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 あれから僕は安心して眠り、目を覚ましたのだが、やはり、全裸の悪魔はそこにいた。昨日の出来事は夢ではなかったのだ。まあ、まだ僕が幻覚を見ているという可能性は否定できないが。
「頭を打ったとかでもないし……。悪い夢だったらよかったのに……」
 しかし、改めてみると、酷い格好だ。いい歳の青年が、全裸のままベルトで縛られているのを朝から目にするなんて、今後の人生の中でもありはしないだろう。貴重な経験と言うよりかは……。
「最悪な体験だな……」
 朝からこんなものを見せられて頭を抱えるなんて、人類史上最悪な寝覚めなのではないのだろうか。やはり、払ってもらうべきか。しかし、曖昧な理由で親がお払いのお金を出してくれそうもないし、もちろん、僕のお小遣いからも出せそうにない。まあ、ベルトで縛っていればただの悪趣味な置物のようなものだし、このまま放置しておいてもいいだろう。
「それにしても、動いてないけど……大丈夫だよな?」
 目隠しをしているので、寝ているのかどうかもよく分からない。死んだ、のなら、それはそれでいいだろう。こいつは人間ではなく悪魔なので、消えてもらっても僕はかまわない。でも、悪魔なら死んだら消えるのではないのだろうか。だとしたら、まだ生きているということだろう。
「起こして騒がれるのも面倒だし、このままにしておくか」
 そう思い、悪魔はこのまま放置して、僕は部屋から出た。
 いつもと変わらない朝食の風景。いつもと変わらない早朝の支度。
 本当に何事もなかったのかのように、日常は進んでいき、支度を終えた僕は学校へと向かった。
 今朝の光景なんて忘れてしまうほどの清々しい朝だ。
「そう言えば、あの悪魔が言ってたっけ。「この世界に主人公ではない人間はいない」って」
 なんだか、この青空が僕を祝福してくれているみたいだ。まるで、僕にスポットライトが当たったかのように。
 でも、実際はそんなことはない。
 なぜなら、僕の一番近くにいる友達が誰よりも輝いているからだ。
「おはよう、精志郎。なんか、今日は特別天気がいいよね」
「おはよう、菊臣。僕も今日はいい天気だと思ったよ」
 空が祝福していたのは、おそらく僕ではなく菊臣のことだったのだろう。結局、僕にはスポットライトは当たっておらず、菊臣に当たっているスポットライトの光が僕のところまで届いているだけだったのだろう。
「菊臣? どうしたんだ? なんか、元気がないみたいだけど……。もしかして、悩み事とか?」
「ん? いや、そんなんじゃないよ」
 あの悪魔のことを悩み事と言えばそうなのだが、例え友達の菊臣にだってこんなことはいえない。
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