【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷むぎ

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第三章 魔王決戦編

第九十六話 百年の恋

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『ありがとう、セレナ』

涙を堪えるように震える声だった。
胸の奥で、何かが弾けた。

(――届いた!)

広間の音が遠のき、鼓動だけが胸の奥で響く。

――世界が光と音を失った。

その闇の底で、二人のエルフが佇んでいた。
私は、ただ静かにそこにいた。

『そこにいるのは……フィーネ……。
 いや、オルフィなのか?』

闇に立つガルヴァンの瞳は灰色だった。
黒甲冑ではなく、灰色の衣をまとっていた。

(きっと……フィーネさんの記憶の中のガルヴァンさんだ……)

フィーネは小さく首を振った。
闇の中、髪飾りを付け、新緑のドレスを纏った彼女は、ほんの少し幼く見えた。
銀葉の髪が揺れ、かすかに光る。

『ええ……そう。私はオルフィ……。
 私の時間は、あのときから止まっていたみたい……』

その瞬間、暗闇が赤く染まった。
遠くで何かが爆ぜ、風が熱を運んだ。
次の瞬間、耳をつんざく轟音とともに――森が燃え上がった。

『でもね。もう、あんな惨劇は見たくないの。
 だから、みんなの未来を見届けたら、
 あなたと――どこかで静かに、罪を抱えて生きたい……』

フィーネの肩が震え、頬に二筋の涙が光る。
若き日のガルヴァンが、一歩近づいた。

『だめだ――飲まれるな!』

二人の息が触れ合い、炎の光が影を揺らした。

『魔族は……“愛”を掲げても、自由にはなれない。
 それに――エルネスティの民を見殺しにした俺に、
 お前と永遠を生きる資格など――ない!』

俯いて立ち尽くすガルヴァン。
幼いフィーネが、そっと彼に近寄る。

二人は見つめ合い、言葉が静かに重なった。

『それでも……あなたを――』
『俺は……お前を――』

わずかな沈黙。

呼吸が重なった瞬間、時間がねじれた。
景色が変わる。――森。木と草の香りが満ちている。

いつの間にか、二人はエルフたちに囲まれ、私もその輪にいた。
やがて、ひとりの銀葉の髪のエルフが進み出る。

フィーネの目が丸くなる。

「……兄さん!?」

ガルヴァンが半歩、後ずさる。

「俺は……」

エルフの王子の優しい眼差しが、二人を包む。

「謝るな。
 お前は主に逆らい、私と妹を救い出したのだ。
 私も……民も、お前に感謝している」

彼は微笑むと、二人に花冠を載せた。

「……我が友、ガルヴァン。我が妹、フィーネ。
 二人に祝福を!」

二人の頬に笑みがこぼれる。
木漏れ日の中、二人は見つめ合った。

光がふっと揺れ、
胸の奥で二つの鼓動が、ひとつになった。

『――今でも愛してる――』
『――ずっと、愛してる――』

二人は静かに抱き合い――喝采の中、
緑と灰が光の中で溶けていく……。

(ああ……百年の恋が、いま実ったんだ……)

――木漏れ日が揺れた。
それは、森に眠るすべての魂が微笑んでいるようだった。

胸が痛い。けれど、じんわりとあたたかい。

これがどんな結果をもたらすのかは――
私にもわからない。

けれど――こんなに胸があたたかいんだから。
悪いことのはずがない。

『お願い! フィーネさん、ガルヴァンさん――
 もう後悔しちゃだめ!』

(どうか、この想いが届きますように!)

