93 / 100
第三章 魔王決戦編
第九十三話 魔果
しおりを挟む
コツ、コツ……。
ヴェルネの足音が遠ざかっていく。
石床の模様が、涙でゆらりと溶けた。
白杖を胸の前で抱えるように握りしめる。
視界が狭い。
見えるのは――震える自分の指先。
その下でかすかに揺れる、杖頭の銀の光。
すぐそばに落ちるテーブルの影が、細く伸びているだけ。
……世界の外側が、すうっと薄れていく。
音も匂いも、遠くへ追いやられていく。
押しつぶされた私の世界は、
この胸の前の小さな空間だけ――。
――頭の向こうで、誰かの息が震えた。
(エリアス……)
「僕は……お前の言う通り、“傲慢”で“欲深い”のかもしれない。
だが、それで誰か一人でも多く幸せになるなら……それでも構わない」
声は遠い。
なのに、その言葉だけは――胸の奥に落ちてきた。
「――アリシアほど聖女に相応しい人はいない」
すぐ近く――隣で息を呑む気配。
「けれど、聖女だって、彼女だって傷つく。
それでも、どれだけ傷ついても、決して折れなかった。
祈りが届かなければ――何度でも、諦めずに祈る人――」
姉が布をぎゅっと掴む音がした。
「……本当は、ずっと怖かったんだ。
選んでもらえないんじゃないかって。
そんな弱い僕でも――いや、僕だからこそ、
隣にいて欲しいと願うのは彼女――アリシアだ!」
それは、強がりではない――真実の叫びだった。
耳朶を通して、声の“熱”がじんわり伝わる。
その熱が、胸の空洞の縁をかすめていく。
「……エリアス……」
……姉が震えてる。
よかったね、エリアス……ちゃんと伝わってる。
エリアスなら、きっと全部叶えられるよ。
――胸の奥の、消えかけた灯火が、またほんの少しだけ揺れた。
足音が、遠くで止まる。
「あらまあ……愛の告白ですのね?
お可愛いらしいこと」
ヴェルネの声。
ひどく甘く、ひどく残酷な響き。
胸の奥は、ちゃんとあたたかいのに――
どうしてだろう。
震えは、止まってくれなかった。
*
低く、かすれた声。
「……確かに俺は……。
ここで守りたいと思う人を見つけた。
運命に抗い、必死に生きる姉妹を――」
視界の端から、そっと手が伸びてきた。
あたたかい指が、私の手に触れる。
姉さん……。
「――だが、国も、友も、すべてを守るという誓いは嘘じゃない」
ぎり、と手甲が握られる音。
「――“憤怒”……か。
お前の言う通りだ。俺は今、怒りで燃えている。
俺の大切なものを踏みにじったお前だけは――
断じて許さん!!」
ドン、とテーブルを叩く音。
石床ごしに響き、胸の奥を鈍く揺さぶった。
彼の言葉は、その空気ごと揺らす一撃みたいに強かった。
姉の指が、ぎゅっと私の手を握り締める。
その温度だけが、胸の奥まで届く。
(そっか……バルド……。
本当に、私のことも大切に思ってくれてたんだ……)
こんな、役立たずで、いつも遅れてばかりの私でも?
正直びっくりだよ。
でも――ほんの少しだけど、胸の奥がふわっとする。
ありがと、バルド。
青い炎の影が揺れる。
「いいわ……いい! とても素敵ですわ!
そうよ! 希望を捨てちゃいけないわ。
守るのよ? 諦めちゃダメよ?」
その声が落ちた瞬間――
空気が、すん、と細く揺れた。
直後、
“カタン”と爪先が床を叩くような、小さな音。
……ぞくり。
見えていないのに――分かった。
ヴェルネが、ゆっくりと体をくねらせながら、
こちらへ向き直ったのだと。
その動きは、獲物の感情を味わう蛇みたいに――
ひどく静かで、
ひどくゆっくりで、
ひどく嬉しそうで――。
(……これ、喜んでる……)
胸の奥に冷たいものが落ちる。
それでも――
私たちは、まだこの人の手のひらの上から逃れられない……。
逃れるための唯一の方法。
それはきっとヴェルネの“プレゼント”。
目尻の奥が熱い。
涙で光がにじみ、姉に握られた手にぽつりと落ちた。
姉の手を握った。
強く握り返してくれる。
姉さんは、いつだってこうやって私に応えてくれた。
だから――私は。
滲んだ視界の端で、テーブルの影がわずかに震えて見える。
実際には私が震えているだけなのに、
影まで揺れたように感じて――胸の奥が、ひゅっと縮んだ。
*
わずかな沈黙。
その静けさを、凛とした声が切り裂いた。
「――“怠惰”か……そうだったのかもしれない」
最初の一語だけ、フィーネの声が震えていた。
「でも、今は違う。私は見つけた。
小さな灯火と、大切な仲間を」
フィーネの声は、刃のようにまっすぐで、
澄んでいるのに――胸に触れた瞬間だけ、息が詰まるほど痛かった。
あの戦場で初めて会ったときの、彼女の声がふと甦る。
『――見つけた』
あのとき。
あなたが、私を“見つけて”くれた。
そして――
“小さな灯火”。
村で料理を振る舞ったとき、フィーネが言ってくれた言葉。
胸の奥がじん、と熱を帯びる。
(――本当に嬉しかったな……)
私なんかでも、誰かの役に立てる――
あのとき、ほんとうに心から思えたんだよ?
