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第三章 魔王決戦編
第九十七話 騎士の誓い
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凍り付いていた喉が震え、
どうにか息が音に変わった。
「あなた……どれだけの魂を喰らったというの……!」
ヴェルネは、楽器の弦を弾くように指を動かした。
――音が、消えた。
次の瞬間、空気が波打ち、無数の嘆きが重なり――やがて“歌”になった。
「喰らう? 違いますわ」
紅の唇が、ゆるやかに歪む。
「――“聴いてあげた”のよ。
何万、何百万もの――誰にも届かなかった、哀れな千年の嘆きを。
わたくしが果実に変え、弔って差し上げたのですわ」
羽根のひとつひとつが紫黒の光を孕み、ゆっくりと開く。
その背は、夜空に枝を広げる“黒い樹木”。
幹の表面には、人の顔とも果実ともつかぬ影が無数に蠢いていた。
幾千の魂が、静かに実を結んでいた。
それは――“嘆きの園”。
(あの“魔果”の苗床は、魔物の遺骸なんかじゃない。
苗床は――魔王“そのもの”!)
そのとき――。
広間の隅で、魔族の侍女たちが息を呑む声。
花のような香りが彼女たちを包み、黒衣の裾が光を帯びる。
悲鳴すら――許されなかった。
漆黒の花びらのような光が舞い――
その姿が一瞬のうちに掻き消えた。
代わりに、黒い樹木の枝に果実がひとつ、またひとつ、熟していく。
「――味方の魔族までも……取り込んだの!?」
ヴェルネは両手を胸に添えた。
「……うふふ……”戻した”だけですわ」
祈りのように穏やかな声。
「さあ、皆さんにも分けて差し上げますわ。
――この、甘くて美しい“絶望”を」
ヴェルネが片手を掲げた瞬間、空間が音もなく反転する。
黒い果実が無数に宙へと咲き乱れた。
そのうちのひとつが、私の足元へ――落ちる。
思わず後ずさる。
ぱん――。
果実の膜が裂けた。――そこから、“手”が溢れた。
遅れて、乾いた破裂音が耳を打つ。
何かを求めるように”手”が這いずり、染みのように石床に広がる。
漆黒の雫が床を染め、香りが――世界を満たした。
鉄でも、血でもない。
それは、すべての嘆きを包み込むような甘い香り。
胸の奥の奥まで侵食してくる。
胸の奥が焼けるような、甘くて苦しい匂い。
それは、祈りに似た“絶望の匂い”だった。
***
恐怖に飲まれかけたその瞬間――
エリアスの声が、鋼を打つように広間を震わせた。
「――“絶望”に飲み込まれるなっ!
いつだって“希望”は――僕らの中にある!」
その響きに応えるように、青炎がざわめき、怯えたように揺らぐ。
“絶望”を前にしても、勇者の言葉は揺らがない。
私の凍てついた胸が、にわかに温度を取り戻していく。
エリアスは聖剣を掲げた。
「――集結っ!」
私は動いた――呼吸を置く間もなく。
聖女を中心に、前衛に勇者と騎士。
その背に、弓使いと私。
――四人の英雄と、私。再び揃った“勇者の陣形”。
炎の青が五つの影を包み、
剣と盾と杖と弓と祈りが、ひとつの円を描く。
かつての記憶が蘇り、胸の奥が熱くなった。
今、確かに私は、英雄たちと共に光の輪にいる!
隣のフィーネの瞳がきらりと光る。
(フィーネさん……!)
頬を濡らしていた彼女は、そっと涙を拭い、顔を上げた。
その瞳には、もう迷いはなかった。
――戦う者の光が、再び宿っている。
「心配かけたな、セレナ。
……私ならもう大丈夫だ」
そこには、悲しみを乗り越えた者の微笑みがあった。
弓弦が、きり、と鳴る。
矢羽が微かに震え、炎の反射が刃のように走る。
銀葉の髪が風に揺れ、紅の弓弦が光を放つ。
その矢先は、漆黒の魔王――ヴェルネをまっすぐ射抜いた。
(――いつものフィーネさんだ!)
