水神様に溺愛されたら、死に戻り巫女になりました。――たとえ何度あなたを忘れても、私はきっとまた恋をします。

猫屋敷 むぎ

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第一部 ユイ編 第一章 

第五話 水神と贄

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大きな石が顔に直撃した瞬間、視界が真っ赤に染まった。

遠のく意識の中――

痛い。

痛みや苦しみには、とうに慣れていた。
けれど、それ以上に。

救われない。
その事実の方が、よほど痛かった。

沈みながら、ふと思った。

――ああ、私は、ここでは生きられないんだ。

……なんで、こんな酷いことを。

心の底でぼそりと呟いた瞬間、
胸の奥に、黒い熱がぐつぐつと湧き上がる。

(――あいつら、生き延びて……。
 絶対に……殺してやる)

声にならない怒りが、どろどろと滾る。
困惑に歪む目、嘲り、石、罵声。
喉の奥に焦げ跡ができるような、漆黒の熱。

息が詰まるほどの、濁った炎。

その瞬間だった。

暗闇の底から、記憶がよみがえった。

妹の泣き声。
幼い、震える声。
あれが、胸の奥でまだ生きている。

そして――思い出した。

村の風習。
水神に村を守ってもらうための、生贄の儀。

年に一度、清らかな乙女を“巫女”として捧げる掟。

そして、今年選ばれたのは――妹だった。

私は、

妹に隠れて、身代わりを申し出た。
まだ私の人生の半分も歩んでいない妹が、湖に沈められるなんて。
耐えられるわけがなかった。

両親は泣いた。
逃げられたらいいのに、と震える声で言った。

しかし掟を破れば、家族が死ぬ。
だから私は願った。
私の代わりに、妹を大切にしてほしい――と。

だから私は死ななきゃならなかった。
そう、決めたはずだった。
妹と家族を守るために。

……なのに。

何度死んでも、私はこうしてまた水に戻る。
何度も、何度でも。

これには、きっと理由がある。
そうでなければ、こんな理不尽は続かない。

理由も知らず、ただ死に続けるなんて――
それだけは、もう嫌だった。

理由があるなら、確かめたい。

どうして私は生き返るのか。
なぜ、この苦しみが終わらないのか。

だから私は、もがく。
復讐のためじゃない。

まだ誰なのかはわからない。
けれど、彼に――愛する人に、お別れを言うまでは。

それが理由だと気づけるまでは。

――終われない。

再び、深い底から声が響いた。

――また、おいで。

そして私は、闇に飲み込まれた。

***

ぽちゃん。

また、冷たい水の中。

でも、私はもう迷わなかった。
手早く足元の重りを外し、鉄の塊が沈むより早く蹴り落とす。

水面へ。
光へ。

だが、小舟の近くに浮かぶわけにはいかない。
また石を投げられ、沈められるだけ。

私は空気を求める肺を抑えつけて横へと泳いだ。
装束がまとわりつき、身体は冷たくて重い。

それでも、何度も死んだおかげで、
私はもう“泳ぎ方”を覚えていた。

息が続く限り、遠くへ。
少しでも、遠くへ。

水面から顔を出すと、遥か向こうに小舟の影。
怒号、石の落ちる音。
でも、もう何も届かない。

私は大きく息を吸い、湖の中央へ向かった。

そこには――朽ちた小さな島。

あそこだ。

理由はわからない。
けれど、あそこへ行かなきゃいけないと身体が告げていた。

水は冷たく、何度も身体が沈みかけた。
それでも手足が覚えていた。

こうすれば前へ進む。
こうすれば沈まずにいられる。

少しずつ、確実に島が近づき、
ついに指が岸に触れた。

泥に指を沈め、身体を引きずるようにして上がる。

肺が焼けるほど苦しい。
喉は血が混じるほど痛む。

それでも私は、這うように島の奥へ進んだ。

そこにあったのは、朽ちた祠。

苔むした石。
長く人が訪れていない、古い場所。

その前には、小さな舞台。
薄汚れた木の床。
なのに真ん中だけ、わずかに光沢が残っている。

ここで――誰かが舞ったのだ。
生贄の少女が。

だったら、私はこの場所を知っているはずだ。

そう。
確かに、知っている。

巫女の装束を纏い、舞を捧げた自分の姿が脳裏に浮かぶ。
そして、小舟へ乗り――湖へ沈められた。

私は祠の前で膝を折った。

冷たい風が頬をかすめた、その瞬間。

気づいた。

祠の奥。
舞台の向こうの池の水面に――誰かが立っている。

池の中央。
水の上に、ゆらりと揺れる人影。

私は、その姿を知っていた。

そこには、一人の青年が立っていた。

まるでそこが地面であるかのように。
水面を踏みしめ、微動だにせず。
淡い光をまとい、静かにこちらを見つめていた。

「神……様?」

声が震えた。

その姿に、覚えがある。
いつ、どこで、どうして――
思い出せないのに。

なのに、胸が苦しいほど懐かしい。

「あなたは……誰……?」

水面の青年は、淡々と、冷たく、
けれどどこか優しさの影を宿した瞳で――

まるで“確かに知っている者”を見るように、
静かに私を見つめていた。
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