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第二章 討伐軍編
第四十五話 夜明け
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(……よかった……!)
全身の力が一気に抜け、私はその場に崩れ落ちそうになる。
だが――その安堵は、長くは続かなかった。
廊下の奥から、重い足音と金属の打ち鳴る音が近づいてくる。
甲冑の軋む音が、まるで次なる戦いの幕開けを告げるかのように響いた。
瞬間、私たちの全身に緊張が走る。
エリアスは膝をついたまま、そっと剣の柄に手をかける。
バルドは盾を脇に構え直し、フィーネは音もなく矢筒に指を伸ばし、矢羽をつまんだ。
姉も私も、腰の杖へと手を添える。
油断は――できない。
廊下の向こうから、何かが迫ってくる。
私たちはそのまま息を殺して――待つ。
刹那、扉が勢いよく開かれた。
「全員、そこを動くな――!」
ロベール率いる第一師団の騎士たちがなだれ込んできた。
鎧に反射するランプの光が広間を照らし出し、重苦しい空気を一瞬で引き締める。
戦いの余韻が、鎧の光とともに現実へと一気に引き戻され、私は杖に添えていた手をはなす。
騎士たちは広間を一望し、誰もが言葉を失った。
床には人狼の死体が山をなし、床石は砕け、壁には矢と石片が突き刺さり、
タペストリーには大穴が空き、その下には――灰の山。
ロベールはリナとエリアスを見やり、彼女の首元に残る二筋の赤い痕に目を留め、重く眉をひそめた。
「……なるほど。“人さらい”の噂を耳にして急行したが……」
低く沈んだ声に、エリアスが顔を上げ、すぐさま首を振る。
「ロベール卿。どうやら“人さらい”は別のようだ。ただ、この街は――」
言葉が途切れる。
ロベールはしばし黙したまま、灰と血の入り混じる広間をゆっくりと見渡した。
やがて小さく息を吐き、低く響く声で言った。
「……うむ。諸君、ご苦労だった……後の処理は任せてくれ」
その声音には、事態の重さを受け止めた討伐軍司令官としての厳しさと、戦士たちへのねぎらいが同居していた。
騎士たちも警戒を解かぬまま、周囲に目を走らせ、一体ずつ人狼の死骸を確認していく。
ふと、気配を感じて目を落とす。
エリアスに抱かれたリナの睫毛がふるりと震え、その瞼がゆっくりと上がった。
「わ……わたし……生きてる?」
震える声で、リナは自分の胸に手を当てた。
自らの鼓動がそこにあることを、確かめるように。
その瞬間、彼女の瞳が揺れ、ぽろりと涙が零れ落ちた。
一斉に皆の視線が二人に集まる。
「リナさん……」
エリアスが微笑みかけ、やさしい眼差しで彼女を包み込んだ。
ふっと胸が熱くなる。
けれど、次の瞬間――
がばっ。
茶色の髪と金の髪が重なった。
「ありがとう……助けてくれて……好き!」
私は思わず、目を瞬いた。
「す、好き……!?」
リナがエリアスの首に手を回し、頬を寄せ――ぎゅうっと抱き着いていたのだ。
抱きしめられたまま目を見開いて固まるエリアス。
なぜか彼は恐る恐る振り返り――姉を見上げた。
姉は肘で腕を組み、ぷいっとそっぽを向く。
(ね、姉さん!?)