胸の奥に熱が込み上げる。
また、この光景を見られるなんて――!
「――僕らは必ず――勝つ!」
エリアスの叫びが、青炎を突き抜けて広間に轟いた。
光の粒が宙に舞い、聖剣の刃が太陽のように閃く。
全員が頷き、互いに笑みを交わす。
その一瞬の呼吸が、奇跡よりも尊かった。
私たちは、恐怖ではなく確かな“誇り”で結ばれていた。
そして――彼の短く鋭い指示が飛ぶ。
「バルドはアリシアを守れ!
魔王は――聖女の奇跡か、勇者の聖剣でしか斃せない!
アリシア、防御はバルドに任せて攻撃を主軸に!
フィーネは散らせ! 奴の結界を裂くんだ!
僕は――切り込んで、“聖なる大弓”の隙を作る!」
息を呑む間もなく全員が動き方を理解していた。
これ以上の言葉はいらない。
苦難を乗り越え、お互いを知った私たちは――
今はもう、“ひとつ”だった。
「守る!」
「エリアス、任せて!」
「――ああ、風のように!」
三人の声が重なり、音がひとつになる。
(そうだ……これだ……!)
胸が熱くなる。
これこそ――私たちが歩いてきた、“勇者パーティ”の姿。
けれど――ふと気づく。
あれ……?
エリアス……私は?
一瞬の迷い。
そのとき、エリアスが振り返った。
目が合う。
彼は、柔らかく、懐かしい笑みを浮かべた。
「……セレナは――適切な支援を」
短く、それだけ。
けれど――胸の灯火が燃え上がった。
わかってる!
その言葉はもう、役立たずだからじゃない。
私は――信頼されているんだ!
(……ありがと、エリアス)
思わず笑みがこぼれる。
「わかった! ――任された!」
白杖を握り直す。
私の手に、もう迷いはない。
「魔王を――滅ぼす!」
勇者の叫びが、希望の鐘のように広間を突き抜けた。
その声に、風が応えた。
青い炎がざわめき、空気が震える。
光が散り、剣と祈りの軌跡が交わる。
熱が、広間を満たしていく。
音が、光が、祈りが、すべて一体となる。
そして――
――いま、始まる。
最後の戦いが。
***
――世界が、光と闇に引き裂かれていた。
息を吸うたび、胸の奥が焼ける。
音が、光が、風が――形を変えるたび、空気が震えた。
床石が爆ぜ、紫黒の魔法陣が脈打つ。
ヴェルネの背後では黒い樹木の枝が広がる。
どれだけの時間、戦っていたのかもわからない。
けれど――幾千の果実が嘆きの声を上げ、闇の波が押し寄せる。
(耐えられない――違う……まだ、やれる!)
私は走り回り、支援を繋ぐ。
姉の詠唱が途切れかけ、光が揺らぐ。
私は即座に術式を組み替えた。
「――姉さん、『速度上昇』と『魔力消費低減』、入れ替え!
魔力温存、防御に回って! 攻撃は後回し!」
反射的に頷いた姉が聖杖を掲げ、白光が再び走る。
『――聖なる盾よ!』
花びらのような防壁が広がり、広間の空気が一気に軽くなった。
「エリアス! 『攻撃上昇』を維持――?
……だめだ、剣先が揺れてる……『疲労回復』と入れ替えるから、体力を温存して!」
聖剣の光が再び強く瞬く。
彼が返す短い「了解」に、熱が戻った。
ヴェルネの羽根の枝から魔弾が降り注ぐ。
姉の光の盾が次々と砕け散る。
次の瞬間、姉に漆黒の枝が槍のように迫った。
「バルド! 姉さんを守って!