次の瞬間、胸の奥で光が弾けた。

***

(……この光が消えるのが、少しだけ怖い……)

そう思った瞬間、光が弾け、音と色が戻った。
――その光の中に、影が落ちる。

メルヴィスが飛び跳ねながら声を上げた。

「わーい! 遊んでいいの!?
 それじゃあ、いっくよ~!」

ヴェルネは目を細めたまま、にっこりと笑う。
冷たい微笑みが広間を覆い、
地面が震え、遠くで巨体がうごめき出す気配がした。

椅子が倒れ、金属が擦れる音。

「やめろ――っ!」

エリアスは聖剣を抜き、飛び出した。
バルドも盾を構えて突進し、姉も聖杖を掲げた。
私も白杖を構え、支援の術式を瞬時に計算する。

――その瞬間だった。

一瞬の風――そして、空気が止まった。

何が起こったのか分からないまま、世界がゆっくり傾く。
次の瞬間、青い光の中で、何かがくるくると回った。

空気を裂く金属の唸りが、青い光の中を奔った。
メルヴィスの切り離された首が舞う。

「…………え?」

エリアスも、バルドも立ち止まる。
姉の詠唱も――宙に溶けていく。

ガルヴァンはその場から動いていない。
けれど、槍を振り切った体勢のまま、赤い瞳だけが静かに光っていた。

ころん。

「……ひっどいなぁ、ガルヴァン。
 せっかくの術、解けちゃったじゃん」

床を転がる首が喋った。
メルヴィスの体は勝手に歩いて段差で転び、
四つん這いになると、失った首を探すように這い回る。

外から地鳴りと、歓声が聞こえた。
巨人が――解放された?

ヴェルネの赤い瞳が、ひやりと細められた。

「――ガルヴァン? 裏切るのかしら」

その瞬間、ガルヴァンの鎧から黒い瘴気がはみ出し、ぴしりと締まった。
ガルヴァンは槍を引き寄せ、ぐっと拳を握り締める。

転がるメルヴィスの頭が、「今言う?」とでも言いたげに跳ねる。

「……俺は――魔王ヴァルディウス様に忠誠を誓った」

「まあ。そう? けど……ふふ。
 今の魔王は――“わたくし”よ」

ヴェルネの声が甘く冷たく響く。
青い炎が再び彼の鎧を包み込み、黒い瘴気が槍を這い上がる。

槍を握る手が震える。
その震えは、迷いか、抵抗か。
けれど――やがて、動きが止まった。

「……ガルヴァン?」

フィーネが小さく名を呼ぶ。

その声に、彼の瞳が一瞬だけ揺れた。
だが、次の瞬間、真紅に染まる。

「――あの子、フィーネ姫を殺しなさい」

ヴェルネの命が落ちた。

「承知した」

音もなく、槍がゆっくりと上がる。

フィーネは、もう逃げなかった。
静かに目を閉じ、薄く微笑む。
――まるで、人生そのものに満足したかのように。

「だめだ! 諦めちゃ、だめ――っ!」

叫んだ瞬間、ガルヴァンの視線がほんの一瞬だけ私に流れた。
その瞬間、何かが伝わる。

『……オルフィを頼む――』

そう言っていた気がして――

(わかった。フィーネさんは任せて。
 ――けど、あなたは……どうするの?)

白杖を握る手に力を込める。
即座に計算。

フィーネさんは死ぬ気だ。
『防御上昇』はきっと意味がない――。
姉さんの結界は、たぶん間に合わない。

だから――

「エリアス! バルド!」

二人が即座に頷く。

「任せろ!」
「おう!」

『俊足』×5――!

五重の支援が二人の足元に重なった。

二人が動いた――。

――青い炎が、彼女の頬を照らす。
ガルヴァンの影が重なる。

――その瞬間。

ギャン――ッ!