バルドは上を向いて頬をぽりぽりとかく。
その瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
周囲の騎士たちも「さすがは殿下!」「これは参った」と拍手をし、大笑いが起こる。
ロベール卿もいつもの厳しい顔をわずかに緩め、口元に微笑みを浮かべた。
そのとき――割れた窓の向こう。
黒く凍りついていた夜空の端から、淡い光が零れ落ちる。
柔らかな一筋の光が差し込み、広間に淡い金色の筋が走る。
一羽の鳥が夜明けを告げるようにさえずり、冷たい空気に、ほんのりとした温もりが混じり始める。
その光がやがて広間を満たし――砕けた床石も、血の跡も、灰の山も包み込んだ。
まるで、この世界がもう一度“生きる”ことを選んだかのように。
「――夜明け……」
私は思わず呟いた。
差し込んだ光が、少女と勇者をあたたかく照らす。
この街に、太陽が戻った瞬間だった――。
けれど、ふと横に視線を向けると――
フィーネが弓を握ったまま、バルガスが座していた玉座の方を、じっと睨みつけている。
昼間、彼女がぽつりと呟いた言葉が、耳の奥で鮮やかに蘇る。
――「魔族を信用してはいけない」。
朝日が差し込むほどに、広間の空気はあたたかく満ちていく。
けれど――私の胸の奥だけは、まだ凍てついていた。
この街は、あたたかく、幸せに満ち、人間と魔族が共に生きる“理想郷”のように見えた。
けれど――その裏に潜んでいたのは、想像していた以上に残酷な真実だった。
私は、この“調査任務”で初めて知ることになった。
私たちが戦っている魔族とは何なのかを。
そして――彼らとは、決して相容れぬということを。
世界を――やつらから取り戻さなくちゃいけない。
私たち、みんなの力を合わせて。
誰にも認められなくても、“聖女の妹”でも、おまけでもいい。
お荷物だって言われても構わない。
それでも、私はみんなについて行く。
そして、私の唯一の取り柄――支援で支える。それが、私の役割だから。
光と影が交錯する場所で、私は一人、強く、心に誓った――。
こうして、夜は明けた。
けれど、魔族の本性――私がそれを心の底から思い知るのは、もう少し先のことになる。
――ふと気づけば、助けを求めるように彷徨っていたエリアスの目が、私で止まった。
悪いけど、それに効く支援魔法は無いから――
勇者でしょ? 責任取りなさいよね。
私は苦笑しながら、そっぽを向いたままの姉へと駆け寄った。
全身の力が一気に抜け、私はその場に崩れ落ちそうになる。
だが――その安堵は、長くは続かなかった。
廊下の奥から、重い足音と金属の打ち鳴る音が近づいてくる。
甲冑の軋む音が、まるで次なる戦いの幕開けを告げるかのように響いた。
瞬間、私たちの全身に緊張が走る。
エリアスは膝をついたまま、そっと剣の柄に手をかける。
バルドは盾を脇に構え直し、フィーネは音もなく矢筒に指を伸ばし、矢羽をつまんだ。
姉も私も、腰の杖へと手を添える。
油断は――できない。
廊下の向こうから、何かが迫ってくる。
私たちはそのまま息を殺して――待つ。
刹那、扉が勢いよく開かれた。
「全員、そこを動くな――!」
ロベール率いる第一師団の騎士たちがなだれ込んできた。
鎧に反射するランプの光が広間を照らし出し、重苦しい空気を一瞬で引き締める。
戦いの余韻が、鎧の光とともに現実へと一気に引き戻され、私は杖に添えていた手をはなす。
騎士たちは広間を一望し、誰もが言葉を失った。
床には人狼の死体が山をなし、床石は砕け、壁には矢と石片が突き刺さり、
タペストリーには大穴が空き、その下には――灰の山。
ロベールはリナとエリアスを見やり、彼女の首元に残る二筋の赤い痕に目を留め、重く眉をひそめた。
「……なるほど。“人さらい”の噂を耳にして急行したが……」
低く沈んだ声に、エリアスが顔を上げ、すぐさま首を振る。
「ロベール卿。どうやら“人さらい”は別のようだ。ただ、この街は――」
言葉が途切れる。