「私はもう、過去ではなく、未来に生きると決めたのだから!」
遠くで鎧が軋む音。
その重い響きが、胸の奥にかすかに触れてくる。
――よかった。
フィーネさんは、もう大丈夫。
(……なのに、今の私は――)
胸が、きゅ、と痛む。
その痛みは、さっきヴェルネに触れられた場所と、ぴたりと重なっていた。
*
視界に映る床の模様が、
まるで強い光を浴びたみたいに白くにじんだ。
ただ涙で歪んだだけなのに。
小さな声。
「セレナ、大丈夫。姉さんに任せて」
私はぴくり、としたけれど、まだ顔を上げられなかった。
姉の手がぎゅっと握られ――ふっと離れる。
思わず伸ばした指先が、宙を掴んだ。
椅子がすれ、衣擦れの音。
姉が立ち上がる気配。
「あら? 聖女様?
もしかして――あなたも何か?
ふふふ……妹さんは、何も言えないようですけど?」
ヴェルネの声に、姉の声が重なる。
「――セレナは、妹は、おまけなんかじゃないわ!」
その瞬間、胸の奥で――
ほんの、小さな灯りが、ふっと揺れた。
姉の声が震えている。
「セレナは……この子は……
誰よりも強く、絶対に曲がらず、決して折れない。
あなたの戯言なんかで折れるような子じゃない!」
――優しいなあ、姉さん。
私なんかを守ろうとしてくれてる。
姉さんは……やっぱり、姉さんだ。
姉の呼吸が、ひとつ震えた。
次に落ちた声は、決意で震えていた。
「……あなたの言う通り、私は失うことが怖いわ。
妹も、みんなも。大切な人をまた失うかもしれない。
そんな未来が、ずっと怖かった」
胸の奥で、小さく何かが動く。
「けれど、それでも――抗うの。
それが人の強さだから!」
(姉さんはすごいな。ちっとも折れてなんかない。
ほんとうにすごいよ……)
「あなたも同じ。
失うことが怖くて……だから魔に堕ちたのでしょう?」
ヴェルネが、くす、と嗤う。
姉の声には、弱さも強さも、全部あった。
けれど――。
「だからこそ、私は抗う。
ええ、あなたの言う通り、わたしは“強欲”なの。
セレナもエリアスもバルドも、フィーネも。王国のみんなも。
すべてを守る。
――この命に代えても!」
(――っ!)
