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紳士クラブにて2 sideルキーノ
「それはそうと、領地の様子はどうだね。イ・プルームに動きは?」
ネロとは大夜会で会う、そう決まったからか公爵の興味は隣国との情勢に移ったようだ。
隣国イ・プルームとは長く国境を争ってきた歴史がある。今は互いに不可侵としているが彼の国が我が国への侵攻を諦めたわけではない。公爵はいつもその最前線に領地を持つ私から直接話を聞きたがった。
しかし今話せることは何もない。私はゆっくりと首を横に振る。
「ご報告するようなことは現時点では何も。あちらは今情勢が安定していないようですから、こちらに割くような余裕はないのでしょう」
「天候不良で凶作だったと聞いたがそれでか?」
「それもありますが、最近は更に流行病が重なって内政にかかり切りのようです。特にオメガが随分死んでいるらしいですよ」
公爵の疑問にカヴァッリが答える。カヴァッリの領地は我が領地に近く、イ・プルームの情勢には比較的敏感なのだ。
「なんと、オメガが……あの国はオメガが国家元首じゃなかったか?それは気が気じゃないでしょうな」
「報告するようなことがないなど、これは充分報告が必要な案件ではないですか!」
「それより流行病なんて大丈夫なのか?こっちでも流行るなんてことはないんだろうな?うちにはオメガの娘がいるんだ」
逆に同じテーブルで話を聞いていた領地なしの官僚貴族たちが騒ついている。
公爵だけにならともかく、他の奴らがこういう反応をするとわかっているから言いたくなかったんだがな。カヴァッリも余計なことを。睨みつけるとカヴァッリは誤魔化すようにへらりと笑って視線を逸らした。
「確かに……病がこちらに流れてくると厄介だ。問題はないのか?」
公爵はちらと貴族たちを見て鎮まるように手で制し私に再度視線を寄越した。説明しろと目が訴えている。
「現状イ・プルームと交易を結んでいるのは我が領のみ。我が領での発症は現在確認しておりません。人の出入りは厳しく制限しておりますし、先立って治療薬の確保も進めております。水際で対処は可能かと」
「おお、さすがはベネディクティス辺境伯!抜かりありませんな!」
イ・プルームで猛威を振るっているのは熱病だ。
風邪のような症状に始まり高熱が長く続き、最悪命を落とす危険もある。オメガは元々体が丈夫ではない者が多くいるため、熱病に耐えられず命を落とす確率が高いのだ。
幸い治療薬は開発されているがいつ起きるかわからない病に対して充分な量を確保することは難しく、内服できたとしても完全に治せるわけではない。公爵たちが恐れを抱くのも当然のことだろう。
「そうか。信じていいんだね?」
「もちろんです、ご安心を」
念を押してくる公爵に薄く微笑む。なんの心配もないのだと伝えるように。そうすれば周りの貴族たちもあからさまに胸を撫で下ろした。
イ・プルームは我が国と異なりオメガを多産と豊穣の象徴として手厚い保護を行なっている。中でも最も高貴なるオメガである国家元首は感染を恐れた臣民の過剰な反応により宮廷の奥深くに隔離されて身動きの取れない状態らしい。
今あの国は何もできない。我が国への病の流入さえ防いでいれば後は勝手に国力を落としていくだろう。
「イ・プルームからの侵攻を防ぎ続けていられるのはベネディクティス家の力によるもの。これからも働きを期待している」
「ご期待に添えるよう精進してまいります」
ソファに座ったまま胸に手を当て頭を下げる。公爵は私の言葉に満足げに笑ってワインを口に含んだ。
公爵は私の言葉を疑っていない。それはそうだ。私の言葉に偽りは何もないのだから。
私はテーブルのグラスを取り、公爵へ向けて掲げる。グラスを満たすのは照明を浴びて暗く光る赤ワイン。それはさながらこの国が積み上げてきた血の色だ。
「全ては繁栄のために」
「乾杯」
「乾杯!」
私の言葉を合図に会が始まって何度目かの乾杯が捧げられる。公爵も上機嫌にグラスを傾けている。その呑気な姿にグラスに隠した口元は冷笑を浮かべた。
嘘は吐いていない。聞かれたことには答えた。そう、聞かれたことだけを答えたのだ。
実際、急な熱病の流行にイ・プルーム国内での治療薬の製造は間に合っていない。最優先で治療されるはずのオメガが多く死んでいるのがいい証拠だ。
本来我が国とイ・プルームの交易において薬品の輸出入は厳しく管理する決まりだが、人道的支援と銘打ち領で作成した治療薬を大量に輸出した。その裏で彼の国からかなりの額の金銭が送られてきた。国には報告していない、いわゆる裏金だ。
そして同じく凶作で食べる物のない彼の国に食糧の支援を打診され、国内各地の契約農家から領内消費分として買い入れる穀物を僅かずつ割増して買い入れ、その割増分を10%の関税を上乗せして輸出している。
もちろん治療薬の報酬と上乗せした関税はベネディクティス辺境領の収益だ。ただし、収支報告書には記載しないタイプの。足元を見をている?その通りだ。
全ては繁栄のために。ああそうだ、嘘ではない。
