炎と風の反逆者

小森 輝

文字の大きさ
上 下
4 / 70
襲来する紅蓮の女王

炎と風の反逆者 4

しおりを挟む
 寝ていた間の遅れを取り戻すためにも、とりあえず、板書でもノートに写しておかなければ後々の授業に響いてしまう。
 板書の内容が黒板に書いてあるはずなので、顔を上げ、板書を眺めていたが、寝る前に写した内容と、どうにも繋がらない。
「消されたか……」
 どうやら、結構、寝ていたらしい。
 このまま、消されていない部分を移しても、きちんとノートに纏まらないだろう。
 今日の授業分は、復習するときにでも適当にでっち上げるしかないようだ。その作業を考えるだけで憂鬱になり、深いため息が出てしまう。
 そして、そっとノートを閉じ、再びため息を吐いてしまう。
 すると、視界の端から自分のではないノートが申し訳なさそうに机の上に滑り込んできた。
 ノートが差し出された方向を目で辿っていくと、そこには、此方に視線を送りながら得意げに親指を立てている紀彦の姿がある。
 今時、親指を立てるなんて痛いポーズをする奴がいたとは……
 それでも、授業中にもかかわらずノートを貸してくれる親切な友人には、それなりの誠意を見せなければなるまい。別にしたいわけじゃない。ちょっとかっこよかったなんて思っていない。不本意なのだが、本当に不本意なのだが、ポーズを決めている紀彦に力強く親指を立てて見せた。
 あまり時間を掛けていては紀彦に悪いので、余韻に浸るのはこの辺にしてノートを写させてもらうことにする。
 紀彦のノートを開くと、美しい字体が規則正しく並んでいた。さすが俺の親友と言ったところだな。
 俺は素早く自分のノートと見比べ、意識が途切れる前まで写した個所と同一の部分を見つけた。そして、風のようなスピードで文字を移していく。
 所要時間はたったの5分。
 すべて写してしまったが、紀彦もまだ書いていない板書があるようなので、ノートをそっと返し、今度は板書を書き写す。
「うん、上出来だな」
 全ての板書を移し終え、改めてノートを見る。
 この短時間にしては、実に綺麗な文字を並べられた。
 ノートを貸してくれた紀彦はどうだろうかと思い、隣を見ると、あちらも終わったようで先生に気を遣いながらも少し伸びをしていた。
 俺も肩が凝ってしまったので自分で揉み解していると、教室にチャイムが鳴り響いた。いつの間にか、授業時間は終わってしまったようだ。
 授業が終わったのならば、教師に気を使うことはない。
 俺は立ち上がり、固まった体を解していく。
 そんな俺とは対照的に紀彦は机に突っ伏していた。
「お疲れ様。ノート助かったよ」
「これぐらい、どうってことないって」
 紀彦は机から起き上がって見せたが、椅子の背もたれには深く寄り掛かっている。どうやら、相当、疲れたらしい。
「大丈夫か?」
「これで貸し1だな」
「紀彦には、借りばっかり作っている気がするな……」
「別にいいって。そのうち、誘には一括で返してもらうつもりだからよ」
「その時は善処するよ」
 まあ、めったに頼みごとをしない紀彦の頼みごとならばどんなことだってするつもりなのだが、まあ、こいつの頼みごとといったら大体、あいつ関係のことだろうから苦労はしないだろう。
しおりを挟む

処理中です...