【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷むぎ

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第三章 魔王決戦編

第九十一話 暴かれる心

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魔王――ヴェルネは玉座に腰を下ろし、
いたずらを企む子猫のように、ゆるく微笑む。

燭台の炎がぱちと弾け、
金糸の髪の先で火の粉が反射して、頬の輪郭をふわりと縁取った。

「――そして百年前、聖女。大司祭によって、父は封印されましたの」

胸元へ指先を添え、しとやかに俯く。
悲劇を語りながら――どこか芝居めいて軽やか。

「こうしてわたくしたち姉弟は魔族になり、
 わたくしが、魔王になりました……とさ? ふふ……」

首を傾げる仕草は少女じみて愛らしい。
ただ、その奥で揺れる赤い瞳だけが、
“底の見えない愉悦”を宿していた。

――ここからが“本番”とでも言うように。

「勇者パーティのみなさまとは、何度かお会いしましたでしょう?
 そのたびに胸がきゅんきゅんしちゃって……」

甘い声。
その甘さは砂糖ではなく、喉に絡むようなねっとりした蜜。

フィーネの肩がわずかに強張り、
姉の唇はきゅっと噛みしめられた。

「なんでかしらって、ずっと考えていましたの。
 だから、こうして“お客人”としてお迎えして……
 もっと、じっくり“お話”したいと思いましたのよ?」

ゆるく椅子から立ち上がる。
黒いドレスの裾が、音もなく床を撫でた。

まるで新しい玩具を値踏みする子どものように、
ヴェルネはひとりずつ順番に、じっくりと視線を這わせる。

エリアスの眉が、ひくり。
その一瞬で、広間の温度がわずかに下がった。

ヴェルネは両手を重ね、淑女の礼を真似て微笑む。

「ずっと考えていましたの。
 どんな“プレゼント”が、一番“素敵”かしらって」

青い灯火がふっと静まり、広間の音が消える。

「先ほど――皆さんと“お話”しましたでしょう?
 触れたとき、心の形が伝わってきましたわ。
 ああ……本当に素敵でした」

頬を指先でなぞり、恍惚の笑み。

(お話……? いつ――)

気づく。

――あの瞬間。
肩に触れられ、胸の奥へ流れ込んできた感情。

あれが、“お話”。

望んでいたのは対話ではない。
心を暴き、揺らし、壊すための――観察。

これが、“魔王”の“お話”。
元人間だったなんて、もう関係ない。
今の彼女は――完全に“魔族”。

その異質さに、背筋が一気に冷えた。

そして。

「素敵ね。絆で結ばれた仲間。でもね、いけませんわ――」

青炎が細く伸び、針がつんと刺さるような音を立てる。

「みなさま、それぞれ“秘密”を抱えていらっしゃるでしょう?」

甘い声。
だが、その奥に潜むものはただひとつ。

――純粋で、残酷な愉悦。

ヴェルネは首をゆるく傾け、
玉座からまっすぐエリアスを射抜いた。

細い踵がコツ、と床を叩くたび、
燭火の影が波紋のように揺れ広がる。

「エリアス。ヴァルミエール王国の第二王子にして、勇者。
 たしかに――あなたは仲間を、民を等しく大切に思っている。
 誇り高く、高潔。
 ――けれど、一番“欲望”にまみれているのはあなた」

エリアスの眉がかすかに震える。
その揺らぎへ、青い火がコソコソと笑った。

「あなたの国は“腐敗”していますのね。
 はびこる傲慢、憤怒、怠惰、強欲、嫉妬……。
 だから、それを自らの手で正したい――
 それが、一つ目の“欲望”」

否定はない。
沈黙そのものが、肯定として静かに落ちた。

「そして――もう一つ。
 そのとき、隣に立っていてほしいと願うのは――」

白い手が、舞台女優のように弧を描く。

「聖女様――あなたよ」

エリアスが唇を噛み、
姉は小さく目を逸らした。

ヴェルネは、その一瞬を逃さない。
ぱん、と白い手を軽く叩いた。

「さあ――今ですわ」

青い灯火がひりつく。

「今、言えばよろしくてよ?
 ほら、“聖女が欲しい”って」

エリアスが息を呑む。
喉がわずかに震える。

ヴェルネは唇の端だけで笑い、
玩具を試す子どものように囁く。

「言えないの?
 まあ……かわいらしい“勇者”ですこと」

そして、人差し指をそっと唇へ。

「ふふ……まだ“自覚”が足りませんのね?」

(ひどい……! なんで、そんな……)

