お遣い中の私は、桜の君に囚われる

茂栖 もす

文字の大きさ
15 / 45
寄り道の章

イケメンと私の距離

しおりを挟む
 シュウトの距離感についてどうのこうの言っていた私だったけれど、よくよく考えれば私だって人と上手に関わることが苦手だ。

 約束通りシュウトは私の部屋に入ることはなくなった。そして、私が縁側にいても、以前のように、ためらいなく踏み込むこともなくなった。

 けれど愛想をつかしているわけではなさそうだ。

 縁側でシュウトを見かけると必ず目が合ってしまう。とても気まずくて、息を呑む私に、シュウトは目を細めてふわりと笑う。

 そうシュウトは私を避けているわけではなく、私との距離感を計っているように感じる。────んー……気のせいだろうか、いや、多分気のせいだろう。

 経験不足の私には、これがどういうことなのか全く判断ができないでいる。






 そしてそれから数日後───。



「ごちそうさまでした」

 この世界に来たばっかりの頃は小食だった私も、やっと満足に食事を取ることができるようになったのだ。美味しい食事に手を合わせて食事を終えると、ナギは、、少し大きい包みを私に手渡した。

「ん?あの、これ何ですか?」

 手渡された包みを、そっと持ち上げると、ナギは黙ったまま、その包みをほどいてくれた。

 包みの中身は、衣だった。落ち着いた浅黄色に、山吹色の波柄が裾と袖に、わずかに入っている。

 もうひとつは、薄桃色の衣。柄はほとんどないが、絶妙な染め具合で、単調な衣に見えない春らしく優しい色合いの衣だった。どちらも、清楚で可愛い。

 目をぱちくりさせる私に、ナギは静かに口を開いた。

「気に入っていただけましたか?シュウトさまが、朝餉をきちんと食べれるようになったら、これを渡すように仰せつかりました」
「シュウトが!?えっ……なんで!?」

 驚いて、衣とナギを交互に見比べる。先日、高価な衣を突っ返した挙句、『大っ嫌い!』とまで言ったはずなのに……。私が受け取るべきなのは、罵倒か鉄拳のはずではないのか?

 それとも、罵ったお礼なのか。申し訳ないが、私はそういう趣味はないのでシュウトの期待には応えられない。

 おろおろとする私にナギは再び口をひらいた。

「何があったかは知りませんが…───何かしてあげたいと思う気持ちのほうが、大きい方なのです」

 ナギはそう穏やかに告げると、衣を衣桁に掛けた。そして、用意していた帯などの小物も丁寧に脇に並べる。それをぼんやり眺めていたら───

「……あ」

 私の声にナギはこちらを振り返り、笑った。

「そろそろ庭にも出たいでしょう。柔らかい素材のものですから、足を痛めることもありません」

 そう言って、ナギは手に持っていたものを私に渡した。手渡されたのは、とても可愛いらしい靴だった。

 コキヒ国の靴は、日本の戦国時代のような草鞋ではなく、皮製のフラットシューズのような形をしている。男性も、それに似ているが、もう少しゴツイ。

 ちなみに戦や正装だと、ブーツに近い形になって、装飾も付くらしい。

 今、手の中にある靴は、薄朱色に染めた柔らかい皮製。つま先には、同色の飾り紐と石が付いてて、日本でも履けちゃうくらい、とっても可愛いらしいものであった。

 私がここにきた時は、靴なんて履いてなかった。ありえないことに、まさかの足袋だった。風神さんは防寒の為になのか、衣を一緒に送ってくれたけど、靴までは気が回らなかったらしい。

 その結果、あの足袋は泥などのの汚れで使い物にならなくて、早々に処分してしまった。なので、私はずっと靴が欲しかったのだ。

「それでは、私は失礼します」

 ぼんやりと靴を眺めていたら、ナギはそう言って、部屋を出ようとした。

「あ!ちょっと、待ってください」

 あわてて引き止めた私に、ナギは歩を止め、振り返ってくれた。私は、ずっと聞きたかったことがある。この前、シュウトに聞いたら八つ当たりしてしまったアノことだ。

「どうして、シュウトはそんなに優しいの?えっと………あのね………」

 そこまで言って、私は言葉に詰まる。今まで、自分の思うことを口にしてこなかったせいで、うまく説明ができない。

 もごもごとする私を見て、ナギは困ったように笑った。多分、人はこれを苦笑と呼ぶのだろう。

 恥ずかしさともどかしさで俯いた私に、ナギは何も言わない。でも、無視しているわけでもない。私が再び口を開くのを待ってくれているのだ。だから、俯きながらも言葉を続ける。

「どうして、そんなに優しくしてくれるんだろう…。私はシュウトに何一つ、優しい言葉も、欲しがる物もあげていないのに……それに、私には差し出せるものなんて何もないのに」

 優しくされるためには、いい子でいなければいけなかった。口答えしないで、疑問も口にしないで、ただ大人の言う通りにしなければいけなかった。

 優しさとはそうした我慢と引き換えに与えられるものだと思っていた。何もしないで手に入るような簡単なものなんかじゃなかった。

 私はシュウトに対して、口答えもすれば、我慢なんて一度だってしていない。それどころか、感情の赴くままに、八つ当たりをしてしまった。

 私は、シュウトに優しくされる資格なんてない。それに──── 

「シュウトだって、決して幸せな人生ばかりを歩んできたわけではないはず。辛い事だって、沢山あって、今もきっと抱えているんだと思う────なのに…どうして、他人に優しくできるのかなぁ」

 この屋敷は広くていつも静かだ。シュウトとナギしかいないのもあるし、ここを訪れる者がいないから。最初は、気にならなかった。でも、気づいてしまった。

 だって、ネットもないこの世界では、人との関わりは避けられない。連絡を取るにも、文を出さなければいけないし、通販なんてないから、買い物にもいかないといけない。

 なのに、二人は極力外出を避けている。まるで、人目を忍んでいるかのように。ここは、四方を山で囲われていて、鳥の声以外聞こえない。他の人の声を聞いたことがない。それは即ち、それなりの理由があるということなのだろう。

 その理由を抱えたまま、他人に優しくできる。私は、今までそんな人に出会ったことがなかった。だから、教えて欲しい。どうしても。

 ナギさんは、答えてくれた。

「それが、シュウトさまというお方なのです」

 そう言われてしまったら、返す言葉がみつからない。それと、さっきから【どうして】ばかりを口にする私は、まるで何も知らない子供みたいだ。でも、心の一部は、まだ小さい子供のままなのかもしれない。いつになったら、全部まとめて大人になれるのだろう。

 チラリとナギを見ると、額に手を当て何か考えている。呆れてるかなと思ったけど、違う。指の隙間から見えるナギさんの表情は今までに見たこともないほど、険しいものだった。

 …………あの…………私、何かしましたか?
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...