【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷むぎ

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第二章 討伐軍編

第四十六話 嵐の夜

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吸血鬼バルガスを斃した私たちは、しばしの休息ののち、進駐してきた第二師団と入れ替わる形で、第一師団と共に再び北上を開始した。

第二師団の師団長はエルステッド卿。ロベール卿の盟友であり、彼と同じく叩き上げの猛者だ。王都防衛戦にも参加し、勇者パーティ発表の際には、ただ一人、私を擁護する発言をしてくれた人物でもある。
バルガスの死によって街は一時混乱したが、これまで通りの税率と施政方針が維持されると発表され、次第に落ち着きを取り戻していった。

ちなみに、リナやギルドの皆さんには、白銀の閃光が勇者パーティであることは今のところ秘密だ。
ヴァルモアに滞在した三日の間、リナの猛攻撃に加え、ふんわり髪の受付嬢さんまで加勢し、エリアスは終始困り顔だった。
二人とも本当にいい人で、最後には姉や私ともよく話すようになり、私たちのパーティにも自然に溶け込んでいた。
けれど――もし彼が王子だと知られたら、二人とも卒倒してしまうに違いない。

こうして私たちは数々の武勇伝(?)をヴァルモアに残して旅立った。
地図の上でうねる黒い旗をひとつ、またひとつと潰しながら、魔王討伐軍は連戦連勝を重ね、着実に北へと進軍していた。

そんなある日――。
久しぶりに戦いの匂いのしない空気の中、私たちの馬車は進んでいた。

奪還した城へ逃げ込んできた若者とともに村へ向かい、村を占拠していたゴブリンやオークを難なく排除。教会に立てこもっていた村人たちを救出した。若者も村人たちも口々に感謝を述べ、笑顔で手を振って見送ってくれた。

あのときの空は、あんなにも穏やかだったのに――。
それは、帰り道の出来事だった。

***

日はとうに暮れ、雲行きはますます怪しくなっていた。連日の戦いと移動で、身体の芯にじわじわと疲労が染み込んでいくのを感じる。

(やばい……眠い――)

でも、疲れているのは私だけじゃない。
だめだ、私だって勇者パーティの一員。城に着くまでは眠れない。
それに、なんとなく御者席のエリアスには負けたくなかった。

そう思いながらも、心地よい眠りの誘惑に、瞼がゆっくりと落ちていく――。

――はっと目が覚めた。

寄りかかってしまっていた隣の姉が、覗き込むようにして優しく笑いかけてきた。

「いいのよ、セレナ。いつも頑張ってるんだから」

(う、バレてた……)

バルドも苦笑し、フィーネも口元を緩める。

眠気が遠のいた瞬間、鼻先をくすぐったのは雨の匂いだった。
まだ降っていないのに、空気の奥底には冷たい水の気配が潜んでいる。

風が――凪いだ。

森の影が、一瞬だけ濃くなった気がした。
まるで森そのものが、ひっそりと息を潜めたように。

次の瞬間、木々を揺らす突風が吹き抜け、馬車の幌がばさりと大きく鳴った。

「雨が――降る……?」

私が呟いたのとほぼ同時に、森を貫く細い街道で雷鳴が腹の底を揺さぶった。続けざまに、雨が一気に馬車の幌を叩きつけてくる。水の幕が道を飲み込み、幌の隙間から覗く景色が瞬く間に白く霞んだ。

「はっ!」

剥き出しの御者席で手綱を握るエリアスが、激しい雨に打たれながら声を張り上げる。

「アリシア、みんな! 森を抜ければあと一刻だ。もう少し辛抱してくれ!」

姉はそっと立ち上がり、幌の切れ目から御者台へと身を寄せた。
フードの下から伸びた白い手が、冷たい雨に濡れたエリアスの頬へとそっと触れる。

「……冷たい。エリアスこそ、無理はしないで」

雨に紛れてしまいそうなほど小さな声。
けれど、その一言に、エリアスの肩がわずかにほぐれる。

「僕は平気だ。君が濡れないようにして」

「ふふ……そんなこと言って、自分はずぶ濡れじゃない」

姉は懐から白布を取り出し、彼の頬に優しく当てた。
一瞬、エリアスが目を細め、ほんのわずかに姉へ視線を向ける。
轟く雷鳴の中、二人の間にだけ、短い静寂が流れた。

私はその様子を見て、胸がほんの少し、きゅっとした。

(……この雨の冷たさのせい、だよね。……たぶん)