アリシアの肩が震え、
エリアスは言葉を失う。

「でも――王にも、夫にも。
 “自分こそがふさわしい”とお思いなんて。
 それこそ欲望にまみれた“傲慢”ですわね?」

エリアスの瞳に宿る揺らぎは、怒りではない。
もっと痛く、もっと深い――“傷ついた光”だった。



黒い裾がさらり。ヴェルネはバルドの前へすべる。

「王国最強とうたわれる騎士――剛盾バルド」

その名を甘く呼ぶだけで、広間の空気がぴん、と張る。

「あなたの“忠義”は、誰のためかしら?」

返事を待たず、窓外へすっと白い手。
外の荒野で巨人の影がうねり、青白い稲光が遠くで瞬く。

「御覧なさい?」

巨人の軍勢。
その手前で震えるように並ぶ、ちっぽけな王国軍。

「あなたの国の兵たち。
 そして――勇者パーティ」

バルドの眉が、かすかに震えた。
ヴェルネは横顔を覗き込み、耳へ甘い息をかける。

「どちらかしら?」

沈黙。――もう“答え”は形になっている。

「――大丈夫。もう知ってますの。
 あなたの心が一番傾いているのはここ」

胸に手を当て、うっとり笑う。

「“聖女アリシア”。
 ああ、いけない子ですわ。
 国の騎士なのに、国以外へ“忠誠”を捧げるなんて」

姉が息を呑み、バルドの肩がきしむ。
それでも刃は、さらに深く落ちていく。

「でもね?」

声が一段、低く甘く落ちる。蝋が静かに滴る音。

「大切な人。もう一人、いるわね?」

(――やめて)

姉の睫毛がふるえ、エリアスが息をのむ。
私は、胸の奥で何かがきしむ音を聞いた。

動けないのは――バルドだけ。

ヴェルネは「しー」と唇へ指を立て、
そのまま耳元へ影を寄せた。

「セレナ」

心が止まる。拳は震えていない。
でも――震え“そうだった”。

「まだ“守りたいだけ”かもしれない。
 けれど、想いは――ある。
 ふふ……でも、どちらにもあなたの想いは届かないわ」

バルドは身じろぎもせず、ただ目だけでヴェルネを射抜いた。

「あら? その目の奥に燃える炎――それは“憤怒”かしら?」

青い灯りが一斉に揺れて、壁の影がほどけた。



ヴェルネは満足げに唇の端だけで笑い、フィーネの隣へ。
歩くたび、黒い裾が石床をさらりと撫で、その音だけが細く伸びていく。

「フィーネ姫……あなたは、とても“シンプル”」

フィーネの呼吸が、わずかに揺れたように見えた。

「だって――あなたには、失うものなどもう何もないから」

否定する気配はどこにもなく、フィーネの横顔に古い影が差す。

「国を失い、家族を失い、森も未来も……全部壊れた。
 そして百年、“怠惰”に――昏い森をただ彷徨ってきた」

フィーネの睫毛が、小さく震える。

ヴェルネは肩先へそっと影を寄せ、声を低く甘く落とした。

「もう……いいのよ?」

救いの衣をまとった、やさしい毒。

「思い出して?」

青の光の中、指が蝶のようにふわりと舞う。

「幼き日の“憧憬”を」

フィーネが息を呑む気配。  
指先の示す先――

「そこにいるわ」

漆黒の騎士――ガルヴァン。

フィーネの肩がわずかに跳ね、その後わずかな沈黙が続いた。

「けれど――彼は魔族。
 このままでは、どう足掻いても届きませんわね?」

フィーネの肩が、すっと沈んだように見えた。

ヴェルネは、まるでその沈みを待っていたかのように
指先をひらりと揺らす。

「どうしたらいいか――。
 あなたなら……もう、わかっているのではなくて?」

(どうしたらって……何のことを言ってるの?)

フィーネの指先が、ほんのわずか震えた気がした。



真紅の瞳が向けた先を、私は自然と追った。  
視線の軌道の先にいるのは、あと二人。

背骨が、ひやりと鳴る。

(……次は、私)

喉の奥で呼吸がつかえ、胸が細く震えた。

ヴェルネの影が、ゆっくりこちらへ――。

足音が、迷いなく“自分”へと近づいてくる。

(来る……来る……)

――すっ、と空気がずれた。

擦れた裾が足首を撫で、
気配が、私のすぐ背後を“抜けた”。

(……え?)

思考が一瞬で凍りつく。  
胸の奥に、ぽっかりと穴のような“空白”が開いた。

振り返るより早く――  
視界の端、姉の背の後ろにヴェルネが立っていた。

(……ヴェルネ……。
 どうして、私を通り過ぎたの……?)
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