玉の輿だったはずなのに!

木島

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初めての夜会

 そんなこんなでやってきた夜会当日の夜。お呼ばれ先は当主夫婦が揃って温厚で人当たりがいいと言われるサヴィーニ子爵家だ。

「ル、ルキーノ様。俺変じゃないですか?ちゃんとできてます?」
「くどい。何度言うつもりだ」
「だってぇ……」

 俺は今、出来上がったばかりの衣装に身を包み馬車から降りたところだ。隣にはもちろんいつもの不機嫌顔のルキーノがいて、あまりにもきらきらした会場の明かりに心身共に腰が引けている俺に腕を強く掴まれている。
 ちなみに今日の俺の衣装はルキーノの目の色に合わせた深い青のドレススーツ。それに銀細工にダイヤがあしらわれたアクセサリーを着けている。ルキーノは俺の髪の色である紅茶色のフロックコートだ。さすがルキーノ、地味な色でも見事に着こなしている。

「お前の身なりを整えたのは我が家の使用人だぞ。おかしなことになっているわけがないだろう。背を丸めるなみっともない。堂々としていろ」
「はいぃ……」

 全てにビビリ倒して親コアラに掴まる子コアラみたいになっている俺を睨みつけるルキーノ。言われた通りに背筋を伸ばすが、やはり心は落ち着かない。
 俺は平民で、12歳から25歳の若さの盛りの時期を娼館という閉じられた特殊な環境で過ごしてきた。娼館でもマナーは厳しくされたし、結婚してからも家庭教師に指導を受けている。それでも世間知らずのお上りさんは隠せている気がしない。
 ついでに言えばアドバンテージであるはずの前世もごく普通の庶民だったので全く役に立ちそうもなかった。こんなパーティーテレビ?っていうやつでしか観たことねえよ。

「お前は私の横で黙って笑っていろ。余計なことは口にするな」

 小さく呆れた溜息を吐いた後突き放すように言われる。しかしそれは俺を気遣っているのだと俺にはわかった。
 無理に何かを話す必要はない。慣れるまではとにかく微笑んでいること。側にいれば何か粗相があってフォローもしてやる。という意味だ。多分ね。

「行くぞ」
「はいっ」

 悠然としたルキーノにエスコートされ会場に足を踏み入れる。

 聞こえてくるのは心地の良い弦楽器の調べ。そして人々のざわめき。目に映るのは照明の明かりでキラキラ光る大きなシャンデリアやゲストたちの華やかなドレス。
 前世のテレビでしか観たことのない、眩しいまでにブルジョワな別世界が広がっていた。

「うわ……ぁ」

 ぐるりと会場全体を見渡して思わず漏らした声に咎めるような軽い肘打ち。小声で「アホ面を晒すな」とも叱られた。酷い。

 ふうと息を吐きすっと背筋を伸ばす。僅かに口角を上げて微かに微笑むような表情を。自信に溢れるように堂々と。雰囲気に呑まれてはいけない。これは仕事、娼館の接待と同じだ。心の中で自分に言い聞かせて歩く。
 まずはこの夜会の主催であるサヴィーニ子爵に挨拶だ。

「久しいな、サヴィーニ子爵」
「これはこれは!ようこそいらっしゃいました。ベネディクティス辺境伯様、ご夫君様」

 会場の中を優雅に、しかしあちらこちらと常に動いているサヴィーニ子爵夫婦にルキーノが声をかける。立ち止まった夫妻は俺たちの姿を認めるとにこやかに笑って礼を取った。
 鷹揚に頷くルキーノ。その横で俺は自分にできる最大の優雅さで以って礼を取った。

「初めましてサヴィーニ子爵、夫人。お招きありがとうございます」
「こちらこそ、応じてくださり感謝しております。ご夫君殿は今社交界の話題の人ですからな」
「ご夫君様は今日が初めての社交と伺いました。デビューに当家を選んでいただき光栄ですわ」

 貴族としての優雅さは保ちながらもどちらかと言うと平凡で無害な空気を纏うサヴィーニ夫妻。今をときめく(らしい)俺のデビューに自分の家が選ばれたことで自分達も注目を浴びていることが嬉しいらしい。
 選ばれる、ということはステータスだ。ここで俺が夜会を卒なくこなせればサヴィーニ子爵家の株も上がるということだろう。

「まだまだ勉強中の身ですので至らぬこともありましょうが、どうぞご容赦くださいませ」

 娼館仕込みの魅惑たっぷりな微笑みで夫妻に微笑む。すると子爵は一瞬惚けたようになり、夫人はほんのり頬を染めて扇子で口元を隠した。ふふん、まだ腕は落ちていないようだな。
 しかし流石に公の場。すぐに持ち直した子爵は何事もなかったように言葉を続けた。

「シェフが腕によりをかけた軽食もご用意しておりますし、そろそろダンスも始まります。お二人とも存分に楽しんでください」
「ご夫君様のデビューが素晴らしい夜になることを願っておりますわ」
「お心遣い感謝します。サヴィーニ子爵、夫人」

 これで今日の課題の一つはクリアだ。サヴィーニ夫妻と別れた俺たちは寄り添って会場を歩く。
 夫妻と挨拶をして少しだけ緊張のほぐれた俺の足取りは軽い。ちょっぴり要領を得た。多分だけど。そんな単純な俺の思考を読んだのかルキーノは皮肉に笑っている。

「全く、さっきまで怯えた捨て猫のようだったのが嘘のようだな」
「これでも頑張ってるんですよぅ。後で褒めてくださいね」
「最後までその厚い面の皮が剥がれなければな」
「厳しいなぁ」

 従僕からワインの入ったグラスを受け取り、取り止めのない会話をお互いにだけ聞こえるように小声で話す。時々聞き取りにくいのか僅かに体を屈めるルキーノの様子に周囲の人々が色めき立つのが見えた。








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