最後の言葉を聞いた瞬間――
胸の内側だけが、ひどく静かになった。
姉の言葉はあたたかいのに、心は冷えていく。
(でもね、姉さん。
違うんだよ。わたしは……)
視界が揺れる。
膝の上、握りしめた白杖に、
ぽたり、ぽたりと雫が落ちる。
姉を失いたくない、一緒にいたい――
ずっとそれだけで戦ってきたけれど。
(わたしはね。
姉さんに――幸せになってほしいだけ。
ただ、それだけなんだよ……)
どれだけ雫が落ちても、胸の奥は空洞のまま。
さっき揺れた小さな灯りは――
もう、私のどこにも届かなかった。
***
気づけば、青炎の弾ける微かな音すら聞こえない。
かわりに――広間の空気を震わせる魔王の笑い声だけが届く。
「まあ……まあ! ほんとうに……素敵ですわ……!」
誰かの椅子の脚が、かすかに震えた。
「みなさま……なんて美しい心。
どれだけ傷つけても、踏みにじっても、折れないなんて――」
笑っているのに、泣き出しそうな声だった。
喜びだけで満たされているのに、冷たくて――どこか熱い。
「ええ……これで――わたくしからの贈り物。
最高の“プレゼント”になりますわぁ……」
「――プレゼントぉ!」
ヴェルネとメルヴィスの、楽しくて仕方のない――
そんな笑い声が、不気味に響く。
ぱちん、と指が鳴る音。
ぞわり……と背筋を冷たい影が撫でた。
空気が動き、部屋に入ってくる足音――侍女たちだ。
テーブルに、からん、と何かを置く硬い音。
誰も息を吸わない。
足音だけが遠ざかる。
***
「……これは、なんだ?」
「むう……!」
「……この果実は……!?」
「これを……どうしろと?」
みんなの声が、薄い紙を隔てたように響く。
周囲のざわめきが震えているのに、
私だけ、水の底にいるみたいだった。
「それが――わたくしから皆さまへの“プレゼント”」
少しだけ目を上げた。
銀の皿の上に、闇を切り取ったような黒い果実がひとつ。
「“ 魔果”、と申しますの」
揺れる青い炎を映して、果実の皮膚がぬらりと光った――。
ヴェルネの足音が遠ざかっていく。
石床の模様が、涙でゆらりと溶けた。
白杖を胸の前で抱えるように握りしめる。
視界が狭い。
見えるのは――震える自分の指先。
その下でかすかに揺れる、杖頭の銀の光。
すぐそばに落ちるテーブルの影が、細く伸びているだけ。
……世界の外側が、すうっと薄れていく。
音も匂いも、遠くへ追いやられていく。
押しつぶされた私の世界は、
この胸の前の小さな空間だけ――。
――頭の向こうで、誰かの息が震えた。
(エリアス……)
「僕は……お前の言う通り、“傲慢”で“欲深い”のかもしれない。
だが、それで誰か一人でも多く幸せになるなら……それでも構わない」
声は遠い。
なのに、その言葉だけは――胸の奥に落ちてきた。
「――アリシアほど聖女に相応しい人はいない」
すぐ近く――隣で息を呑む気配。
「けれど、聖女だって、彼女だって傷つく。
それでも、どれだけ傷ついても、決して折れなかった。
祈りが届かなければ――何度でも、諦めずに祈る人――」
姉が布をぎゅっと掴む音がした。
「……本当は、ずっと怖かったんだ。
選んでもらえないんじゃないかって。
そんな弱い僕でも――いや、僕だからこそ、
隣にいて欲しいと願うのは彼女――アリシアだ!」
それは、強がりではない――真実の叫びだった。
耳朶を通して、声の“熱”がじんわり伝わる。
その熱が、胸の空洞の縁をかすめていく。
「……エリアス……」
……姉が震えてる。
よかったね、エリアス……ちゃんと伝わってる。
エリアスなら、きっと全部叶えられるよ。
――胸の奥の、消えかけた灯火が、またほんの少しだけ揺れた。
足音が、遠くで止まる。
「あらまあ……愛の告白ですのね?
お可愛いらしいこと」
ヴェルネの声。
ひどく甘く、ひどく残酷な響き。
胸の奥は、ちゃんとあたたかいのに――
どうしてだろう。
震えは、止まってくれなかった。
*
低く、かすれた声。
「……確かに俺は……。
ここで守りたいと思う人を見つけた。
運命に抗い、必死に生きる姉妹を――」
視界の端から、そっと手が伸びてきた。
あたたかい指が、私の手に触れる。
姉さん……。
「――だが、国も、友も、すべてを守るという誓いは嘘じゃない」
ぎり、と手甲が握られる音。
「――“憤怒”……か。
お前の言う通りだ。俺は今、怒りで燃えている。
俺の大切なものを踏みにじったお前だけは――
断じて許さん!!」
ドン、とテーブルを叩く音。
石床ごしに響き、胸の奥を鈍く揺さぶった。
彼の言葉は、その空気ごと揺らす一撃みたいに強かった。
姉の指が、ぎゅっと私の手を握り締める。
その温度だけが、胸の奥まで届く。
(そっか……バルド……。
本当に、私のことも大切に思ってくれてたんだ……)
こんな、役立たずで、いつも遅れてばかりの私でも?
正直びっくりだよ。
でも――ほんの少しだけど、胸の奥がふわっとする。
ありがと、バルド。
青い炎の影が揺れる。
「いいわ……いい! とても素敵ですわ!
