贄の神子と月明かりの神様

木島

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広がる世界

十一

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 すばるは尊い使命を持つ神子であり、平穏な生活を送っていれば一生その姿を目にすることもなかったような存在だ。けれど偶然にも出会ってしまった彼は無邪気で、素直で真っすぐな青年だった。
 神子として人々に傅かれていても少しも偉ぶったところもなく、いつも朗らかに笑っている。誰かの不幸の代わりになっているのだと言う彼は言葉の通りいつもどこかに不調を来していたが、それが己の役割であり当然のことだと受け入れていた。そんな風に生きてきた彼ははっきり言って世間知らずで、九朗は彼の知らない市井のことを教えてやるのが楽しかった。

「今日は本当にありがとうございました!貴重な体験ができてとても楽しかったです」
「そいつはよかった。お前が作ったやつは仕上げして今度持って行くよ。楽しみに待ってな」
「本当ですか?!ありがとうございます!」
 いつだってきらきらと綺麗な目を輝かせて話を聴く姿は大それた力を持つ神子様になんか見えない。だからこそ神域に縛られているのが不憫に思えて、彼の見たことのないものをその目に見せてやりたいと思った。その手を取りたいと思ったのだ。
 こうやって連れ出すのはもう片手を超えている。その度にすばるはこの町に馴染んでいくように見えた。

「できあがったら『僕もお手伝いしたんですよ!』ってみんなに自慢します!」
「そこは『僕が作った』でいいじゃねえか。何変な気使ってんだ」
 夕方の町をそぞろ歩きながら、楽しみだとすばるは笑う。相変わらず妙に謙虚な物言いに苦笑して軽く頭を小突いた。
「だって、僕がさせてもらったのは工程のほんの一部でしょう?言えるとするなら九朗と僕の共同制作ですよ」
 小突かれた頭を撫でつつ言うすばる。その何気ない一言がまた九朗の琴線に触れるのだ。
 『一緒に作った』と言う言葉は、何とも心地よく特別感のある響きではないだろうか。
「はぁ~……お前本当、そう言うとこだぞ……」
「何がですか?」
 思わず零れた声は聞こえていたようですばるは不思議そうに首を傾げる。九朗の方が少し上背があるせいでころりと大きな目が上目遣いになっていて、恋を自覚した九朗には刺激が強い。
 惚れた欲目と言うものか。なんともかわいく見えるのだ。
「や、なんでもねえ」
「え~、何なんですか?気になるんですけど」
「だから何でもねえって」
 あからさまな態度で誤魔化す九朗にすばるは不満げだ。しかしここで思っていることをぶちまけようものなら九朗にとって辛い展開になるのは目に見えている。すばるが九朗を友人としてしか見ていないことくらいわかっているのだ。
 九朗はさっさとすばるの意識を他へ逸らしてしまおうと丁度目に入った茶屋を指差した。
「そうだ、戻る前になんか食ってくか?」
「え?ああ、そうですね……確かにちょっとお腹空きました」
 問いかけられて素直に己の腹に手を当て小腹が空いたと頷くすばる。促されるままについて行き、本日二回目の甘味を与えられるとあっという間にさっきの話は忘れてしまった。
「はぁ、おいしい……幸せ」
 蒸し饅頭を栗鼠のように頬張っている姿は普段神子と崇められている姿とはかけ離れているのだろうが、残念ながら九朗はすばるのこの姿しか知らない。何となく小動物に餌付けをしている気分だ。
「もう一個……いやでも帰ったら蛍のご飯が……」
「お前本当甘いもん好きだなぁ」
「甘いものは天才です。人の叡智の結晶ですよ」
「なんだそりゃ」
 小難しい顔で理解し難いことを口にしながら欲望と葛藤するすばる。その姿に苦笑して、九朗はまだ一口も食べていない自分の饅頭を半分に割って差し出した。
「半分やるよ」
「いいんですか?!え、かみさま……?」
「やめろや、お前が言うとマジの神様に俺がバチあてられるわ」
 心底嫌そうに顔を歪めて九朗は言う。普段から神様と生活しているからこそ、軽率にそういう例えを出すのは止めてほしい。言われたこっちが怒られちゃうでしょうが、と常々警戒心剥き出しで見てくる金色の目を思い出してぶるりと震えた。
「あはは、神様だって冗談かそうじゃないかくらいわかりますよ」
 九朗の反応を大袈裟だと笑いながらありがたく饅頭を頬張るすばる。でも多分その冗談はあの神様には通じないだろうなと思う九朗。短い付き合いだが何となく察するものがあると言うものだ。
「まあ、お前が楽しけりゃなんだっていいけどよ」
 けらけらと笑う姿も幸せそうに甘いものを食べる姿も堪らなく愛おしくて、九朗はおかしなことを口走らないように残った饅頭を口に詰め込んだ。
 今はまだこの関係を壊したくない。自覚したばかりのこの気持ちを大切に育てよう。自分たちはまだ若いのだから、焦ることはないのだ。
 これから先も二人で出歩く機会は何度だってあるのだから、その中で少しずつすばるに意識してもらえるように関わっていけばいい。

 そう、漠然とした想像でしか贄の神子を知らない九朗は油断をしていたのだ。認識が甘かったと言ってもいい。
 それが誤りだったと気が付いたのは、そう遠くない先のことだった。
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