『闇魔法耐性向上』を二つ、『防御上昇』に入れ替え!」
「おうっ!」
ギャン――ッ!
バルドの大盾が漆黒の枝を弾き、轟音が響く。
その巨体が動くたび、地面が鳴った。
「フィーネさん! 『命中率上昇』を解除、代わりに『俊足』を二重に!
隙を作る! 牽制を!」
「任せて――!」
彼女の矢が風そのものになった。
光が走り、闇の枝を裂くたびに、嘆きの声が消えていく。
(まだ大丈夫……! 全員、生きてる! つながってる!)
青と白がぶつかり合い、視界が焼ける。
ヴェルネの笑いが、祈りにも似た声で響く。
「――ああ……美しいわ……。
期待以上よ。あなたたち、まるで王宮の舞踏会のよう」
その声に負けじと、エリアスが叫ぶ。
「――黙れ! 世界の嘆きを貴様ごと終わらせてみせる!」
エリアスの斬撃が閃き、ヴェルネの羽根を一枚落とす。
繋がる枝が、果実が――一斉に悲鳴を上げた。
ヴェルネの顔が苦痛に歪む。
今だ!
『姉さん!』
その瞬間、詠唱が結ばれた。
『――聖なる大弓よ!』
光が爆ぜ、白銀の奔流がヴェルネを穿った。
けれど黒い樹木が網のような防壁を築き、枝先から無数の果実が破裂する。
漆黒の雨が降り、床を染める。
(……防がれたっ!)
喉が焼けるように熱い。
けれど――それでも、叫ぶ。
「みんな、次、全力で行くよ!
“希望”で――”絶望”を塗り替える!」
「行くぞ!」
「守る!」
「セレナ、光を信じましょう!」
「ああ、行こう!」
祈りと怒りと希望が一つに重なった瞬間――世界が震えた。
青炎がひび割れ、ヴェルネの黒い涙が宙に散る。
光が閃くたびに、闇の枝が崩れ落ちていく。
(このまま――押し切る!)
五人の視線が交わる。
(そう、私たち五人で倒す!)
***
……どうして届かないの?
指が震え、魔力がすり抜けていくようだった。
防がれるたびに、”希望”の光が小さくなっていく感覚。
さっきの姉の閃光は何度目だっただろう?
足が震え、立っているのも辛い。
私は息を吸い込み、両手を掲げた。
それでも、ちゃんとある。
支援の魔力が糸となって全員とつながっている感覚が。
大丈夫。何度だって。
――まだ勝てる!
「ふふふ……まだ”希望”に縋っているのね。
けれど……ふふ、あなたたちの”絶望”はまだこれですわ――」
豪奢な広間は、血と光に溶け、青い炎がその境界を揺らしていた。
真紅のタペストリーが烈風に翻り、石の床に亀裂が走る。
空気が鳴き、光が震えた。
「さあ――あなたたちの“絶望”を、“嘆き”を楽しませてくださいな?」
一瞬で世界が白黒に揺れ、重力が反転する。
ヴェルネの足元を、紫黒の魔法陣が走った。
光が床を這い、空間が軋み、空気が裏返る。
ここで”転移魔法”――!?
視界が、捻じれ、
ヴェルネの姿が――消えた。
次の瞬間、姉が一歩後ずさる。
ヴェルネは、姉の目の前にいた。
「ふふふ……さあ、舞踏会もそろそろフィナーレ。
”絶望”であなたたちを抱き締めてあげる」
ヴェルネの口元が吊り上がる。
(まずい! 完全に裏をかかれた――っ!)
羽根が枝へと変わり、闇が咲く。
ヴェルネの枝が一斉に抱き締めるように姉へと迫った。
「アリシア!」
「聖女殿!?」
エリアスが走る。――遠すぎる、間に合わない。
フィーネが同時に矢を放つが、ことごとく枝に払われた。
「だめーーーーーーっ!」
バルドは――どこ?
