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五大書
木の書 鏡に映る怒り
しおりを挟む今日という今日は、我慢ならない。
あの傲慢、自己中、無知な男を許してはおけない。
私の直接の上司であるデミオン、奴は、幾たびも異なる方法で私を侮辱した。
これは、許されてはならないし、社会のためにも、私が奴を成敗せねばならない。
「あなた、そんな顔して、どこへいくの?」
妻のナツメがそう言った。
「私は、私のするべきことを行う。」
「そうですか…あまり無理をなさらないように。そういえば、これを持っていってください。」
ナツメは、少し大きめの首飾りを取り出すと、私の首に掛けようとした。
「こんな大きなもの、首から掛けて出かけることはできん。」
「まあまあ、そう言わずに、きっと役に立ちますから。」
「魔除けの類か?まあいい、つけていくことにしよう。」
そう言って、私は出かけた。
デミオンのところへ向かう最中、私は、奴のこれまでの許されざる振る舞いを思い出していた。
一年前、デミオンは、私に許されないことを言ったのだ。
もう五年以上働き続けている私に、怠けていると言ったのだ。
その理由は、私が毎日酒を飲むからだそうだ。
自分もよく酒を飲むにも関わらず、デミオンは私を酒好きの怠け者だと言ったのだ。
なんという自己矛盾で愚かな発言だろうか。
さらに、奴の非道はそれだけではない。
一ヶ月前、デミオンは私の働きによって売り上げが伸びたので、給料を上げると言ったのにも関わらず、結局給料は変わらなかった。
これが嘘でなければなんであろうか?
奴の悪虐はまだまだ続く。
一週間前、デミオンは結婚した奥さんがいるにも関わらず、若い娘に贈り物をしていたのだ。
これは、私が仕事終わりに町を歩いている時に、自分の目で見たので間違いない。
これが不倫でなくてなんであろうか?
さらに、昨日のことがあった。
昨日、デミオンは酒に酔った勢いで、あろうことか、私を罵ったのだ。
よりにもよって、私のことを「恩知らず」と罵ったのだ。
嘘を許してもらったことを忘れ、不倫を黙っておいてもらったことも知らず、どちらが恩知らずだろうか?
さあ、これでもういいだろう。
デミオンは、懲らしめられるべき悪であり、私は正義を執行する。
私は、自分が正義の化身であるかのように感じ、胸を張って、大股で職場に向かった。
職場に近づくと、その前に部下のバンスがいた。
かれはドキッとしたように体を動かして、こちらをみた。
俺は、いつも彼の性格から彼を少し見下していて、彼を怠け者と呼んでいたので、今回も、
「おい、こらお前、こんなところで何してる?サボりじゃないだろうな?」
と決めつけた。
バンスは何かとても苦しそうな顔をしていたが、ただ、
「あんた、自分勝手だよ。」
とだけ言って、走り去った。
「おい待て!」
俺は叫んだが、もうバンスの奴は遠くに行ってしまっていた。
「くそっ。なんだよ。」
自分が見下していたものに、失礼を働かれて、イライラしていた俺は、ドアを開けて、中に入ると、急いで真っ直ぐと進もうとした。
すると、近くにあった机の足に、自分の足の小指の側をぶつけた。
大きな音ともに机は動き、机の上にあった書類の山が下に落ちて、周囲に散らばった。
「ああっ。ちょっと、大丈夫ですか!?」
奥から誰かの声がした。
「大丈夫!」
と俺は叫びながら、俺は焦って、書類を拾い始めようとしたが、拾う動作で後ろにあった物置箱を倒してしまい、同時にその上にあった観葉植物が植木鉢ごと下に落ちて、大きな音とともに割れた。
「ああ!」
何もかもうまくいかない。
誰も彼も敵に見えた。
憎しみで胸が苦しい。
怒りでお腹右の方が痛い。
俺は、その場にうずくまった。
地面に這いつくばるとともに、服の中から妻がくれた首飾りが出てきた。
その勢いで、首飾りが二つに分かれた。
なんと、首飾りの中には、両面鏡が入っていたのだ。
「なんだ?これは?」
そこに映るのは、過去の自分であった。
これは、俺の髪の長さから見ておよそ一年前だと思われる。
部下のバンスと私が写っていた。
私は、バンスにこう言っていた。
「お前は、本当に怠け者だな。毎日酒飲んでさ。」
そう言う俺の後ろには、デミアンがいて、その話を聞くと、立ち去った。
その鏡の映像が移り変わった。
今度は、おそらく一ヶ月ほど前だろうか。
バンスが叫んだ
「おかしいじゃないですか!俺の働いた時間は倍になってるのに、給料は同じだなんて!」
「無理もない。みんな不況に苦しんでるんだ。」
思い出した。
この時、本当はデミアンから俺の部署全体の昇給があるはずだったけど、俺は全てその昇給を独り占めするために、部署のみんなには嘘をついていたのだ。
「そんなあ。」
「まあ、頑張っていれば、お前の給料もそのうち上がるだろう。」
その時の俺の顔は、上司ずらした、気取った顔をしていた。
(あれ?この顔どこかで見たことがある気がする…)
鏡の映像はまた切り替わった。
今度はデミオンが映った。
外行きのおしゃれな格好で、街中で誰かを待っているようだ。
(あっ!あの女!)