そうよ! 希望を捨てちゃいけないわ。
守るのよ? 諦めちゃダメよ?」
その声が落ちた瞬間――
空気が、すん、と細く揺れた。
直後、
“カタン”と爪先が床を叩くような、小さな音。
……ぞくり。
見えていないのに――分かった。
ヴェルネが、ゆっくりと体をくねらせながら、
こちらへ向き直ったのだと。
その動きは、獲物の感情を味わう蛇みたいに――
ひどく静かで、
ひどくゆっくりで、
ひどく嬉しそうで――。
(……これ、喜んでる……)
胸の奥に冷たいものが落ちる。
それでも――
私たちは、まだこの人の手のひらの上から逃れられない……。
逃れるための唯一の方法。
それはきっとヴェルネの“プレゼント”。
目尻の奥が熱い。
涙で光がにじみ、姉に握られた手にぽつりと落ちた。
姉の手を握った。
強く握り返してくれる。
姉さんは、いつだってこうやって私に応えてくれた。
だから――私は。
滲んだ視界の端で、テーブルの影がわずかに震えて見える。
実際には私が震えているだけなのに、
影まで揺れたように感じて――胸の奥が、ひゅっと縮んだ。
*
わずかな沈黙。
その静けさを、凛とした声が切り裂いた。
「――“怠惰”か……そうだったのかもしれない」
最初の一語だけ、フィーネの声が震えていた。
「でも、今は違う。私は見つけた。
小さな灯火と、大切な仲間を」
フィーネの声は、刃のようにまっすぐで、
澄んでいるのに――胸に触れた瞬間だけ、息が詰まるほど痛かった。
あの戦場で初めて会ったときの、彼女の声がふと甦る。
『――見つけた』
あのとき。
あなたが、私を“見つけて”くれた。
そして――
“小さな灯火”。
村で料理を振る舞ったとき、フィーネが言ってくれた言葉。
胸の奥がじん、と熱を帯びる。
(――本当に嬉しかったな……)
私なんかでも、誰かの役に立てる――
あのとき、ほんとうに心から思えたんだよ?
「私はもう、過去ではなく、未来に生きると決めたのだから!」
遠くで鎧が軋む音。
その重い響きが、胸の奥にかすかに触れてくる。
――よかった。
フィーネさんは、もう大丈夫。
(……なのに、今の私は――)
胸が、きゅ、と痛む。
その痛みは、さっきヴェルネに触れられた場所と、ぴたりと重なっていた。
*
視界に映る床の模様が、
まるで強い光を浴びたみたいに白くにじんだ。
ただ涙で歪んだだけなのに。
小さな声。
「セレナ、大丈夫。姉さんに任せて」
私はぴくり、としたけれど、まだ顔を上げられなかった。
姉の手がぎゅっと握られ――ふっと離れる。
思わず伸ばした指先が、宙を掴んだ。
椅子がすれ、衣擦れの音。
姉が立ち上がる気配。
「あら? 聖女様?
もしかして――あなたも何か?
ふふふ……妹さんは、何も言えないようですけど?」
ヴェルネの声に、姉の声が重なる。
「――セレナは、妹は、おまけなんかじゃないわ!」
その瞬間、胸の奥で――
ほんの、小さな灯りが、ふっと揺れた。
姉の声が震えている。
「セレナは……この子は……
誰よりも強く、絶対に曲がらず、決して折れない。
あなたの戯言なんかで折れるような子じゃない!」
――優しいなあ、姉さん。
私なんかを守ろうとしてくれてる。
姉さんは……やっぱり、姉さんだ。
姉の呼吸が、ひとつ震えた。
次に落ちた声は、決意で震えていた。
「……あなたの言う通り、私は失うことが怖いわ。
妹も、みんなも。大切な人をまた失うかもしれない。
そんな未来が、ずっと怖かった」
胸の奥で、小さく何かが動く。
「けれど、それでも――抗うの。
それが人の強さだから!」
(姉さんはすごいな。ちっとも折れてなんかない。
ほんとうにすごいよ……)
「あなたも同じ。
失うことが怖くて……だから魔に堕ちたのでしょう?」
ヴェルネが、くす、と嗤う。
姉の声には、弱さも強さも、全部あった。
けれど――。
「だからこそ、私は抗う。
ええ、あなたの言う通り、わたしは“強欲”なの。
セレナもエリアスもバルドも、フィーネも。王国のみんなも。
すべてを守る。
――この命に代えても!」
(――っ!)