全ては我が『ベネディクティス家』の繁栄のために。
ネロとは大夜会で会う、そう決まったからか公爵の興味は隣国との情勢に移ったようだ。
隣国イ・プルームとは長く国境を争ってきた歴史がある。今は互いに不可侵としているが彼の国が我が国への侵攻を諦めたわけではない。公爵はいつもその最前線に領地を持つ私から直接話を聞きたがった。
しかし今話せることは何もない。私はゆっくりと首を横に振る。
「ご報告するようなことは現時点では何も。あちらは今情勢が安定していないようですから、こちらに割くような余裕はないのでしょう」
「天候不良で凶作だったと聞いたがそれでか?」
「それもありますが、最近は更に流行病が重なって内政にかかり切りのようです。特にオメガが随分死んでいるらしいですよ」
公爵の疑問にカヴァッリが答える。カヴァッリの領地は我が領地に近く、イ・プルームの情勢には比較的敏感なのだ。
「なんと、オメガが……あの国はオメガが国家元首じゃなかったか?それは気が気じゃないでしょうな」
「報告するようなことがないなど、これは充分報告が必要な案件ではないですか!」
「それより流行病なんて大丈夫なのか?こっちでも流行るなんてことはないんだろうな?うちにはオメガの娘がいるんだ」
逆に同じテーブルで話を聞いていた領地なしの官僚貴族たちが騒ついている。
公爵だけにならともかく、他の奴らがこういう反応をするとわかっているから言いたくなかったんだがな。カヴァッリも余計なことを。睨みつけるとカヴァッリは誤魔化すようにへらりと笑って視線を逸らした。
「確かに……病がこちらに流れてくると厄介だ。問題はないのか?」
公爵はちらと貴族たちを見て鎮まるように手で制し私に再度視線を寄越した。説明しろと目が訴えている。
「現状イ・プルームと交易を結んでいるのは我が領のみ。我が領での発症は現在確認しておりません。人の出入りは厳しく制限しておりますし、先立って治療薬の確保も進めております。水際で対処は可能かと」
「おお、さすがはベネディクティス辺境伯!抜かりありませんな!」
イ・プルームで猛威を振るっているのは熱病だ。
風邪のような症状に始まり高熱が長く続き、最悪命を落とす危険もある。オメガは元々体が丈夫ではない者が多くいるため、熱病に耐えられず命を落とす確率が高いのだ。
幸い治療薬は開発されているがいつ起きるかわからない病に対して充分な量を確保することは難しく、内服できたとしても完全に治せるわけではない。公爵たちが恐れを抱くのも当然のことだろう。
「そうか。信じていいんだね?」
「もちろんです、ご安心を」
念を押してくる公爵に薄く微笑む。なんの心配もないのだと伝えるように。そうすれば周りの貴族たちもあからさまに胸を撫で下ろした。
イ・プルームは我が国と異なりオメガを多産と豊穣の象徴として手厚い保護を行なっている。中でも最も高貴なるオメガである国家元首は感染を恐れた臣民の過剰な反応により宮廷の奥深くに隔離されて身動きの取れない状態らしい。
今あの国は何もできない。我が国への病の流入さえ防いでいれば後は勝手に国力を落としていくだろう。
「イ・プルームからの侵攻を防ぎ続けていられるのはベネディクティス家の力によるもの。これからも働きを期待している」
「ご期待に添えるよう精進してまいります」
ソファに座ったまま胸に手を当て頭を下げる。公爵は私の言葉に満足げに笑ってワインを口に含んだ。
公爵は私の言葉を疑っていない。それはそうだ。私の言葉に偽りは何もないのだから。
私はテーブルのグラスを取り、公爵へ向けて掲げる。グラスを満たすのは照明を浴びて暗く光る赤ワイン。それはさながらこの国が積み上げてきた血の色だ。
「全ては繁栄のために」
「乾杯」
「乾杯!」
私の言葉を合図に会が始まって何度目かの乾杯が捧げられる。公爵も上機嫌にグラスを傾けている。その呑気な姿にグラスに隠した口元は冷笑を浮かべた。
嘘は吐いていない。聞かれたことには答えた。そう、聞かれたことだけを答えたのだ。
実際、急な熱病の流行にイ・プルーム国内での治療薬の製造は間に合っていない。最優先で治療されるはずのオメガが多く死んでいるのがいい証拠だ。
本来我が国とイ・プルームの交易において薬品の輸出入は厳しく管理する決まりだが、人道的支援と銘打ち領で作成した治療薬を大量に輸出した。その裏で彼の国からかなりの額の金銭が送られてきた。国には報告していない、いわゆる裏金だ。
そして同じく凶作で食べる物のない彼の国に食糧の支援を打診され、国内各地の契約農家から領内消費分として買い入れる穀物を僅かずつ割増して買い入れ、その割増分を10%の関税を上乗せして輸出している。
もちろん治療薬の報酬と上乗せした関税はベネディクティス辺境領の収益だ。ただし、収支報告書には記載しないタイプの。足元を見をている?その通りだ。
全ては繁栄のために。ああそうだ、嘘ではない。
全ては我が『ベネディクティス家』の繁栄のために。
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