それは、デミアンの浮気相手と思われる若い女であった。
「おじさん、久しぶり。」
「よお、元気だったか?一人でここまでくるの、大変だったろ?」
「ううん。全然平気。私旅行好きなの。ええ!?これ、腕輪?とっても綺麗!くれるの?嬉しい!帰ったらお母さんにも見せておくよ。」
「ああ、姐さんによろしくな。」
姐さん?
「私も姪がこんなに喜んでいると嬉しいよ。姐さんには沢山借りがあるからな。よろしく言っといてくれ。」
ああ。彼女は浮気相手でも愛人でもなくて、姪だったのか。
ああ、デミアン、あんなに嬉しそうな顔をして。
鏡はまた切り替わり、今度は十年以上前、自分がまだデミアンの元で働き始めた頃だった。
俺は、何にもできることがなくて、ただ毎日、失敗してばっかりだった。
ボスから怒られてたけど、毎回、デミアンが庇ってくれてたんだった。
そのおかげで、今の嫁との生活があり、酒を飲むだけの余裕もある。
デミアンのおかげで、今日の俺がある。
なのに、俺は…
「俺は、なんて、恩知らずなんだ。」
自分の居場所をくれて、部下思いなデミアン。
そのことを考えているうちに、涙が出てきた。
俺は、愚か者だ。
受けた恩を忘れる、恩知らずだ。
恩は忘れるのに、批判だけは一人前の、卑怯者だ。
どうにかするべきなのは、デミアンじゃない。
まず改善するべきは、自分の誤りを無視して人の誤りを必死に訂正しようとする自分であったのだ。
自分と世界を理解しない故に、様々な恐怖を抱えている自分であったのだ。
恐怖故に未来が心配になって、不安になって、沢山の物を他の人よりもできるだけ多く手に入れたいという、果てしのない欲を抱えている自分だったのだ。
欲の故に、ストレスと怒りを溜め込むのは自分だったのだ。
ストレスと怒りの故に、他者に対して憎しみを抱き、残酷になり、暴言を思いつき、指摘・批判を思いつき、言いまかそうとし、相手を屈服させようとするのは、自分だったのだ。
憎しみと怒りで他者を負かして屈服させようと思う故に、他者を信頼できず、人からいつ害を加えられるか心配、不安になるのは、自分だったのだ。
そのような生活に、悲しく、憂鬱になるのは、自分だったのだ。
これらは、自分の、自分に対する不理解から生じていたのだ。
痛みが来る、お腹の右の方をさすりながら、自分の奥深くに沈んでいった。
自分をもっと深く知りたいと思いながら。
深く、深く、深く。
すると、自分の奥深くの内側に、広い空間があることに気がついた。
そこには、自分の気持ちが沢山集まっていた。
自分と深くつながろうとするほど、それらの気持ちは、気持ちよさそうに消化されて、霧のように消えていった。
そうすると、地面から、エネルギーが湧きだして、天から、無限の光が注ぎ込む。
優しさと思いやりの気持ちが、自分のうちから溢れてくるのを感じた。
「この気持ちを、みんなにも分けてあげたい。」
そんな気持ちになった。
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