玉の輿だったはずなのに!

木島

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下世話な視線と秘密の会話

「あれがベネディクティス辺境伯の新しい伴侶か。オメガの男というのは本当だったんだな」
「でも美しい方ね。オメガにしてはすらりと背も高くて素敵じゃないの」
「見て、あのネックガードの宝石。あのレベルは滅多にないわよ」
「しかも見てみろ、あの冷徹伯爵が身を寄せ合って。随分と伴侶殿に入れ込んでおられるようだ」

 ルキーノと2人ホールの隅で談笑していると社交界で話題の人、と言われた通りゲストの視線は俺たちに釘付け。聞こえてくるのは思ったより肯定的だったり、さほど興味がなさそうな声がちらほら。

「確かに美形だが、オメガでも男だぞ?辺境伯も物好きだな」
「しかも平民だとか。一体どんな手を使ってあの辺境伯様を射止めたのかね」
「そりゃあ……アレでしょう?噂だと娼館のオメガだったと言うじゃない」
「まぁ!そんな出自で正式な伴侶に?なんて厚顔無恥な……流石は卑しい平民オメガね」

 そして明らかな悪意と侮蔑の混ざった声がちらほら。
 どの声もあのメイドたちと同じように平民でありオメガの俺を蔑んでいる。娼館にいる時から俺たちを嫌悪する奴らはいたが、貴族と平民も結局似たようなことを言っている。この手合いはボキャブラリーが貧困なのかね。

「聞こえてるっつーの。あ、聞かせてんのか?」
「口しか役に立たない小者どもだ。後先も考えられぬなら愚かとしか言いようがないな」

 呆れてグラスを傾けているとルキーノもつまらなそうにちらと一部の口さがない者たちを見た。しかも俺より辛辣な言葉を浴びせている。御愁傷様、皆さん御国の守護を担う辺境伯の不況をかったようですよ。
 そのうち1人と目が合ってにこりと微笑めば露骨に目を逸らされた。遠目に見ている彼らは決して俺たちに近寄ってこない。まあ来られても困るんだけど。

 そんな風に俺も彼らを観察しているとホールの真ん中でダンスが始まった。
 音楽家たちが奏でるワルツに合わせてひらりひらりと回転に合わせて揺らめくカラフルなドレスの裾がなんとも芸術的だ。前世でも社交ダンス大会の映像でこういうの観たことあるけど、生で見るとより華やかで結構面白い。

「ごきげんようベネディクティス辺境伯。今日は麗しい伴侶殿をお連れのようだね」
「カヴァッリ。久しいな」
「本当だよ。結婚するとは聞いていたけどまさか式に誰も呼ばないなんて思わなかった。友人甲斐のない奴め」

 そろそろ俺たちも踊ろうかと話していた矢先にルキーノに声をかけてきた人物。随分親しげに聞こえた声音にその人物の顔を見て俺は内心ガッツポーズを決めた。
 鍛えられた大柄な体つきに刈り込まれた短い黒髪と整えられた顎髭。爽やかな笑顔の男性アルファ。飛んで火に入る夏の虫。どうにかして接触しようとしていた獲物が自ら近寄ってきたのだ。

「初めましてご夫君殿、私はテオフィロ・カヴァッリ。ベネディクティス辺境伯とは学友で……」

 流れで挨拶しかけたカヴァッリ伯爵は俺の顔を見て目を剥いている。

 それはそうだろう、実は俺たちは初対面ではない。

 この男は男娼時代、俺を可愛がってくれた先輩男娼の太客だった。まだ下っ端だった頃先輩男娼のサポートに付いていた時に何度か顔を合わせているのだ。
 そしてこの男は俺が探していた使用人に金を使い込まれた被害者貴族その人。どうにかして接触を図ろうと思っていたがルキーノの友人だったとは。こりゃ実にラッキーだ。

「お初にお目にかかります。私はネロ・ベネディクティス。先日ベネディクティス辺境伯家に迎えていただきました」
「あ、ああ。よろしく」

 言葉に詰まった伯爵に何も言うでない、と微笑めば伯爵も強張った顔を緩める。無難な挨拶を交わしていると他の人々も次々と挨拶に訪れて、あっという間にルキーノは人に囲まれていた。
 俺も最初は隣で挨拶をしていたのだけど、経営や事業の話になってくると蚊帳の外だ。そろりそろりと輪から抜け出し、ふうと息を吐く。

「まさか君がルキーノの新しい伴侶とはね。驚いた」
「カヴァッリ様」

 自然な様子で横に並び話しかけてきたカヴァッリ伯爵。俺も笑って応じる。

「私の仕事をご存知の方なら驚きますよね。私自身もこんな身に余るお話がいただけるとは思ってもみませんでした」
「申し訳ないが、そうだね。それに俺はあいつがあそこに通っていたこと自体が意外だよ。昔から全く興味がなさそうだったから」
「婚姻前からルキーノ様には何かとよくしていただきましたよ」
「そうなのかい?本当意外だ……」

 俺の言葉に本当に驚いた様子で顎髭を撫でつける仕草をするカヴァッリ伯爵。俺が顔見知りだったことで警戒心が緩んでいるようだ。昔取った杵柄。男娼時代の顔の広さも捨てた物ではないのかもな。
 よし、ここは勝負に出るか。心の中で深呼吸してカヴァッリ伯爵の顔を見る。殊更何でもないように、世間話のついでという雰囲気を壊さずに本題に切り込んだ。

「伯爵、実は私少し興味深い話を小耳に挟んだのですけど聞いて頂けませんか?」
「興味深い話?」
「ええ。私の知人が賭場で聞いた話なのですけど」

 そう言った途端伯爵の目つきが変わる。

「聞こうか」

 かかった。
 漏れそうになる笑いを噛み殺し、この時のために用意しておいた扇子で口元を隠す。そしてカヴァッリ伯爵にとっておきの話を聞かせてやった。

「何でも職場の金に手を出して解雇された男が賭場の借金取りに追われているとか。賠償金と借金で首が回らず、元職場に恨みを募らせているようですよ。自業自得なのに呆れたものですねぇ」

 その男は賭場の借金取りに身ぐるみを剥がされ奴隷として売られたくなければ犯罪をおかしてでも金を作ってこいと脅されている。追い詰められた男は元主人の家族を狙って身代金目的の誘拐を企んでいるらしい……と話して聞かせた。
 名前までは出していないが自分の家の話だとカヴァッリ伯爵は気がついている。聞き流すこともできない内容に困惑しているようだった。

「まさか……いや、だが……そもそも何故そんな話をあなたが?」
「私も以前の職業柄それなりに顔が広うございますから。金貸しにも知り合いがおりまして」

 高級男娼は貴族や金持ちの平民の顔見知りが多いのは事実。そしてこれは金貸しでもあるミケランジェロに調べさせた情報だ。
 因みに俺の予想通りの結果が出たことをミケランジェロは手紙の中でも気持ち悪がっていた。腹立つよねー。

「このことをルキーノは知っているのか?」
「いえ、これは私の独断です。話しても良かったのですが、伴侶とはいえ人の醜聞を吹聴するのは私の主義に反しましたので」
「なるほど」

 娼館でのルールは接客中に知り得た客の個人情報を無闇に話さないこと。そのルールに則っているのだと告げれば伯爵は納得したようだった。
 ま、実際はただの俺の都合なんだけどね。

「信じるも信じないも、どうなさるかは伯爵のご自由に。私はこの恐ろしい企みが阻止されればそれで充分ですので」


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