魔力の糸をたどれば……。
ううん。そんな時間無い。
いま姉さんの一番近くにいるのは……私。
その瞬間、私の中で、冷たく時が止まった。
心は氷のように静かだった。
……そっか。今、だったんだね。
(姉さんが倒れれば――魔王を斃せなくなる。
絶対に駄目だ。だから……わたしが。
これは、わたし“自身”の意思!)
――やれる!
術式展開――同時詠唱!
『俊足』×5――!
足元に風が生まれた。
風が、世界を押し出した――。
よしっ!
「間に合ってぇぇぇぇ!」
姉の前に飛び込んだ瞬間、紫の瞳が見開かれた。
姉さん、そんなに驚かないで。
これは、私の意思――
だから、今回はひっぱたかれたって曲げないからね?
姉さんたちなら、きっとヴェルネを斃せる!
だから……みんな、姉さんを――よろしくね?
――。
その瞬間。
床石を蹴る重い金属音が、真横から割り込んだ
目の前に銀の塊が飛び込んだ。
「俺が、守る!」
それは盾じゃなかった。
それは――バルドだった。
姉と私、その両方を包むように。
まるで、二人を抱き締めるように――。
彼はその背で、私たちを確かに守り、
私たちの横でただ一度だけ息を吐き――
小さく微笑んだ。
「バルド?」
甲冑が軋む音。金属が裂ける音。
青い炎が弾け、無数の枝が彼の体を貫いた。
光の粒が舞い、銀の鎧が砕け散る。
彼の背に、私と姉が守られていた。
彼の力強い腕の中で、温もりが、ほんの一瞬だけ強くなった気がした。
まるで、「俺は、守れたか?」と言ってるみたいに――。
遠くで、がらん……と、音がした。
――それは、一度も手離すことのなかった、
大盾が転がる音だった。
空気が震え、視界が静止する。
ぷつん、と一本。魔力の糸がほどけて切れた。
「……嘘……でしょ?」
その瞬間、すべての音が遠のいた――。
どうにか息が音に変わった。
「あなた……どれだけの魂を喰らったというの……!」
ヴェルネは、楽器の弦を弾くように指を動かした。
――音が、消えた。
次の瞬間、空気が波打ち、無数の嘆きが重なり――やがて“歌”になった。
「喰らう? 違いますわ」
紅の唇が、ゆるやかに歪む。
「――“聴いてあげた”のよ。
何万、何百万もの――誰にも届かなかった、哀れな千年の嘆きを。
わたくしが果実に変え、弔って差し上げたのですわ」
羽根のひとつひとつが紫黒の光を孕み、ゆっくりと開く。
その背は、夜空に枝を広げる“黒い樹木”。
幹の表面には、人の顔とも果実ともつかぬ影が無数に蠢いていた。
幾千の魂が、静かに実を結んでいた。
それは――“嘆きの園”。
(あの“魔果”の苗床は、魔物の遺骸なんかじゃない。
苗床は――魔王“そのもの”!)
そのとき――。
広間の隅で、魔族の侍女たちが息を呑む声。
花のような香りが彼女たちを包み、黒衣の裾が光を帯びる。
悲鳴すら――許されなかった。
漆黒の花びらのような光が舞い――
その姿が一瞬のうちに掻き消えた。
代わりに、黒い樹木の枝に果実がひとつ、またひとつ、熟していく。
「――味方の魔族までも……取り込んだの!?」
ヴェルネは両手を胸に添えた。
「……うふふ……”戻した”だけですわ」
祈りのように穏やかな声。
「さあ、皆さんにも分けて差し上げますわ。
――この、甘くて美しい“絶望”を」
ヴェルネが片手を掲げた瞬間、空間が音もなく反転する。
黒い果実が無数に宙へと咲き乱れた。
そのうちのひとつが、私の足元へ――落ちる。
思わず後ずさる。
ぱん――。
果実の膜が裂けた。――そこから、“手”が溢れた。
遅れて、乾いた破裂音が耳を打つ。
何かを求めるように”手”が這いずり、染みのように石床に広がる。
漆黒の雫が床を染め、香りが――世界を満たした。
鉄でも、血でもない。
それは、すべての嘆きを包み込むような甘い香り。
胸の奥の奥まで侵食してくる。
胸の奥が焼けるような、甘くて苦しい匂い。
それは、祈りに似た“絶望の匂い”だった。
***
恐怖に飲まれかけたその瞬間――
エリアスの声が、鋼を打つように広間を震わせた。
「――“絶望”に飲み込まれるなっ!