やがて木々の間隔がまばらになり、闇の奥にわずかに開けた空間が見えてきた。
森がほどけるように口を開き――

「あれは……。止まるぞ!!」

馬がいななき、馬車が軋みを上げた。
私は幌の隙間から顔を出し、外を覗き込む。
雨が容赦なく顔を叩き、頬を水滴が伝う。

稲妻が一閃、闇を裂いた。
その一瞬、世界の色が反転する。

白い光に浮かび上がった惨状――。
横倒しの馬車、泥に沈む馬、人々の影。

胸の奥で、何かがきゅっと縮んだ。
そして――壊れた馬車に背を預けるように座り込む鎧姿の騎士と、その膝の上で雨に打たれながら横たわる少女の姿。

嵐の音が遠のき、稲妻の残光だけが瞳に焼きついた。
世界が、一瞬だけ音を失う。

「……っ」

喉の奥がひゅっと鳴った。息が詰まる。
次の瞬間、嵐の音が雪崩れ込んだ。心臓が、やけにうるさい――。

「なんてことを……!」

姉が震える声で叫ぶ。
雨に濡れた瞳には、怒りと悲しみが入り混じっていた。

御者と思われる男や護衛の騎士たち、そして山刀やナイフを握ったまま倒れている男たちの姿――。

「くそ……山賊の仕業か!」

エリアスが低く唸るように吐き捨て、手綱を引き絞る。
私たちは魔王軍と戦っているというのに、人間同士でこんな……。言葉が出なかった。

バルドは小さく首を横に振り、立てかけられていた大盾を起こす。
フィーネは眉を寄せ、矢羽をそっと確かめた。

私の喉がひとりでに震え、声を出すより早く心臓が次の鼓動を急かした。
ぬかるんだ大地の匂い、濡れた革の冷たさ、血と鉄のわずかな匂い――。
嵐の絵の具が、すべてを濃く塗りつぶしていく。

エリアスは馬車を横へ滑らせ、雨と風の帳の中で止めた。
吹きすさぶ風が幌を叩き、木々が不気味にきしむ。
――私たちは、嵐の只中で立ち止まった。

胸の奥が、理由もなくざわついていた。

***

稲妻が闇を切り裂き、土砂降りが世界を叩きつける。
私たちは周囲を警戒しながら、ゆっくりと距離を詰めていった。
バルドは盾を半身に立て、エリアスは剣に手をかけ、フィーネは矢羽を指で確かめる。
姉はフードの庇をわずかに傾け、無言のまま前を見据えていた。

馬車に寄りかかる騎士は、雨の幕の中でも微動だにしない。
まるで、この嵐の只中に取り残された像のようだった。

その膝の上で、少女がびくりと小さく身じろぎする。
濡れた睫毛が震え、ゆっくりと目が開いた。

(……生きてる)

心臓が一拍、強く跳ねた。
冷え切った雨の中、その小さな動きだけが妙に鮮やかに目に映る。

少女の服装は、貴族、あるいは裕福な商家の子女のものに見えた。
上質な布地と落ち着いた縁取り。雨に濡れても、仕立ての良さは隠せない。

私たちが近づくと、騎士が顔を上げた。
仮面を被っている。声をかけても名を尋ねても、彼は首を横に振るばかりだった。
口を閉ざしているのか、それとも……話せないのか。

ただ、その仮面の眼孔から覗く視線が一度だけ姉を捉えた瞬間、姉の指先がわずかに止まった。
長い睫毛が、ほんの一瞬だけ震える。

(……姉さん?)

纏う空気が、誰かに似ている――。
鼻の奥をかすめるような、遠い記憶の残り香。
思い出せそうで、思い出せない。
胸の奥に、かすかなざらつきが残る。
私自身にも、その騎士の気配に覚えがあるような気がして――それが余計に落ち着かなかった。

雨と風が荒れ狂う夜――この嵐が、何を運んできたのか。
そのときの私には、まだ分からなかった。
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