「むうん!」

フィーネの前に立ちはだかったバルドの盾が、漆黒の槍を正面から受け止めた。

「――止めるっ!」

エリアスの叫びと共に、白光が走った。
金属が砕ける音。
時間が裂けるような閃光。

一瞬の出来事だった。

けれど――

「――なっ! なぜ……?」

エリアスの短い声。
そして、聖剣の光に貫かれる瞬間。彼は――微笑んだ。

あの森でのエリアスとガルヴァンの攻防を想い出す。

確かにいまのエリアスの斬撃は鋭かった……。
けれど、彼なら間違いなく防げたはず――。

「……オルフィ……あれから百年……済まなかった……。
 ……けれど――最後にお前に会えて、よかった……」

ガルヴァンの身体が、音もなく崩れ始めた。
蒼い光が散り、傷口から黒い瘴気が漏れ、床に黒い液が滴る。

からん、と槍が落ちた。

「ガルヴァン!」

フィーネが駆け寄り、抱きかかえる。
彼の腕がわずかに動き、フィーネの頬へと伸びる。

赤い瞳が、灰色に戻る。
その顔は、あの幻で見た百年前の青年。

フィーネの頬に一筋の涙。
彼の手が、彼女の頬をそっと撫でた。
彼女の手がそっと重なる。

「……ふふ……お前は泣き虫だな……」

そして――フィーネの顔を焼き付けるように。
彼は静かに目を閉じた――。

フィーネが握った彼の手が、ぱらりと崩れた。

やがて彼はフィーネの腕の中で崩れ、塵となり――
フィーネの周りを青白い奔流となって流れた。
やがて、天に昇るように広間の天井へと吸い込まれていく。

……背負い続けた罪が、静かに洗い流されたかのように。

青炎が揺れ、最後まで残っていた一粒の光が天に昇り――
広間に、静かな沈黙が落ちた。

残された漆黒の槍先だけが、鈍く光っていた。

……私の胸に悲しみが満ちる。
それなのに、世界は止まらない――。

***

――次の瞬間。
空気が、ふっと“香った”。

甘く、それでいて鉄の匂いのように冷たい。
血と涙と夜の花をひとつに溶かしたような匂いが、世界を静止させた。

「まあ……そうやってわたくしを捨てて滅ぶのね。
 ええ、みんなそう。
 母も、父も、あなたも――わたくしを置いていく。
 ……いいえ、もう慣れましたわ」

(……ヴェルネ……あなた、哀しいの……?)

「――メルヴィス?」

――沈黙。

「待って! そっちじゃない、こっちだよ!」

床を転がる首が喋った。その声だけが、まだ笑っていた。
一方、首の無い身体はまだ明後日の方向を這いまわっている。

「……仕方がありませんわね」

ヴェルネは、首をわずかに巡らせ、ふうとため息をついた。

「いいわ。次は――わたくし自らお相手しましょう」

鈴を転がすような声。

微笑みを湛え、
まるで舞踏会の誘いを受ける王妃のように。

けれど――。

ヴェルネがゆっくりと玉座から立ち上がった瞬間――
ただそれだけで空気が震え、時間が止まった。

紅の唇がわずかに歪み、瞳の奥に紅い灯がともる。

「……ねえ、皆さん。
 ご存じかしら?
 魔王の力は――“嘆き”の深さそのものなの」

足元から青い炎が立ち昇る。
そのゆらめきは、まず紫に染まり、次いで紅に――やがて漆黒へ。
夜と血と祈りが溶け合い、ゆるやかに“海”を成した。

次の瞬間、ヴェルネの頬に二筋の亀裂が入った。

その亀裂は脈打ち、隙間から黒い涙が滴る。
滴るたびに床が焦げ、煙が立ちのぼる。

まるで世界の悲しみをすべて背負ったかのような、
“亀裂”がそこにあった。

「わたくしね、“魔果”を――毎日、食べてますの。
 千の嘆きから生まれた果実を――毎日、毎晩……」

背後の空間が、音を立てて裂けた。
空気が反転し、闇と光が交錯する。

――その瞬間、世界に“魔”があふれ出した。

ばさり――。
ばさり――。

それは一対ではなかった。
左右に幾重もの翼。
ひとつひとつの羽根の内側には、顔のような、手のような、祈りのような影。

空気が押し返され、胸の奥で鼓動が跳ねた。
見るたびに数が変わり、増えていくように錯覚する。

――そのすべてが。

一斉に嘆きの声を上げた――。

魂が凍り付き、その光景を、誰も言葉にできなかった。
息をすることすら――恐ろしいほどに。

喉が固くて、息も呑めない。

『……”今の”魔王には――勝てない』

かつてのガルヴァンの言葉。

そこにあったのは――“絶望”。

「――これが、魔王……ヴェルネ!」

その名を呼んだ瞬間――。
世界が、嘆きに呑まれた。
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