いつだって“希望”は――僕らの中にある!」
その響きに応えるように、青炎がざわめき、怯えたように揺らぐ。
“絶望”を前にしても、勇者の言葉は揺らがない。
私の凍てついた胸が、にわかに温度を取り戻していく。
エリアスは聖剣を掲げた。
「――集結っ!」
私は動いた――呼吸を置く間もなく。
聖女を中心に、前衛に勇者と騎士。
その背に、弓使いと私。
――四人の英雄と、私。再び揃った“勇者の陣形”。
炎の青が五つの影を包み、
剣と盾と杖と弓と祈りが、ひとつの円を描く。
かつての記憶が蘇り、胸の奥が熱くなった。
今、確かに私は、英雄たちと共に光の輪にいる!
隣のフィーネの瞳がきらりと光る。
(フィーネさん……!)
頬を濡らしていた彼女は、そっと涙を拭い、顔を上げた。
その瞳には、もう迷いはなかった。
――戦う者の光が、再び宿っている。
「心配かけたな、セレナ。
……私ならもう大丈夫だ」
そこには、悲しみを乗り越えた者の微笑みがあった。
弓弦が、きり、と鳴る。
矢羽が微かに震え、炎の反射が刃のように走る。
銀葉の髪が風に揺れ、紅の弓弦が光を放つ。
その矢先は、漆黒の魔王――ヴェルネをまっすぐ射抜いた。
(――いつものフィーネさんだ!)
胸の奥に熱が込み上げる。
また、この光景を見られるなんて――!
「――僕らは必ず――勝つ!」
エリアスの叫びが、青炎を突き抜けて広間に轟いた。
光の粒が宙に舞い、聖剣の刃が太陽のように閃く。
全員が頷き、互いに笑みを交わす。
その一瞬の呼吸が、奇跡よりも尊かった。
私たちは、恐怖ではなく確かな“誇り”で結ばれていた。
そして――彼の短く鋭い指示が飛ぶ。
「バルドはアリシアを守れ!
魔王は――聖女の奇跡か、勇者の聖剣でしか斃せない!
アリシア、防御はバルドに任せて攻撃を主軸に!
フィーネは散らせ! 奴の結界を裂くんだ!
僕は――切り込んで、“聖なる大弓”の隙を作る!」
息を呑む間もなく全員が動き方を理解していた。
これ以上の言葉はいらない。
苦難を乗り越え、お互いを知った私たちは――
今はもう、“ひとつ”だった。
「守る!」
「エリアス、任せて!」
「――ああ、風のように!」
三人の声が重なり、音がひとつになる。
(そうだ……これだ……!)
胸が熱くなる。
これこそ――私たちが歩いてきた、“勇者パーティ”の姿。
けれど――ふと気づく。
あれ……?
エリアス……私は?
一瞬の迷い。
そのとき、エリアスが振り返った。
目が合う。
彼は、柔らかく、懐かしい笑みを浮かべた。
「……セレナは――適切な支援を」
短く、それだけ。
けれど――胸の灯火が燃え上がった。
わかってる!
その言葉はもう、役立たずだからじゃない。
私は――信頼されているんだ!