ロベールはしばし黙したまま、灰と血の入り混じる広間をゆっくりと見渡した。
やがて小さく息を吐き、低く響く声で言った。
「……うむ。諸君、ご苦労だった……後の処理は任せてくれ」
その声音には、事態の重さを受け止めた討伐軍司令官としての厳しさと、戦士たちへのねぎらいが同居していた。
騎士たちも警戒を解かぬまま、周囲に目を走らせ、一体ずつ人狼の死骸を確認していく。
ふと、気配を感じて目を落とす。
エリアスに抱かれたリナの睫毛がふるりと震え、その瞼がゆっくりと上がった。
「わ……わたし……生きてる?」
震える声で、リナは自分の胸に手を当てた。
自らの鼓動がそこにあることを、確かめるように。
その瞬間、彼女の瞳が揺れ、ぽろりと涙が零れ落ちた。
一斉に皆の視線が二人に集まる。
「リナさん……」
エリアスが微笑みかけ、やさしい眼差しで彼女を包み込んだ。
ふっと胸が熱くなる。
けれど、次の瞬間――
がばっ。
茶色の髪と金の髪が重なった。
「ありがとう……助けてくれて……好き!」
私は思わず、目を瞬いた。
「す、好き……!?」
リナがエリアスの首に手を回し、頬を寄せ――ぎゅうっと抱き着いていたのだ。
抱きしめられたまま目を見開いて固まるエリアス。
なぜか彼は恐る恐る振り返り――姉を見上げた。
姉は肘で腕を組み、ぷいっとそっぽを向く。
(ね、姉さん!?)
バルドは上を向いて頬をぽりぽりとかく。
その瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
周囲の騎士たちも「さすがは殿下!」「これは参った」と拍手をし、大笑いが起こる。
ロベール卿もいつもの厳しい顔をわずかに緩め、口元に微笑みを浮かべた。
そのとき――割れた窓の向こう。
黒く凍りついていた夜空の端から、淡い光が零れ落ちる。
柔らかな一筋の光が差し込み、広間に淡い金色の筋が走る。
一羽の鳥が夜明けを告げるようにさえずり、冷たい空気に、ほんのりとした温もりが混じり始める。
その光がやがて広間を満たし――砕けた床石も、血の跡も、灰の山も包み込んだ。
まるで、この世界がもう一度“生きる”ことを選んだかのように。
「――夜明け……」
私は思わず呟いた。
差し込んだ光が、少女と勇者をあたたかく照らす。
この街に、太陽が戻った瞬間だった――。
けれど、ふと横に視線を向けると――
フィーネが弓を握ったまま、バルガスが座していた玉座の方を、じっと睨みつけている。
昼間、彼女がぽつりと呟いた言葉が、耳の奥で鮮やかに蘇る。
――「魔族を信用してはいけない」。
朝日が差し込むほどに、広間の空気はあたたかく満ちていく。
けれど――私の胸の奥だけは、まだ凍てついていた。
この街は、あたたかく、幸せに満ち、人間と魔族が共に生きる“理想郷”のように見えた。
けれど――その裏に潜んでいたのは、想像していた以上に残酷な真実だった。
私は、この“調査任務”で初めて知ることになった。
私たちが戦っている魔族とは何なのかを。
そして――彼らとは、決して相容れぬということを。
世界を――やつらから取り戻さなくちゃいけない。
私たち、みんなの力を合わせて。
誰にも認められなくても、“聖女の妹”でも、おまけでもいい。
お荷物だって言われても構わない。
それでも、私はみんなについて行く。
そして、私の唯一の取り柄――支援で支える。それが、私の役割だから。
光と影が交錯する場所で、私は一人、強く、心に誓った――。
こうして、夜は明けた。
けれど、魔族の本性――私がそれを心の底から思い知るのは、もう少し先のことになる。
――ふと気づけば、助けを求めるように彷徨っていたエリアスの目が、私で止まった。
悪いけど、それに効く支援魔法は無いから――
勇者でしょ? 責任取りなさいよね。
私は苦笑しながら、そっぽを向いたままの姉へと駆け寄った。
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