【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷 むぎ

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第二十九話 宿命の誓いと、凍てつく沈黙と

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幻のように現れた美しい息子を前に、アウグスト王は呆然と息を呑んだ。

「お前……なぜ姿を消したのだ……!」

エリックは一度、深く息をつく。  
その視線は、遠い過去を見つめるようにわずかに伏せられた。

「魔族の動きが不穏でした。
 王家の血を絶やさぬこと、そして抗う術を持つこと――
 その二つのため、私は名を捨てて王宮を離れ、クレイモア家の守護に就きました」

その声音には、誇りと、悔いの両方がにじんでいる。

「不意を突かれ、魔族の手から公爵夫妻を救えなかった」

言葉の端が震える。  
その悔しさは、歳月を経てもなお消えぬ痛みとして、胸の奥に残っていた。

「けれど……リシェル様だけは必ず守ると誓いました。  
 だから私は……名を捨て、彼女の傍に仕えました」

(けれど誓いなど関係ない。
 本当は――あの庭園で見た君の笑顔に、運命を悟ったのだ。  
 私の生は、その瞬間からもう君のものだった……)

語り終えたエリックは、ようやくリシェルの方へと視線を向ける。

そこにあったのは、ただ一人の女性への、決して揺るがぬ忠誠だった。



「あ、兄上……?」

セドリックが情けない声を上げた。

へなへなとその場にへたりこみ、ぼんやりしたリシェルの視線を受けて、ぴょんと後ずさる。

「……睨まないで……やさしくして……」

アメリアが呆れたように扇をぱたぱた仰ぐ。

だが次の瞬間、セドリックは突然立ち上がった。

「……なっ……!?」

見開いた目がまんまるになり、顔がみるみるうちに蒼白になっていく。

「え、え、えええええ!? 兄上ぇぇぇぇぇぇ!?!?」

声を裏返らせて叫ぶ。ガタガタと後ずさり――つるん、と尻もち。

――暫く呆然と、わなわなと震えてクラウス――エリックを見上げる。

やがて突然がばっと立ち上がり、泣きそうな顔でエリックに駆け寄る。

「……会いたかったよぉ、兄上ぇぇぇぇん!!」

抱きつこうとした瞬間、スッとエリックに交わされ、よろける。

「えっ……ちょ、避けた!? 兄上避けた!? うわああん!!」

ぐしゃぐしゃに崩れた顔でしゃがみこみ、完全に子ども返りしたセドリックを、アメリアが呆れ顔で見下ろす。

「ほんとに、どうしてこう育ったのかしら……この子」

エリックは少しだけ苦笑して、ぽん、と弟の頭に手を置く。

「……セドリック、無事でよかった」

「うぅ……兄上ぇ……もうぼく、一人でお風呂入れないかもしれない……寝るとき隣で手、握って……」

アメリアがそっと顔を覆って天を仰ぐ。

「それはさすがに引きますわ」

しかし、セドリックの興奮はまだ収まってはいなかったようで――

「いや、でも待って! 兄上が生きていたなんて、こんなめでたいことがあるか!?
 ――父上、祝宴を!」

「国庫はもう空よ。二回分の違約金のせいでね――一年は無理ね」

「そんな、殺生な~~」

エリックの仮面が外れても、アメリアの仮面のような冷徹さは外れない。



謎のテンションに包まれたセドリック。
胸に手を当て、リシェルの前に進み出ると唐突に跪く。

「リシェル嬢! あの劇的な『ちょっと待った!』――まるで運命が呼び合った瞬間のようだった!」

セドリックの言葉に、アメリアの目が細く鋭くなる。

「だからまず、僕は君に感謝を述べたい。いや、言わせてくれ!」

セドリックは胸元をぎゅっと握り、瞳を潤ませてリシェルをじっと見つめた。
リシェルの瞳が揺れる。

「僕を、王国を救ってくれて本当にありがとう!!」

セドリックは口を結んだまま、頭を下げた。

その言葉に、リシェルはふわりと微笑んだ。
この人も、ようやくわかってくれた――そう思った次の瞬間。

「そして、君がまだ僕を諦められていないってこと――痛いほど伝わったよ!」

「は?」

リシェルの瞳から焦点が失われ、アメリアは天を仰いだ。

セドリックは得意げに胸を張る。

「だってあんな素敵なセリフ、僕を愛してなければ絶対に出てこない!」

セドリックはちらりと参列者たちを見回し、得意満面の笑みを浮かべた。

「――ね? 皆さんもそう思うでしょう?」

会場に漂うのは賛同ではなく、凍り付いた沈黙だけだった。
――それでも、セドリックは満足げに頷いた。

「ちょうど父上も、姉上も――兄上までいる。
 ここで改めて申し上げます!  
 僕は間違っていた。君こそ、僕の妃にふさわしい人だ!
 ――この場で、もう一度僕と婚約しましょう!」
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