(……ありがと、エリアス)
思わず笑みがこぼれる。
「わかった! ――任された!」
白杖を握り直す。
私の手に、もう迷いはない。
「魔王を――滅ぼす!」
勇者の叫びが、希望の鐘のように広間を突き抜けた。
その声に、風が応えた。
青い炎がざわめき、空気が震える。
光が散り、剣と祈りの軌跡が交わる。
熱が、広間を満たしていく。
音が、光が、祈りが、すべて一体となる。
そして――
――いま、始まる。
最後の戦いが。
***
――世界が、光と闇に引き裂かれていた。
息を吸うたび、胸の奥が焼ける。
音が、光が、風が――形を変えるたび、空気が震えた。
床石が爆ぜ、紫黒の魔法陣が脈打つ。
ヴェルネの背後では黒い樹木の枝が広がる。
どれだけの時間、戦っていたのかもわからない。
けれど――幾千の果実が嘆きの声を上げ、闇の波が押し寄せる。
(耐えられない――違う……まだ、やれる!)
私は走り回り、支援を繋ぐ。
姉の詠唱が途切れかけ、光が揺らぐ。
私は即座に術式を組み替えた。
「――姉さん、『速度上昇』と『魔力消費低減』、入れ替え!
魔力温存、防御に回って! 攻撃は後回し!」
反射的に頷いた姉が聖杖を掲げ、白光が再び走る。
『――聖なる盾よ!』
花びらのような防壁が広がり、広間の空気が一気に軽くなった。
「エリアス! 『攻撃上昇』を維持――?
……だめだ、剣先が揺れてる……『疲労回復』と入れ替えるから、体力を温存して!」
聖剣の光が再び強く瞬く。
彼が返す短い「了解」に、熱が戻った。
ヴェルネの羽根の枝から魔弾が降り注ぐ。
姉の光の盾が次々と砕け散る。
次の瞬間、姉に漆黒の枝が槍のように迫った。
「バルド! 姉さんを守って!
『闇魔法耐性向上』を二つ、『防御上昇』に入れ替え!」
「おうっ!」
ギャン――ッ!
バルドの大盾が漆黒の枝を弾き、轟音が響く。
その巨体が動くたび、地面が鳴った。
「フィーネさん! 『命中率上昇』を解除、代わりに『俊足』を二重に!
隙を作る! 牽制を!」
「任せて――!」
彼女の矢が風そのものになった。
光が走り、闇の枝を裂くたびに、嘆きの声が消えていく。
(まだ大丈夫……! 全員、生きてる! つながってる!)
青と白がぶつかり合い、視界が焼ける。
ヴェルネの笑いが、祈りにも似た声で響く。
「――ああ……美しいわ……。
期待以上よ。あなたたち、まるで王宮の舞踏会のよう」
その声に負けじと、エリアスが叫ぶ。
「――黙れ! 世界の嘆きを貴様ごと終わらせてみせる!」
エリアスの斬撃が閃き、ヴェルネの羽根を一枚落とす。
繋がる枝が、果実が――一斉に悲鳴を上げた。
ヴェルネの顔が苦痛に歪む。
今だ!
『姉さん!』
その瞬間、詠唱が結ばれた。
『――聖なる大弓よ!』
光が爆ぜ、白銀の奔流がヴェルネを穿った。
けれど黒い樹木が網のような防壁を築き、枝先から無数の果実が破裂する。
漆黒の雨が降り、床を染める。
(……防がれたっ!)
喉が焼けるように熱い。
けれど――それでも、叫ぶ。
「みんな、次、全力で行くよ!
“希望”で――”絶望”を塗り替える!」
「行くぞ!」
「守る!」
「セレナ、光を信じましょう!」
「ああ、行こう!」
祈りと怒りと希望が一つに重なった瞬間――世界が震えた。
青炎がひび割れ、ヴェルネの黒い涙が宙に散る。
光が閃くたびに、闇の枝が崩れ落ちていく。
(このまま――押し切る!)
五人の視線が交わる。
(そう、私たち五人で倒す!)
***
……どうして届かないの?
