玉の輿だったはずなのに!

木島

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勘違い男

 俺は男娼、ベネディクティス辺境伯なんて力のある貴族に乞われれば断ることなどできない。嫌々、仕方なく身請けと結婚を受けたのだと男は思っていた。幸運にも自分は辺境伯家の王都邸で働いている。道は険しいかもしれないが、2人の愛を育むことはできるはず。
 好きでもないアルファとの結婚生活から俺を守ってやらなければ。きっと俺もそれを望んでいる。自分は運命の番なのだから。
 そう思っていたのに俺がルキーノと幸せそうに暮らしていることに不信感を抱き、挙句男のことを何も覚えていないと知って絶望した。裏切られたのだとその時気付いたのだと。

 俺のケツに汚えブツを突っ込みながらブツブツと話続ける男。吐き出された欲望の影響で悪化し続けるヒートの熱に浮かされた頭で俺が思うことはひとつ。

 頭沸いてんのかこいつ。

 俺はたった一度まともに話しただけの男娼。恋人でも何でもない、なんならまだ子供のたった一言を拗らせて会わないまま何年も想い続けるなんて普通にヤバい。その上俺を運命だと信じ切って後先考えずにこんな事をしているなんて怖すぎ。
 眩暈がするくらいクソしょうもない理由に罵詈雑言が脳内を駆け巡るが、口を開くと屈辱でしかない嬌声が漏れそうで俺は歯を食いしばって耐えた。
 というか、こいつがずーっと無駄に喋り続けているおかげでヒートに完全に呑まれずにすんでいるのが不幸中の幸いだ。体はアルファを求めてグズグズに溶けているけど、頭はこんなことを考える余裕がある。

「結局お前も強いアルファがいいんだろ?!旦那様もエヴァンドロとかいう王都警備の男もどう見たって勝ち組の強いアルファだもんなぁ。俺みたいな底辺アルファは記憶の端にも残らないってか。お高く止まりやがってこのクソオメガ!」
「ぅぐ……あ!う……かはっ!やめ」
「止めるわけないだろ。お前にはちゃんと理解してもらわなきゃならない。お前は俺の運命で、お前のここは俺のものなんだってことをな!」
「いっ……あぁ!」

 中を穿たれると同時に強く頸に爪を立てられて痛みに悲鳴が出た。
 幸いネックガードに守られた頸に番の噛み跡はないが、忌々しいと何度も噛まれたり引っ掻かれたその周りは酷いことになっているだろう。首も下半身もズキズキ痛くって、苦しくて涙が出そうだ。実際少し涙で滲んだ目尻を男はそっと撫でた。

「なぁ、もう十分反省したんじゃないか?いい加減にこれ外せよ、噛んでやれないじゃないか。俺を忘れてたことも許してやるから番になろう。お前だってわかるだろ?運命と番になるのが一番幸せなんだって」

 さっきまで怒鳴り散らしていたかと思えば今度はぞっとする猫撫で声の要求に必死で首を振る。ありえない。俺の拒絶に男は心底不思議そうに首を傾げた。

「何でだ?ああ、旦那様に遠慮をしてるんだな。心配するな。あの方もアルファなんだから運命の番を引き離せないことはわかってる。それに、こんなにドロドロになったお前をあの方がそのまま伴侶として側に置くとは思えない。俺に下げ渡してくださるさ。だから安心しろ」

 なんでそうなる?
 もう本当にこいつが何を言っているのかわからない。その熱に浮かされた目は俺を見ているのにどこか違うところを見ているようだ。
 認めない。俺の運命はこんな男じゃない。
 俺の運命はルキーノに預けたんだ。俺を掬い上げてくれたルキーノについて行くって決めたんだ。

 お前じゃない。お前じゃない。お前じゃない!

「おれの、運命は、ルキーノだ。おまえなんかじゃ、ない!」
「は?」

 回らない舌で訴えたその瞬間、男の顔色が変わった。

「俺だって言ってるだろこの阿婆擦れが!!!」
「っあ……!」

 憤怒の表情を浮かべた男の手が翻り、頬に痛みが走る。打たれたのだ。
 でも今更だ。そんなことで俺が怯えて従うとでも思ったら大間違いである。歯を剥き出しにして震えている男を睨みつけた。

「たとえっ、お前がそうだったとしても……っね、願い下げだ」
「このっ」

 下半身が繋がったままという状態で息を荒げた俺たちは睨み合う。
 そんな中、部屋の扉を激しく叩く音がして俺たちはハッとした。ある意味で2人の世界にどっぷり浸かっていた俺たちは部屋の外が騒がしくなっていることなど全く気付いていなかったのだ。

「ネロ様!こちらにおられますね?!ネロ様!」

 返事を待たず鍵が開いて扉が開かれる。部屋中に満ちていた互いのフェロモンが掻き回されて扉へと抜けていき、僅かに息がしやすくなる。逆に、真正面からそれを浴びたエヴァンドロが顔を顰めて立っていた。

「エヴァ……ドロ?」
「発見しました!ここです!」

 外に向かって応援を呼ぶエヴァンドロの口元はフェロモン緩和用マスクに覆われている。その彼は改めて俺を見て痛ましいものを見るように目を細めた。客観的に見ても今の俺は酷い状態なんだろう。

「なん、何だお前!なんで……!」
「うぁっ!」

 動揺した男が俺の中から出ていく。そのまま俺を隠すように前に立ち塞がり、今度はエヴァンドロと睨み合った。

「ベネディクティス辺境伯夫君の誘拐及び暴行の現行犯だ。お前を捕縛する!」
「っは?誘拐?暴行?馬鹿言うなよ。これは同意の上の行為だ。ネロは自分から俺の目の前でヒートを起こして俺を求めてきたんだ。咎められるようなことはしてない。邪魔するな」
「この状況でよくもぬけぬけと……彼を放しなさい!」
「断る!こいつは俺の物だ!」

 事実誤認も甚しいことを言いながら俺を背にしてエヴァンドロを威嚇する男。
 誰がお前のものだと怒鳴りつけてやりたいが、新たに現れたアルファのフェロモンに当てられ力が抜けて上手く言葉が紡げない。せめてこいつの背中を蹴りたいとのたうっていると、ふいによく知る香りが鼻腔をくすぐった。

「ほう……?」

 地を這うような低い声。たった一言、ほんの短い言葉なのにその場が一瞬で凍りつき、開かれた扉の先を見た。
 ふわりと香るスパイスケーキのような匂い。俺にとって誰よりも安心できるその存在が立っていた。

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