【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷むぎ

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第三章 魔王決戦編

第七十二話 夢と現の狭間で

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私は姉と並んで、大好きだった侍女長の腕の中にいた。
その温もりに包まれた瞬間――胸の奥で、ひとつの記憶がそっと息を吹き返す。

あの日。
花祭りのざわめきの中、アンナと歩いた陽だまりの道。
笑い声と花の香りが、春風のように頬を撫でていく。
遠い夢のような光景が、ゆっくりと心の底から浮かび上がってきた。

けれど、その優しい記憶は――かすかな震え声に遮られる。

「……侯爵様と奥様、それにお兄様も……お待ちですわ」

掠れた声が、静まり返った庭の空気を震わせた。
胸の奥がきゅっと鳴り、夢の中から、さらに夢のような現実へと引き戻される。

「――本当に……!?」

思わず漏れた私の問いに、アンナは小さく頷いた。
震える指で涙をぬぐい、目元を押さえながら――それでも微笑む。

その笑顔を見た瞬間、胸の奥で何かが弾ける。
息が震え、視界が滲み、頬を伝う涙が止まらなかった。

私は無意識に姉の手を強く握る。
姉もまた、目を潤ませながら静かに微笑んだ。

エリアスとバルドが小さく息をつき、
その口元に、かすかな安堵の色が浮かんでいた。

――けれど、フィーネだけは違った。

弓を下ろしたまま首をかしげ、耳をぴくりと動かす。
その沈黙が、荒れ果てた庭園の冷たい空気に溶けていった。

ふと、あの嵐の夜――ヴェルネと初めて邂逅したときのことを思い出す。

(そうだ、私はもう油断しないって決めたんだ)

そっと片手を背に回し、誰にも気付かれないように指先で小さく魔法陣を描く。

――『感覚強化』。

あれ……陣が完成しない。
魔力が指先からすっと消えた。
まるで、見えない誰かに吸われたみたいに。

指先が一瞬、氷みたいに冷たくなる。

もう一度。

――『感覚強化』。

……だめだ。

(……まだ魔力は残ってるはずなのに)

こんなこと、初めてだ。

けれど、確かにアンナは生きてる。
この鼓動と涙が証拠。心配し過ぎだよね。

きっと緊張の連続から解放されて、感覚が鈍ってるだけ。

胸の鼓動が、まだ高鳴り続けている。

(――もうすぐ、お父様やお母様、お兄様に会える!)

***

アンナが先に立ち、五年ぶりに屋敷の扉をくぐる。
私たちはその背を追い、懐かしい廊下を進んだ。

埃一つない廊下。
想像とは違った。きちんと掃除されてる。

(きっとアンナだけじゃなく、侍女や侍従のみんなも無事だったんだ。
 騎士団の人たちは……無事かな……)

そんなことを想いながら歩くと、昔と変わらないアンナのぴんと伸びた背が目に入った。

刹那、再びあの花祭りの日の記憶が胸をよぎる。

祭りで華やぐフィオーレの大通り。
街の名を冠したフィオーレの花を手にしたアンナが、笑って言った。

「姫様方、こちらをどうぞ」

姉とお揃いの花を髪に挿し、顔を見合わせて笑った。
花の香り、陽の光、道行く人々の笑顔。

「本当に、お似合いですよ」

微笑む店主のおばさん。
花冠を頭に乗せて駆けまわる、子どもたちの声。
――あの景色が、胸の奥で儚く揺れた。

今はもう、あの子供たちも、おばさんも、
祭りを楽しむ人々も、いない。
そう思うと、胸がぎゅっと締めつけられる。

それでも、五年の歳月を生き残った人がいる。
そう信じるだけで、足取りが少し軽くなった。

壁には懐かしい肖像画。
厳しい眼差しの父、穏やかな笑みの母。そして兄と私たち。
燭台には灯がともり、テーブルの花瓶には花が生けられている。

――その光景は“私たちの家”。記憶と完全に重なる。

(お父様……お母様……お兄様……)

名を呼ぶたびに、喉の奥が熱くなる。
屋敷の外の死霊の唸り声はもう聞こえない。

もうすぐ会える。
それだけで、すべてが満たされていた。

やがて館の最奥――重厚な扉の前で、アンナが立ち止まった。
ランタンの炎が古びた木目を照らし、
その影がゆらゆらと私たちの顔に揺らめく。

「……ここで、皆さまがお待ちですよ」

微笑むアンナの嬉しそうな声。

胸がどくん、と脈打つ。
姉が私の手を握り返した。

「行きましょう、セレナ」

「……うん」

手を取り合い、扉の前に立つ。
その向こうには、きっと懐かしい笑顔がある。

ルクレール領陥落の報を聞き、泣き続けた孤児院の夜。
涙を見せずに抱きしめてくれた姉。
そして、あのとき思い出した――孤独のうちに消えるしかなかった私の前世。

それ以来、五年間。
姉との絆だけが私の世界のすべてだった。

けれど、もう絶対に叶わないと思っていた再会が――もうすぐ。

どくん、どくんと鼓動がまるで、廊下に響いてるみたいだ。

(この扉の先に、家族が……)

