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第二十九話 宿命の誓いと、凍てつく沈黙と
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幻のように現れた美しい息子を前に、アウグスト王は呆然と息を呑んだ。
「お前……なぜ姿を消したのだ……!」
エリックは一度、深く息をつく。
その視線は、遠い過去を見つめるようにわずかに伏せられた。
「魔族の動きが不穏でした。
王家の血を絶やさぬこと、そして抗う術を持つこと――
その二つのため、私は名を捨てて王宮を離れ、クレイモア家の守護に就きました」
その声音には、誇りと、悔いの両方がにじんでいる。
「不意を突かれ、魔族の手から公爵夫妻を救えなかった」
言葉の端が震える。
その悔しさは、歳月を経てもなお消えぬ痛みとして、胸の奥に残っていた。
「けれど……リシェル様だけは必ず守ると誓いました。
だから私は……名を捨て、彼女の傍に仕えました」
(けれど誓いなど関係ない。
本当は――あの庭園で見た君の笑顔に、運命を悟ったのだ。
私の生は、その瞬間からもう君のものだった……)
語り終えたエリックは、ようやくリシェルの方へと視線を向ける。
そこにあったのは、ただ一人の女性への、決して揺るがぬ忠誠だった。
*
「あ、兄上……?」
セドリックが情けない声を上げた。
へなへなとその場にへたりこみ、ぼんやりしたリシェルの視線を受けて、ぴょんと後ずさる。
「……睨まないで……やさしくして……」
アメリアが呆れたように扇をぱたぱた仰ぐ。
だが次の瞬間、セドリックは突然立ち上がった。
「……なっ……!?」
見開いた目がまんまるになり、顔がみるみるうちに蒼白になっていく。
「え、え、えええええ!? 兄上ぇぇぇぇぇぇ!?!?」
声を裏返らせて叫ぶ。ガタガタと後ずさり――つるん、と尻もち。
――暫く呆然と、わなわなと震えてクラウス――エリックを見上げる。
やがて突然がばっと立ち上がり、泣きそうな顔でエリックに駆け寄る。
「……会いたかったよぉ、兄上ぇぇぇぇん!!」
抱きつこうとした瞬間、スッとエリックに交わされ、よろける。
「えっ……ちょ、避けた!? 兄上避けた!? うわああん!!」
ぐしゃぐしゃに崩れた顔でしゃがみこみ、完全に子ども返りしたセドリックを、アメリアが呆れ顔で見下ろす。
「ほんとに、どうしてこう育ったのかしら……この子」
エリックは少しだけ苦笑して、ぽん、と弟の頭に手を置く。
「……セドリック、無事でよかった」
「うぅ……兄上ぇ……もうぼく、一人でお風呂入れないかもしれない……寝るとき隣で手、握って……」
アメリアがそっと顔を覆って天を仰ぐ。
「それはさすがに引きますわ」
しかし、セドリックの興奮はまだ収まってはいなかったようで――
「いや、でも待って! 兄上が生きていたなんて、こんなめでたいことがあるか!?
――父上、祝宴を!」
「国庫はもう空よ。二回分の違約金のせいでね――一年は無理ね」
「そんな、殺生な~~」
エリックの仮面が外れても、アメリアの仮面のような冷徹さは外れない。
*
謎のテンションに包まれたセドリック。
胸に手を当て、リシェルの前に進み出ると唐突に跪く。
「リシェル嬢! あの劇的な『ちょっと待った!』――まるで運命が呼び合った瞬間のようだった!」
セドリックの言葉に、アメリアの目が細く鋭くなる。
「だからまず、僕は君に感謝を述べたい。いや、言わせてくれ!」
セドリックは胸元をぎゅっと握り、瞳を潤ませてリシェルをじっと見つめた。
リシェルの瞳が揺れる。
「僕を、王国を救ってくれて本当にありがとう!!」
セドリックは口を結んだまま、頭を下げた。
その言葉に、リシェルはふわりと微笑んだ。
この人も、ようやくわかってくれた――そう思った次の瞬間。
「そして、君がまだ僕を諦められていないってこと――痛いほど伝わったよ!」
「は?」
リシェルの瞳から焦点が失われ、アメリアは天を仰いだ。
セドリックは得意げに胸を張る。
「だってあんな素敵なセリフ、僕を愛してなければ絶対に出てこない!」
セドリックはちらりと参列者たちを見回し、得意満面の笑みを浮かべた。
「――ね? 皆さんもそう思うでしょう?」
会場に漂うのは賛同ではなく、凍り付いた沈黙だけだった。
――それでも、セドリックは満足げに頷いた。
「ちょうど父上も、姉上も――兄上までいる。
ここで改めて申し上げます!
僕は間違っていた。君こそ、僕の妃にふさわしい人だ!
――この場で、もう一度僕と婚約しましょう!」
「お前……なぜ姿を消したのだ……!」
エリックは一度、深く息をつく。
その視線は、遠い過去を見つめるようにわずかに伏せられた。
「魔族の動きが不穏でした。
王家の血を絶やさぬこと、そして抗う術を持つこと――
その二つのため、私は名を捨てて王宮を離れ、クレイモア家の守護に就きました」
その声音には、誇りと、悔いの両方がにじんでいる。
「不意を突かれ、魔族の手から公爵夫妻を救えなかった」
言葉の端が震える。
その悔しさは、歳月を経てもなお消えぬ痛みとして、胸の奥に残っていた。
「けれど……リシェル様だけは必ず守ると誓いました。
だから私は……名を捨て、彼女の傍に仕えました」
(けれど誓いなど関係ない。
本当は――あの庭園で見た君の笑顔に、運命を悟ったのだ。
私の生は、その瞬間からもう君のものだった……)
語り終えたエリックは、ようやくリシェルの方へと視線を向ける。
そこにあったのは、ただ一人の女性への、決して揺るがぬ忠誠だった。
*
「あ、兄上……?」
セドリックが情けない声を上げた。
へなへなとその場にへたりこみ、ぼんやりしたリシェルの視線を受けて、ぴょんと後ずさる。
「……睨まないで……やさしくして……」
アメリアが呆れたように扇をぱたぱた仰ぐ。
だが次の瞬間、セドリックは突然立ち上がった。
「……なっ……!?」
見開いた目がまんまるになり、顔がみるみるうちに蒼白になっていく。
「え、え、えええええ!? 兄上ぇぇぇぇぇぇ!?!?」
声を裏返らせて叫ぶ。ガタガタと後ずさり――つるん、と尻もち。
――暫く呆然と、わなわなと震えてクラウス――エリックを見上げる。
やがて突然がばっと立ち上がり、泣きそうな顔でエリックに駆け寄る。
「……会いたかったよぉ、兄上ぇぇぇぇん!!」
抱きつこうとした瞬間、スッとエリックに交わされ、よろける。
「えっ……ちょ、避けた!? 兄上避けた!? うわああん!!」
ぐしゃぐしゃに崩れた顔でしゃがみこみ、完全に子ども返りしたセドリックを、アメリアが呆れ顔で見下ろす。
「ほんとに、どうしてこう育ったのかしら……この子」
エリックは少しだけ苦笑して、ぽん、と弟の頭に手を置く。
「……セドリック、無事でよかった」
「うぅ……兄上ぇ……もうぼく、一人でお風呂入れないかもしれない……寝るとき隣で手、握って……」
アメリアがそっと顔を覆って天を仰ぐ。
「それはさすがに引きますわ」
しかし、セドリックの興奮はまだ収まってはいなかったようで――
「いや、でも待って! 兄上が生きていたなんて、こんなめでたいことがあるか!?
――父上、祝宴を!」
「国庫はもう空よ。二回分の違約金のせいでね――一年は無理ね」
「そんな、殺生な~~」
エリックの仮面が外れても、アメリアの仮面のような冷徹さは外れない。
*
謎のテンションに包まれたセドリック。
胸に手を当て、リシェルの前に進み出ると唐突に跪く。
「リシェル嬢! あの劇的な『ちょっと待った!』――まるで運命が呼び合った瞬間のようだった!」
セドリックの言葉に、アメリアの目が細く鋭くなる。
「だからまず、僕は君に感謝を述べたい。いや、言わせてくれ!」
セドリックは胸元をぎゅっと握り、瞳を潤ませてリシェルをじっと見つめた。
リシェルの瞳が揺れる。
「僕を、王国を救ってくれて本当にありがとう!!」
セドリックは口を結んだまま、頭を下げた。
その言葉に、リシェルはふわりと微笑んだ。
この人も、ようやくわかってくれた――そう思った次の瞬間。
「そして、君がまだ僕を諦められていないってこと――痛いほど伝わったよ!」
「は?」
リシェルの瞳から焦点が失われ、アメリアは天を仰いだ。
セドリックは得意げに胸を張る。
「だってあんな素敵なセリフ、僕を愛してなければ絶対に出てこない!」
セドリックはちらりと参列者たちを見回し、得意満面の笑みを浮かべた。
「――ね? 皆さんもそう思うでしょう?」
会場に漂うのは賛同ではなく、凍り付いた沈黙だけだった。
――それでも、セドリックは満足げに頷いた。
「ちょうど父上も、姉上も――兄上までいる。
ここで改めて申し上げます!
僕は間違っていた。君こそ、僕の妃にふさわしい人だ!
――この場で、もう一度僕と婚約しましょう!」
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