指が震え、魔力がすり抜けていくようだった。
防がれるたびに、”希望”の光が小さくなっていく感覚。
さっきの姉の閃光は何度目だっただろう?
足が震え、立っているのも辛い。
私は息を吸い込み、両手を掲げた。
それでも、ちゃんとある。
支援の魔力が糸となって全員とつながっている感覚が。
大丈夫。何度だって。
――まだ勝てる!
「ふふふ……まだ”希望”に縋っているのね。
けれど……ふふ、あなたたちの”絶望”はまだこれですわ――」
豪奢な広間は、血と光に溶け、青い炎がその境界を揺らしていた。
真紅のタペストリーが烈風に翻り、石の床に亀裂が走る。
空気が鳴き、光が震えた。
「さあ――あなたたちの“絶望”を、“嘆き”を楽しませてくださいな?」
一瞬で世界が白黒に揺れ、重力が反転する。
ヴェルネの足元を、紫黒の魔法陣が走った。
光が床を這い、空間が軋み、空気が裏返る。
ここで”転移魔法”――!?
視界が、捻じれ、
ヴェルネの姿が――消えた。
次の瞬間、姉が一歩後ずさる。
ヴェルネは、姉の目の前にいた。
「ふふふ……さあ、舞踏会もそろそろフィナーレ。
”絶望”であなたたちを抱き締めてあげる」
ヴェルネの口元が吊り上がる。
(まずい! 完全に裏をかかれた――っ!)
羽根が枝へと変わり、闇が咲く。
ヴェルネの枝が一斉に抱き締めるように姉へと迫った。
「アリシア!」
「聖女殿!?」
エリアスが走る。――遠すぎる、間に合わない。
フィーネが同時に矢を放つが、ことごとく枝に払われた。
「だめーーーーーーっ!」
バルドは――どこ?
魔力の糸をたどれば……。
ううん。そんな時間無い。
いま姉さんの一番近くにいるのは……私。
その瞬間、私の中で、冷たく時が止まった。
心は氷のように静かだった。
……そっか。今、だったんだね。
(姉さんが倒れれば――魔王を斃せなくなる。
絶対に駄目だ。だから……わたしが。
これは、わたし“自身”の意思!)
――やれる!
術式展開――同時詠唱!
『俊足』×5――!
足元に風が生まれた。
風が、世界を押し出した――。
よしっ!
「間に合ってぇぇぇぇ!」
姉の前に飛び込んだ瞬間、紫の瞳が見開かれた。
姉さん、そんなに驚かないで。
これは、私の意思――
だから、今回はひっぱたかれたって曲げないからね?
姉さんたちなら、きっとヴェルネを斃せる!
だから……みんな、姉さんを――よろしくね?
――。
その瞬間。
床石を蹴る重い金属音が、真横から割り込んだ
目の前に銀の塊が飛び込んだ。
「俺が、守る!」
それは盾じゃなかった。
それは――バルドだった。
姉と私、その両方を包むように。
まるで、二人を抱き締めるように――。
彼はその背で、私たちを確かに守り、
私たちの横でただ一度だけ息を吐き――
小さく微笑んだ。
「バルド?」
甲冑が軋む音。金属が裂ける音。
青い炎が弾け、無数の枝が彼の体を貫いた。
光の粒が舞い、銀の鎧が砕け散る。
彼の背に、私と姉が守られていた。
彼の力強い腕の中で、温もりが、ほんの一瞬だけ強くなった気がした。
まるで、「俺は、守れたか?」と言ってるみたいに――。
遠くで、がらん……と、音がした。
――それは、一度も手離すことのなかった、
大盾が転がる音だった。
空気が震え、視界が静止する。
ぷつん、と一本。魔力の糸がほどけて切れた。
「……嘘……でしょ?」
その瞬間、すべての音が遠のいた――。
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挿絵はA I画像を使用
10/20 第一章完結
12/20 第二章完結
2/16 第三章完結
他サイト掲載
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