オートマーズ

小森 輝

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6章 火星探査部全員集合

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 それからも大葉部長の説明は続きました。
 オートマーズの装備は右腕にあるワイヤーの他にも、左腕に小さなシャベルが入っていたり、指先には採取用の小型なカプセルが入っていたり、腰には登山用のピッケルが入っているなど、他にもたくさんの装備を紹介してくれました。ただ、残念ながら私の記憶力はそれほどよろしくはないので、オートマーズの装備も両手の二つぐらいしか覚えていませんし、その後に話してくれた火星の注意事項なんかは、半分意識を失っていたと言っても過言ではありません。完全にキャパオーバーでした。大葉部長からも「ゆっくり覚えていけばいいですから」とフォローされてしまったほどです。
 そんな状態で迎えた土曜日。
 詳しい話は忘れてしまったのですが、今日の火星探査は遠出をすると聞いています。それなのに、装備もろくに覚えていない、火星の注意事項は話すら聞いていないような私がピクニック気分で一緒について行ってもいいのだろうかという疑問はありますが、入部届けも提出していますので、今更、断ることもできず、私は学校に来ていました。
 いつもなら学校が休みで、家から出るどころか、まだベッドの上で寝ているかもしれないような時間帯です。
 いつもと違う学校は、静けさに包まれて不気味さを感じると思っていたのですが、そんなことはありませんでした。休日だというのに、学校には部活動をしにきた生徒がたくさんいます。運動部のかけ声はもちろんですし、朝から吹奏楽部が吹き鳴らす楽器の音を聞くのは、なんだか新鮮な感じがします。
 まだ午前中なのに放課後のような気分を味わいながら火星探査部の部室へと向かったのですが、ゲーム部の視線が突き刺さる中だというのに、扉の前で立ち止まりました。
 未だに踏ん切りがつかないとか、自信がないとか、断りたいとか、そう言った感情ではありません。
 部室の中から明らかに異常な声が漏れ聞こえているのです。
「あぁ……そこぉ……そこがいい……ほら、もっと強く……」
 声は女性の声、それも大葉部長でも城山先生の声でもありません。
 それだけではありません。耳を澄ませば、男性の声も聞こえてきます。
「もうこれ以上は無理ですって。これ以上は出ません」
 この声は、間違いなく彦君の声です。大葉部長という人が居ながら、彼は何をやっているのでしょうか。女性の甘い声にいやらしい想像をしてしまいますが、性欲盛んな男子高校生といっても、流石にこんな進学校で不純異性交遊なんてあるはずがありません。ましてや、成績優秀な彦君に限ってそんなことは……いや、それがストレスになっている可能性だってあります。
 ともかく、今、部屋の中に入るのは得策ではないということだけは分かります。
 しかし、どうするべきなのでしょうか。優等生なら即刻先生に報告するべきなのでしょうが、残念ながら私は優等生ではありません。それに、この不祥事で火星探査部が廃部になんてなったら大変です。もちろん、私には愛着も何もありませんが、大葉部長は違います。昨日の説明にも力が入っていましたし、何より、3年生です。誰よりも火星探査部への愛着は強いはずです。そんな大葉部長を裏切ってしまうようなことをしてしまっていいのでしょうか。
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