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想定外
その後、オセロと別れたエヴァンドロが馬車に乗り込んでようやく俺たちは帰路に着いた。
門の前で見送る院長とオセロの姿はだんだん遠くなり、その表情は伺えない。だから俺もエヴァンドロもオセロがどんな表情で何を呟いたのか当たり前だが気付くことはできなかったのだ。
離れていく馬車を俯き加減で見ているオセロ。その顔は先程とは打って変わって焦燥と困惑に満ちていて、口元に当てられた手は微かに震えていた。
「ど、どうしよう。俺はどうしたら……そそ、そうだは、早く……様に知らせないと」
「オセロ?どうした?」
「俺、かか帰ります!院長先生、こっ、子供たちによろしく」
「え?あ、ああ。気をつけてな……?」
院長の問いにおざなりな返事だけをして慌てた様子で身を翻すオセロ。足早に孤児院を出た彼は真っ直ぐに貧民街を出て馬車を拾うと貴族街へ向けて日暮れの街を駆けていった。
オセロが目指す先に誰がいるのか、まだ俺たちは知り得ないことだ。
***
俺は娼館にいた頃からみんなの客との恋の話を聞くのが好きだった。職業柄成就することは稀だったけど、ほんのり頬を染めて相手とのやり取りを語る姿は俺の心を慰めてくれたのだ。それもあって今も俺は恋バナを聞くのが好き。是非ともエヴァンドロとオセロの話も聞きたい。ブリジッタの呆れた視線から目を逸らして帰り道で根掘り葉掘り聞いた結果。
「まさかの展開だったわ……」
俺は独り自室のソファに横臥して呟いた。
なんとオセロにはエヴァンドロとは違う番がいると言うのだ。考えもしなかった答えに俺は混乱を極めていた。
あんなに睦まじい感じを醸してたのに別の番がいるの?絶対オセロはエヴァンドロが好きなんだと思ったのに。俺の勘違いだったのか。そんなぁ。
「だってあんな、沢山手紙書いてねなんて可愛いこと言ったら好きなのかなって思うじゃん」
エヴァンドロ曰く、2人はまだ彼の母が存命の頃からの付き合いで20年来の幼馴染だそう。母を失い路頭に迷ったエヴァンドロをオセロが孤児院に連れて行き、そこからはずっと一緒だったらしい。
第二性が発現してお互いの性別を意識し始めた頃は俺の言う甘酸っぱいモジモジがあったし、密かにオセロと番うことを考えていたとエヴァンドロは語った。
「恋というか、友情に毛が生えた程度の気持ちでしたけどね、オセロとなら一生一緒にいられると思ってたんです」
しかしその淡い想いが叶うことはなかった。
16の夏に一時期オセロは孤児院から姿を消した。程なく戻ってきたのだが、その時には既にその頸には番の証が刻まれていたのだ。
相手はどこかの貴族家に仕える平民の男で、以前から交際していたとオセロは語った。その時までエヴァンドロはオセロに番になるような相手がいることすら知らなくて、話してくれなかったことも地味にショックだったとか。
「ま、告白する前に振られたってことです。今はただの友人ですよ」
エヴァンドロの芽生える前の恋心はそのまま枯れた。
初恋手前のほろ苦い過去を思い出してエヴァンドロは少し寂しそうに笑っていて、俺はちょっとだけ興味本位で古傷を引っ掻いたことを反省した。
エヴァンドロは血筋の所以か貧民街に似つかわしくないほどの輝く金髪に青い瞳をしている。顔立ちだってパッと目を引く整ったものだし人当たりがよくて面倒見もいい。そんなエヴァンドロより選ばれる平民の男アルファとは……近くにいすぎると良さに気が付かないってことなのかな。
「えと、なんかごめん」
「大丈夫ですよ。もう終わったことですから」
