インキュバスには負けられない

小森 輝

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「その……またあの子が来ていてさ……」
「あの子……?」
 正直、あの子と言われてもピンとこない。ただ、このピンとこないは思い当たる節がないという意味ではなく、思い当たる節が多いからだ。いつもいつも、菊臣のことを狙いにくる女子が僕のところへ来るので、あの子と言われても検討がつかないのだ。
「ほら、昨日、朝と放課後にいたあの子だよ」
「あぁ、あの子。今日も来てたのか……」
 それは記憶に新しい。あの小さくて気の弱そうなアスキーボイスの少女か。
 どうやら、あの少女が今日も諦めずに来ていたようだ。
 あの少女の執念……いや、あの少女を使って僕を呼び出そうとしている者の執念はなかなかに強いらしい。これは流石に会いに行くしかないのだろうか。
 そんなことを考えていたら、菊臣の口から思わぬ言葉が飛んできた。
「お前は気づいてないかもしれないから教えておくけど、あの子、男だぞ」
「…………え?」
 男というのは、つまり性別としての男と言うことだろう。それ以外には考えられない。
「なるほど、私が抱いた違和感はそれか……」
 どうやら、この悪魔が昨日何か気づいたのはそのことのようだ。性欲を司る悪魔なだけあって、見た目に惑わされずに気づいたと言うことなのだろうか。
 しかし、僕には信じられない。あの見た目で男だなんて……。
「で、でも、スカートはいてたし……女子の制服だったし……」
「うん。彼、トランスジェンダー、性同一性障害らしいんだ。体は男だけど心は女性っていう……」
 それは今の僕たちにとっては繊細な病名だ。僕は男性として男性の菊臣に好意を抱いているし、菊臣も男性として男性の僕に好意を抱いてくれている。性同一性障害とは違うが、枠組みとしては僕たちもそこに入っている。
「気になって部活の仲間に聞いたんだけど、彼、名前は甲亜和瀬(きのえ あわせ)って言うんだけど、中学までは普通の男子生徒だったんだけど、高校から制服を女子の制服に変えたんだって。だから、同じ中学の人も彼との接し方に困ってるみたいだし、クラスからも少し距離を置かれているらしい」
 菊臣がそんな人間ではないのは知っているが、ここまで説明してくれるということは、冗談などではないのだろう。つまり、少女だと思っていたあの子は男でまちがいないということだ。
 しかし、それでは僕を呼び出しているのは一体なぜなのだろうか。そこだけが分からないまま授業が始まってしまい、僕の頭は混乱したまま授業をすることになった。
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