――けれど、その瞬間。

フィーネの矢羽が、かすかに震えた。
弓を離さぬまま、鋭い瞳が扉の隙間を射抜く。
わずかに唇が動くのが見え、誰にも聞こえぬほどの声で彼女は呟いた。

「……整いすぎている。何かおかしい……」

一瞬、空気が凍りつく。

『ヴェルネの罠だ』――あのフィーネの言葉が脳裏をよぎる。

けれど、私は首を振った。

(フィーネ、心配しすぎだよ。
 アンナは……あのアンナなんだ。
 きっと、五年間みんなで助け合って、ここに立て籠もってたんだよ。
 ――お父様なら、そのくらいやってのける)

そう、信じるしかなかった。

だって、そうじゃないと、この胸の高鳴りが嘘になってしまう。

期待と安堵と、ほんの少しの震えを抱えたまま――
姉の手のぬくもりを感じながら、アンナが両手で扉を押し開けるのを見つめていた。

***

扉が――音を立てることすら忘れたように、静かに開く。
眩い光が、まるで夜明けのように廊下へ流れ込んだ。
空気がきらめき、時間そのものが逆流していくよう。

目が慣れてくると、その先に広がっていたのは――
信じられない光景だった。

まぶしいほど明るい広間。
天井のシャンデリアはすべての灯がともり、壁の絵画も、磨かれた床も、五年前のまま。
いや、それどころか――当時よりずっと美しい。

「……うそ……」

思わず声が漏れる。

花々が飾られたテーブル。
窓の外には季節外れの花畑が揺れ、
パルミール平原の風が柔らかくカーテンを揺らしている。

風が通り抜け、花の香りが胸をくすぐった。
まるで、時の流れさえ香りに溶けてしまったように。

長テーブルの奥には――見間違えようのない父と母。
その隣に、笑顔の兄が立っていた。

「よくぞここまで来てくれた」
「お帰りなさい、アリシア、セレナ」
「お前たちの帰りを待っていたよ」

父と母、兄の懐かしい声が響いた瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。
涙があふれて、頬を伝う。

姉の肩が震え、唇が震えながら笑みを作る。

「ただいま帰りました……。
 お父様……お母様……お兄様……!」

駆け寄ろうとすると、誰かが袖を掴んだ。
見ると、そこには――あの懐かしい顔。

「花屋のおばさん……!」

「姫様、無事でよかったねえ、ほんとに!」

そう言うと店主はフィオーレの花を二輪、姉と私に手渡した。そっと近づいたアンナが微笑んで、姉と私の髪に挿してくれた。

(また、姉さんとお揃いだ)

姉と顔を見合わせて笑い合う。

「お似合いですよ、アリシア様、セレナ様」

アンナがにっこりと微笑んだ。

すると、笑いながら子どもたちが駆け寄ってきた。
祭りの日と同じ花冠を頭にのせ、無邪気に笑っている。

夢にまで見た光景。
あまりに懐かしくて、息をすることすら忘れそうになる。

振り向けば、周りには騎士団の面々。
磨き抜かれた甲冑に身を包み、皆朗らかに笑っていた。

テーブルにはパンとスープ。
焼きたての匂いが、鼻をくすぐる。

「さあ、お祝いよ。冷めないうちに頂きましょう」

母が柔らかく笑い、椅子を勧める。
温かい手が背を押す。

(――こんなことって、あるの……?)

生きてる。みんな、生きてる。
信じられない。けれど、目の前にあるのは確かな光景。

姉がそっと囁く。

「……セレナ、夢みたいね」

私は頷いた。

「うん。……でも、これは現実だよ」

父はエリアスたちに声をかける。

「これはこれは王子殿下に、公爵閣下のご子息ではないか」

父が両手を広げ、広間の入り口に呆然と立つエリアスとバルドを出迎えた。

姉と私も二人を手招きする。

エリアスは剣の柄から手を離し、微笑んだ。

「……まさか、生きていたとは。奇跡だな」

父母に頭を下げ、バルドは静かに肩を震わせた。

「さすがは、父の盟友――“北の狼”、ルクレール侯爵閣下だ……」

ふたりの目尻がきらりと光る。
そんな姿、初めて見た。

けれど――何かが違う。
視線の奥が、ぼんやりと霞んでいる。
まるで夢の中で笑っているみたいだ……。

(フィーネ……?)

声をかけようとしたけれど、喉の奥が冷たくなって、言葉が出なかった。

フィーネは広間の手前、扉の外に佇んだままだった。
彼女の矢羽が、再びかすかに震えた。
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