ってましたけど……なぁ、今日何で隠れてたんだよ」
「だ、だって……知らない人いっぱいで……」
「俺は知らない人じゃないだろ?声かけてくれればよかったのに」
「そそ、そうだけど。来てるなんてお、思ってなくて」

 今日非番だったオセロは孤児院の子供たちの様子を見に来て偶々俺たちと鉢合わせしてしまったみたいだ。突然やってきた商会の職員たちに戸惑い、隠れたはいいが俺やエヴァンドロもいることに気付いて出て行こうかどうしようか迷っていたらしい。それを俺たちに見つかったと言うわけだ。

「ご、ご夫君様、子供たちに差し入れありがとうございます。みんなよ、喜んでます」

 どもりつつもそう言って口元に小さく笑みを浮かべるオセロ。彼の足には1番小さな3歳の子が甘えてしがみついていた。
 一際背の高いオセロに小さな子供。それがなんだか可愛くて俺もにこにこ笑ってしまう。

「それならよかった。オセロも貰った?お菓子なら食べられるかな」
「いえっ!そそそそんなもったいない!俺はい、いいです!」
「何で?いいじゃん。これ俺のおすすめでね~。美味いんだよ。うちのジュリエッタ様がこのお菓子大好きなの」
「え、わ」

 はい、とその手に一口サイズのチョコレート菓子を3個ほど乗せたらそのまま固まってしまった。どうしたらいいのかわからない、と言った様子で前髪の隙間から哀れっぽくこちらを見ている。
 なんか、俺が虐めてるみたいな気分になってきたな。俺悪いことしてないよな?






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