玉の輿だったはずなのに!

木島

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帰宅

 ルキーノに抱えられたまま伯爵家の馬車に乗り込み、2人きりの車内ではずっと膝の上に乗っていた。俺が離れたくなかったからだし、彼も下ろそうとはしなかったので素直に甘える。
 外に出た時は夕方で、馬車に乗る時にちらりと見えた景色は見覚えがあった。俺がいたのは花街の外れにある連れ込み宿だったみたいだ。
 貴族街からここまでは随分離れている。わざわざこんなところにまで探しに来させてしまったと思うと申し訳なさで泣きそうだ。

「ルキーノ様、ごめんなさい。俺……っん」

 訪れた罪悪感に支配されて謝ればルキーノが顎を掬い上げて唇を重ねてきた。
 何度も啄むようにキスされて思わず開いた口に舌が滑り込み、ついでに何かころりとしたものがふたつ押し込まれる。吐き出すこともできず飲み込んでしまってきょとりとルキーノを見た。何だ今の。

「なに、飲ませたの」
「抑制剤と避妊薬だ。必要だろう」

 なるほど、抑制剤と避妊薬。避妊薬は確かに必要だ。ヒート中の性交渉は妊娠の確率が非常に高い。望まない妊娠は誰も幸せにならない。でも何で抑制剤も?しかもルキーノも何か飲んでる。アルファ用の抑制剤?何で?せっかくヒートが来てるのに、番になれるのにそれを抑え込むなんて……首を傾げて考えて、はっと気付く。

「ルキーノ様、俺と番になる気、もうないの?俺が他のやつにこんなことされたから?」

 不可抗力とはいえ、こんなことになっては彼を裏切ったと責められても何も言えない。迎えには来てくれたけどもう番にしたくなくなったのかもしれない。今更ながらその可能性に思い至って体が震えた。
 謝らないと。許してはもらえないかもしれないけど、とにかく謝らないと。震える手で体を包むシーツを握り締め青褪めた顔ではくはくと口を動かした。

 どうしよう、言葉が出て来ない。

「勘違いをするな。一時抑えるだけだ。屋敷に戻って体に異常がないか確かめる。それまではヒートが落ち着いている方がお前も楽だろう」
「じゃあ、嫌になったわけじゃない?」
「ああ」
「本当に?」
「私は下らん嘘は言わない」

 俺が知ってるルキーノはつまらない嘘はつかない。嫌になったなら誤魔化さずにもう要らないと言うはずだ。なら俺はまだ、彼から見捨てられてはいない。
 よかった。安心して体の力が抜ける。

「わかった。それまで我慢する、から」

 背を伸ばしてルキーノの唇にちょんとキスをする。

「もっといっぱいキスしてください」
「っ……ぐ。そう、か」

 俺のお願いにしばらくルキーノは何か葛藤するように自身の眉間を揉んでいたが、最終的には俺の望むようにキスをしてくれた。最初は軽く触れるだけのものだったが、徐々に長く深くなっていく。
 密室の中ひたすら貪るようにキスを交わしているといつの間にか馬車は屋敷に到着していた。

「あぁ、ネロ様よくお戻りになられました……!」
「医者は」
「待機しております。湯の用意も済んでおりますのでまずは身を清めて差し上げましょう」
「イラーリオ……ありがと」

 屋敷の人々はイラーリオを筆頭に皆安堵と憐憫が混じる複雑な表情で戻ってきた俺たちを迎えた。

「ブリジッタ、アンジェラ、ただいま」
「お帰りなさいませ、ネロ様」
「お戻りをお待ちしておりました……」

 イラーリオの後ろで硬い表情のブリジッタとアンジェラが深々と頭を下げて控えている。声をかけると2人は一瞬辛そうな表情を浮かべだが、すぐに動揺を消し去りいつものように俺たちの後ろに付き従った。
 ブリジッタもだけど、オメガのアンジェラは気が気じゃなかっただろうな。彼女は発情期のオメガがどれだけ無防備で危険かわかっている。最悪の事態を想像してしまったに違いない。

 本当、みんなに悪いことしてしまったなぁ。

 抑制剤が効いてきているのか周りを見る余裕が出てきたみたいだ。その分溜まった疲労や痛みも自覚して、てきぱきと指示を出しているルキーノに身を任せる。きっと全部いいようにしてくれるだろう。そう思ってぼんやりしていると辺りが急に子供の声で騒がしくなった。

「ネロさまかえってきた?ジュリもお出迎えする!ネロさま!」
「ジュリ、ジュリエッタ。ネロは体調が悪いんだ。今はダメだって言っただろ?元気になったら会えるから」
「や!ジュリ、ネロさまに会うの!」
「ジュリエッタ……」

 聞こえてくるのは俺に会いたいと必死に訴えるジュリエッタの声。ルキーノの肩越しにそっちを覗くと、玄関ホールに繋がるサロンから出てこようとするジュリエッタと止めようとするステファノがいた。ジュリエッタは引き留められてむくれているし、ステファノは困ったように眉を下げている。

「ジュリエッタ様、ステファノ様」
「ネロさま!」

 目が合った瞬間にぱっと輝くジュリエッタの表情。どう説明していたのかわからないけど、心配させてしまったのかな。ルキーノの腕に抱えられたままひらひらと手を振って「あとでね」と笑いかけた。

「ジュリエッタ、ネロの状態が落ち着くまで大人しく待っていなさい」
「はぁい……」
「我々は数日部屋に籠る。ジュリエッタを任せたぞ」
「はい、父上」

 さすがに父親に言われては我儘も言えないのか唇を尖らせつつも頷くジュリエッタ。頼もしいステファノの返事に頷くと用は済んだとばかりにルキーノは寝室へ向けて歩き出した。

「旦那様、ネロ様の湯浴みを」
「私がする。部屋を整えておけ」
「左様でございますか。畏まりました。何かありましたらお声かけください」

 ブリジッタたちの申し出を断って自ら浴室へ向かうルキーノ。てっきり彼女たちに任せるのだと思ってたが違うらしい。
 でもちょっと助かるかも。このシーツの下は見るも無惨で、正直女性やオメガには刺激が強すぎる。

「ルキーノ様が手伝ってくれるの?ふふ、やさしー」
「今のお前を他人に触れさせる気はないからな」

 物言いはツンとしているが内容は気遣いと独占欲の滲むもの。その言葉の通りルキーノは俺の体を1人で隅々まで綺麗に洗い、診察に来た医者にも直接触れることを許さなかった。
 幸い大きな怪我はなく、拘束でできた手足の傷や首周りの傷の手当てもルキーノがしてくれることになった。それがやたらと手慣れていたので不思議だったが、よく考えたら彼は辺境を守る武人でもある。傷の手当ては慣れたものなのだろう。

 ルキーノの大きくて少し冷たい掌が剥き出しの俺の頸に触れている。周りは傷だらけだがそこだけはまっさらなはずだ。彼がくれたネックガードが守ってくれたのだから。

「ここは私のものだ」
「うん、そうだよ。あなたのものだ」

 小さく溢れた彼の呟きに頷く。
 この場所はルキーノのためのものだ。俺の特等席に座るのはルキーノだ。間違ってもあんな勘違いキモ男じゃない。











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