エヴァンドロならきっといい相手がいるよ。原作のヒロインとか、あんま覚えてないけど多分めちゃくちゃ美人の貴族のお嬢様だった。あと黒髪のオメガも確かサブヒロインだったはず。なんて具体的なことは言えないが、とにかくきっと大丈夫だと励ましてエヴァンドロと別れて自室へ戻ったのだ。
「ネロ様、そろそろお召替えを」
「んー……そうだねぇ」
帰って早々にソファに寝転んでから動こうとしない俺を部屋着を持ったアンジェラがせっついてくる。ブリジッタは休憩中だ。俺は仕方ない、とノロノロ起き上がって着替えをお任せしている間も考え続けた。
しかしこれでわかったことがある。おそらくオセロは探している黒髪のオメガではない。
オセロがネックガードを着けてたのは番の噛み跡を隠すためだった。
この国では噛み跡は非常にデリケートな部分のため、公の場で無防備に晒すことは恥ずべき行為とされている。だから番持ちのオメガも大半が頸を隠すネックガードを着けるのだ。
ちなみに俺も屋敷の外では新しくルキーノが誂えてくれたネックガードを着けている。前のは自称『運命の番』さんのフェロモンがこびりついて不快だと問答無用でルキーノが捨てちゃったんだよな。
黒髪のオメガはエヴァンドロに絆され恋に落ちてルキーノを裏切る。初めからエヴァンドロサイドに立っているのは多少の誤差かとも思えたが、さすがに番までいる彼は目的の人物ではないと考えていいだろう。
「警戒するべきなのはあいつじゃない。もしかして領地の方にいる?」
「何がですの?」
「んーん、何でもないよ」
不思議そうにするアンジェラに何でもないと笑って誤魔化す。
領地に行っても油断できないな。黒髪のオメガを探して、領地に商会の支店を建てて、ルキーノの悪巧みを把握する。場合によっては企み自体を阻止するか、それを表面化しないために証拠隠滅に手を貸す。やることは山積みだ。
そのためにはまず原作のストーリーをちゃんと思い出さないとダメだな。きっと未だ埋もれた『祥平』の記憶の中に悲劇を回避するヒントがあるはずなのだから。
門の前で見送る院長とオセロの姿はだんだん遠くなり、その表情は伺えない。だから俺もエヴァンドロもオセロがどんな表情で何を呟いたのか当たり前だが気付くことはできなかったのだ。
離れていく馬車を俯き加減で見ているオセロ。その顔は先程とは打って変わって焦燥と困惑に満ちていて、口元に当てられた手は微かに震えていた。
「ど、どうしよう。俺はどうしたら……そそ、そうだは、早く……様に知らせないと」
「オセロ?どうした?」
「俺、かか帰ります!院長先生、こっ、子供たちによろしく」
「え?あ、ああ。気をつけてな……?」
院長の問いにおざなりな返事だけをして慌てた様子で身を翻すオセロ。足早に孤児院を出た彼は真っ直ぐに貧民街を出て馬車を拾うと貴族街へ向けて日暮れの街を駆けていった。
オセロが目指す先に誰がいるのか、まだ俺たちは知り得ないことだ。
***
俺は娼館にいた頃からみんなの客との恋の話を聞くのが好きだった。職業柄成就することは稀だったけど、ほんのり頬を染めて相手とのやり取りを語る姿は俺の心を慰めてくれたのだ。それもあって今も俺は恋バナを聞くのが好き。是非ともエヴァンドロとオセロの話も聞きたい。ブリジッタの呆れた視線から目を逸らして帰り道で根掘り葉掘り聞いた結果。
「まさかの展開だったわ……」
俺は独り自室のソファに横臥して呟いた。
なんとオセロにはエヴァンドロとは違う番がいると言うのだ。考えもしなかった答えに俺は混乱を極めていた。
あんなに睦まじい感じを醸してたのに別の番がいるの?絶対オセロはエヴァンドロが好きなんだと思ったのに。俺の勘違いだったのか。そんなぁ。
「だってあんな、沢山手紙書いてねなんて可愛いこと言ったら好きなのかなって思うじゃん」