最後の言葉を聞いた瞬間――
胸の内側だけが、ひどく静かになった。
姉の言葉はあたたかいのに、心は冷えていく。
(でもね、姉さん。
違うんだよ。わたしは……)
視界が揺れる。
膝の上、握りしめた白杖に、
ぽたり、ぽたりと雫が落ちる。
姉を失いたくない、一緒にいたい――
ずっとそれだけで戦ってきたけれど。
(わたしはね。
姉さんに――幸せになってほしいだけ。
ただ、それだけなんだよ……)
どれだけ雫が落ちても、胸の奥は空洞のまま。
さっき揺れた小さな灯りは――
もう、私のどこにも届かなかった。
***
気づけば、青炎の弾ける微かな音すら聞こえない。
かわりに――広間の空気を震わせる魔王の笑い声だけが届く。
「まあ……まあ! ほんとうに……素敵ですわ……!」
誰かの椅子の脚が、かすかに震えた。
「みなさま……なんて美しい心。
どれだけ傷つけても、踏みにじっても、折れないなんて――」
笑っているのに、泣き出しそうな声だった。
喜びだけで満たされているのに、冷たくて――どこか熱い。
「ええ……これで――わたくしからの贈り物。
最高の“プレゼント”になりますわぁ……」
「――プレゼントぉ!」
ヴェルネとメルヴィスの、楽しくて仕方のない――
そんな笑い声が、不気味に響く。
ぱちん、と指が鳴る音。
ぞわり……と背筋を冷たい影が撫でた。
空気が動き、部屋に入ってくる足音――侍女たちだ。
テーブルに、からん、と何かを置く硬い音。
誰も息を吸わない。
足音だけが遠ざかる。
***
「……これは、なんだ?」
「むう……!」
「……この果実は……!?」
「これを……どうしろと?」
みんなの声が、薄い紙を隔てたように響く。
周囲のざわめきが震えているのに、
私だけ、水の底にいるみたいだった。
「それが――わたくしから皆さまへの“プレゼント”」
少しだけ目を上げた。
銀の皿の上に、闇を切り取ったような黒い果実がひとつ。
「“ 魔果”、と申しますの」
揺れる青い炎を映して、果実の皮膚がぬらりと光った――。
5
あなたにおすすめの小説
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を
タマ マコト
ファンタジー
名門薬師一族に生まれたエリシアは、才能なしと蔑まれ、家名を守るために追放される。
だがそれは建前で、彼女の異質な才能を恐れた家族による処刑だった。
雨の夜、毒を盛られ十七歳で命を落とした彼女は、同じ世界の片隅で赤子として転生する。
血の繋がらない治療師たちに拾われ、前世の記憶と復讐心を胸に抱いたまま、
“最強薬師”としての二度目の人生が静かに始まる。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!
カナタカエデ
ファンタジー
八十歳で生涯を終えた、元王宮侍女カリナ。
その最期の瞬間――枕元に、かつて仕えた王女アメリアが現れた。
「お願い…私の人生をやり直して。国を、私を、救って――」
次に目を開くと、カリナは十八歳の“王女アメリア”として転生していた。
彼女は知っている。
このままでは王国は滅び、愛する主君が破滅する未来を。
未来を変えるため、アメリアは
冷徹と噂される英雄ヴァルクとの政略結婚を選ぶ。
これは、かつて守れなかった主人のための転生。
そのはずなのに――彼への想いは、気づけば変わり始めていた。
王女と英雄が紡ぐ、破滅回避ラブファンタジー開幕。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
挿絵はA I画像を使用
10/20 第一章完結
12/20 第二章完結
2/16 第三章完結
他サイト掲載
(小説家になろう、Caita)
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
【完結】王子と結婚するには本人も家族も覚悟が必要です
宇水涼麻
ファンタジー
王城の素晴らしい庭園でお茶をする五人。
若い二人と壮年のおデブ紳士と気品あふれる夫妻は、若い二人の未来について話している。
若い二人のうち一人は王子、一人は男爵令嬢である。
王子に見初められた男爵令嬢はこれから王子妃になるべく勉強していくことになる。
そして、男爵一家は王子妃の家族として振る舞えるようにならなくてはならない。
これまでそのような行動をしてこなかった男爵家の人たちでもできるものなのだろうか。
国王陛下夫妻と王宮総務局が総力を挙げて協力していく。
男爵令嬢の教育はいかに!
中世ヨーロッパ風のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる