【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷むぎ

文字の大きさ
14 / 100
第一章 アカデミー編

第十四話 聖女の妹

しおりを挟む
「アリシア――後ろに下がっていろ!」

ジュリアンが剣を抜き放つ。
その横顔は自信に満ち、仲間を戦力と数えることなく――
あたかも自分一人で十分だと言わんばかりだった。

五体のゴブリンが一斉に襲いかかる。
だが彼は臆することなく踏み込み、鋭い剣閃を振るった。

「はっ!」

閃光のような一撃がゴブリンの腕を裂き、血飛沫が散る。
その剣筋は確かに鋭く、速い。次々と斬撃を浴びせ、ゴブリンたちは怯み、思わず一歩引いた。

(……さすが。強い……! でも――)

彼は背後を顧みない。
ならば、私が。

私は小声で呪文を紡ぎ、光を足元に走らせる。

――『鈍足』。

脚を取られたように動きが鈍るゴブリン。
その隙を逃さず、ジュリアンの剣が閃き、一体が地に沈む。

「……よし、運がいい!」

ジュリアンは振り返らない。
それが私の魔法だったことに、やはり気づいていない。

だが、次の瞬間――後ろから近づくゴブリン。

「危ない!」

私が叫び『回避向上』を詠唱しようとすると同時に、彼の背中へこん棒が振り下ろされる。

(間に合わない!)

「任せて! 聖なる結界よ!」

瞬間、姉の鋭い叫びとともに光る壁が展開され、火花のように光を散らして攻撃を弾いた。

「くっ……助かった!」

今度は確かに、ジュリアンの口から感謝が漏れた。

戦いは続く。
二体、三体と倒すごとに、彼の呼吸は荒くなり、動きが鈍っていく。
私は何度も『疲労回復』を重ね、三重の支援を維持しながら必死に支えた。

(……私も限界かも。これ以上は……!)

残るは一体。
だが、振り下ろされたこん棒がジュリアンの肩をかすめ、赤い飛沫が散った。

「……ぐっ!」

剣がわずかに遅れる。
その瞬間――。

『――聖なる矢よ!』

姉の詠唱が響き、光の矢が閃光となって飛ぶ。
次の瞬間、ゴブリンの眉間を正確に貫き、断末魔の叫びを残して崩れ落ちた。
散った光の花びらが、戦いの終焉を告げるように舞った。

静寂。

深く息を吐き、剣を下ろすジュリアン。
額の汗を拭いながらも、当然のように口を開く。

「……ふう。危なかった。だが、アリシア、助かったよ。
 君は本当に素晴らしい女性だ」

(……この“言い方”、やっぱり引っかかる)

それよりも――私の支援、届いてたかな。

視界の端で、倒れていた二人が身じろぎを始める。
黒魔導士は苦しげにうめき、弓使いは膝をついて頭を振った。

周りにはゴブリンの死体と地面の赤い染み。
ジュリアンの肩口から流れる血……。

――これが実戦。怖い……今になって膝が震え出した。
姉はそっと近づくと、私の肩に手を置いた。

いつもと変わらぬ暖かい微笑み。

「セレナ。あなたのおかげで勝てたのよ。
 さあ、一緒にみんなを治療して帰りましょう」

その瞬間、不思議と足の震えが止まった。

(……姉さんだけは、ちゃんと私を見ていてくれる)

胸の奥に、誇らしさと暖かさ。
そして――小さな苦味が、静かに滲んでいった。

その苦味は、初めての勝利の甘さをかき消すほどに鮮烈だった。



これが私たちの生まれて初めての冒険。

それからというもの、学友たちと都度パーティを組み、何度も依頼をこなした。
姉と私はいつも一緒だった。

模擬戦では震えていた学友たちも、実戦となるとさらに顔が青ざめる。
けれど――

「大丈夫よ。わたしが守るから」

そう言うと、アリシアは微笑み、両手を掲げた。
まばゆい光の壁が展開し、襲いかかる矢や牙を弾き飛ばす。

「すごい……!」
「これがアリシアさんの結界……!」

ただそれだけで、仲間たちは士気を取り戻す。

ある剣士が倒れかければ、姉が手をかざし――
白い光がじわりと広がり、裂けた皮膚がみるみる閉じていく。

「……痛くない! ありがとう、アリシアさん」

そんな姉の姿に、みんなが目を奪われた。
恐怖にすくんでいた顔が、次々と安心に変わっていく。

私はひたすら後ろで走り回りながら、戦況を判断して支援魔法をかけていく。
小さな魔法陣が仲間の足元に浮かんでは消える。

『防御上昇』『攻撃上昇』『速度上昇』『魔力上昇』。
『魔力消費低減』『疲労回復』『命中率上昇』『回避率上昇』。
さらに魔物へは――
『攻撃低下』『防御低下』『速度低下』『鈍足』。
『命中率低下』『回避率低下』『火耐性低下』。

気付いていた人がいたかは、正直わからない。
けれど、きっと役には立っていたはず。

あの最初の冒険以来、私たちの周りでは誰も大きな怪我をすることはなかった。
誰もが姉を称賛し、感謝の言葉を述べ、姉とパーティを組みたがった。

「ありがとう!」
「アリシアさんのおかげで生き残れた」
「本当に心強かった!」

誇らしい気持ちと同時に一抹の寂しさ。



ジュリアンとも何度か依頼をこなした。
あの黒魔導士と弓使いは改心したのか、「アリシア様」と呼ぶようになり、頼りになる仲間だとわかった。
冒険の度にジュリアンに絡みつくのはうっとうしいけど、彼が選ぶだけはあって、それなりに実力はあったようだ。

ただ――ジュリアンだけはあまり変わらない。
相変わらず自分が主役だと思っているし、周囲からどう映っているのかなんて、きっと考えてもいない。
そして、授業でも、実習でも、依頼でも何かと姉をかまい、食堂でも姉の隣によく来る――
その一方で、私はいつだって透明人間。
気づかれない方が楽かもしれない、とすら思った。

けれど、姉はいつも変わらず彼にそっけなかった。
その無関心ぶりが痛快で――自分でも驚くくらい、私は内心ほくそ笑んでいた。

……ざまあみろ、ジュリアン。



そんなある日。ギルドへの報告の帰り道、誰かがぽつりとつぶやく。

「……聖女様、なんじゃないか」

最初は冗談めかした声だった。
それが、何気ない冗談の一言が、私にとって消えない烙印となり――
やがて、私の影をより深く濃くしていくことになるなんて。そのときは、思いもしなかった。

けれど、次第にそれが囁きとなり、教室でも、寄宿舎でも、食堂でも――

「ルクレール侯爵家の娘だったそうだ」
「神に選ばれし存在なんじゃないか」
「見ただろう? あの結界と治癒を」

さらに、どこからともなく皆が囁くようになった。

「――いつか聖女として、勇者様と並んで魔王軍を打ち倒すのではないか?」

噂はあっという間に広がっていった。

その頃にはもう、姉の歩く廊下は人の視線で満ちていた。
声をかける生徒、憧れの眼差しを向ける後輩。
講師すらも「将来は大司祭に次ぐ存在になるかもしれない」と囁くほど。

一方の私は……
「聖女の妹」――そう呼ばれるようになっていた。

間違ってはいない。
それに、支援魔法が地味であることは、私自身が一番よくわかっている。

でも、たまに胸の奥でちくりとする。

(……私は、ただの“おまけ”なんだろうか)

そんなとき、姉は決まって私を見つけて、微笑んで言う。

「セレナがいるから、私は戦えるの」

その優しさが、嬉しくて、でもいつもほんの少し痛かった。

***

ある夜――。

寄宿舎のベッドに腰掛け、窓から星を眺めながら私は思う。

(……姉さんが聖女なら、私は……何になれるんだろう)

そっと、隣のベッドで安らかに寝息を立てる姉を見る。

姉の周りにはいつも人が集まり、皆笑顔になる。
屋敷でも、孤児院でも、このアカデミーでも――姉は太陽だった。

――じゃあ、私は?

小さな光を手のひらにともす。
誰も見ていない灯り。
けれど、消えないと信じたい灯り。
マルグリット司祭が焚き火のようだと言ってくれた灯り。

夜風に揺れるその光を見つめながら、私は小さく呟いた。

「……いつか、小さくても、みんなが暖を取りに集まるような焚き火に――なれるのかな?」

夜風に揺れるその光は、あの日司祭が言ってくれた“焚き火”よりも、ほんの少し強くなった。
それでも今はまだ、誰の目にも映らない小さな光。

私の声は、夜の闇に静かに溶けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を

タマ マコト
ファンタジー
名門薬師一族に生まれたエリシアは、才能なしと蔑まれ、家名を守るために追放される。 だがそれは建前で、彼女の異質な才能を恐れた家族による処刑だった。 雨の夜、毒を盛られ十七歳で命を落とした彼女は、同じ世界の片隅で赤子として転生する。 血の繋がらない治療師たちに拾われ、前世の記憶と復讐心を胸に抱いたまま、 “最強薬師”としての二度目の人生が静かに始まる。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!

カナタカエデ
ファンタジー
八十歳で生涯を終えた、元王宮侍女カリナ。 その最期の瞬間――枕元に、かつて仕えた王女アメリアが現れた。 「お願い…私の人生をやり直して。国を、私を、救って――」 次に目を開くと、カリナは十八歳の“王女アメリア”として転生していた。 彼女は知っている。 このままでは王国は滅び、愛する主君が破滅する未来を。 未来を変えるため、アメリアは 冷徹と噂される英雄ヴァルクとの政略結婚を選ぶ。 これは、かつて守れなかった主人のための転生。 そのはずなのに――彼への想いは、気づけば変わり始めていた。 王女と英雄が紡ぐ、破滅回避ラブファンタジー開幕。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜 挿絵はA I画像を使用 10/20 第一章完結 12/20 第二章完結 2/16 第三章完結 他サイト掲載 (小説家になろう、Caita)

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

【完結】王子と結婚するには本人も家族も覚悟が必要です

宇水涼麻
ファンタジー
王城の素晴らしい庭園でお茶をする五人。 若い二人と壮年のおデブ紳士と気品あふれる夫妻は、若い二人の未来について話している。 若い二人のうち一人は王子、一人は男爵令嬢である。 王子に見初められた男爵令嬢はこれから王子妃になるべく勉強していくことになる。 そして、男爵一家は王子妃の家族として振る舞えるようにならなくてはならない。 これまでそのような行動をしてこなかった男爵家の人たちでもできるものなのだろうか。 国王陛下夫妻と王宮総務局が総力を挙げて協力していく。 男爵令嬢の教育はいかに! 中世ヨーロッパ風のお話です。

処理中です...