エヴァンドロ曰く、2人はまだ彼の母が存命の頃からの付き合いで20年来の幼馴染だそう。母を失い路頭に迷ったエヴァンドロをオセロが孤児院に連れて行き、そこからはずっと一緒だったらしい。
第二性が発現してお互いの性別を意識し始めた頃は俺の言う甘酸っぱいモジモジがあったし、密かにオセロと番うことを考えていたとエヴァンドロは語った。
「恋というか、友情に毛が生えた程度の気持ちでしたけどね、オセロとなら一生一緒にいられると思ってたんです」
しかしその淡い想いが叶うことはなかった。
16の夏に一時期オセロは孤児院から姿を消した。程なく戻ってきたのだが、その時には既にその頸には番の証が刻まれていたのだ。
相手はどこかの貴族家に仕える平民の男で、以前から交際していたとオセロは語った。その時までエヴァンドロはオセロに番になるような相手がいることすら知らなくて、話してくれなかったことも地味にショックだったとか。
「ま、告白する前に振られたってことです。今はただの友人ですよ」
エヴァンドロの芽生える前の恋心はそのまま枯れた。
初恋手前のほろ苦い過去を思い出してエヴァンドロは少し寂しそうに笑っていて、俺はちょっとだけ興味本位で古傷を引っ掻いたことを反省した。
エヴァンドロは血筋の所以か貧民街に似つかわしくないほどの輝く金髪に青い瞳をしている。顔立ちだってパッと目を引く整ったものだし人当たりがよくて面倒見もいい。そんなエヴァンドロより選ばれる平民の男アルファとは……近くにいすぎると良さに気が付かないってことなのかな。
「えと、なんかごめん」
「大丈夫ですよ。もう終わったことですから」
エヴァンドロならきっといい相手がいるよ。原作のヒロインとか、あんま覚えてないけど多分めちゃくちゃ美人の貴族のお嬢様だった。あと黒髪のオメガも確かサブヒロインだったはず。なんて具体的なことは言えないが、とにかくきっと大丈夫だと励ましてエヴァンドロと別れて自室へ戻ったのだ。
「ネロ様、そろそろお召替えを」
「んー……そうだねぇ」
帰って早々にソファに寝転んでから動こうとしない俺を部屋着を持ったアンジェラがせっついてくる。ブリジッタは休憩中だ。俺は仕方ない、とノロノロ起き上がって着替えをお任せしている間も考え続けた。
しかしこれでわかったことがある。おそらくオセロは探している黒髪のオメガではない。
オセロがネックガードを着けてたのは番の噛み跡を隠すためだった。
この国では噛み跡は非常にデリケートな部分のため、公の場で無防備に晒すことは恥ずべき行為とされている。だから番持ちのオメガも大半が頸を隠すネックガードを着けるのだ。
ちなみに俺も屋敷の外では新しくルキーノが誂えてくれたネックガードを着けている。前のは自称『運命の番』さんのフェロモンがこびりついて不快だと問答無用でルキーノが捨てちゃったんだよな。
黒髪のオメガはエヴァンドロに絆され恋に落ちてルキーノを裏切る。初めからエヴァンドロサイドに立っているのは多少の誤差かとも思えたが、さすがに番までいる彼は目的の人物ではないと考えていいだろう。
「警戒するべきなのはあいつじゃない。もしかして領地の方にいる?」
「何がですの?」
「んーん、何でもないよ」
不思議そうにするアンジェラに何でもないと笑って誤魔化す。
領地に行っても油断できないな。黒髪のオメガを探して、領地に商会の支店を建てて、ルキーノの悪巧みを把握する。場合によっては企み自体を阻止するか、それを表面化しないために証拠隠滅に手を貸す。やることは山積みだ。
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