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前編~ことの起こり~
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「じゃあ、先輩。……お願いします」
「……おう」
正座して見上げる倉持の目の前で、胸元に当てたタオルをはらりと落とす。倉持が唾を飲み込む音が俺の耳にまで届いた。これから純情を捧げる生娘の気分だ。実際の俺は三十路も間近のおっさんだけど。
「あぁ……」
耐えきれない、とでも言わんばかりに、倉持の口から感嘆の声が漏れる。その視線はただ一点というか厳密に言えば二点、俺の両の乳首をまっすぐに突き刺している。
なんでこんなことになったんだっけ。頭の隅にちょっとだけ残る、冷静な自分が自分に問いかける。
ああ、そうだ。
ことの起こりは、今から一時間ほど前のことだった。
「ああ~っ、だから俺はもう駄目です、俺はもうおしまいなんですよぉ、せんぱぁい……!」
絵に描いたようなくだを巻きながら、倉持はビールの缶をテーブルに叩きつけた。飲み口から僅かに飛沫が跳ねる。俺こと垣内康成および、俺の後輩である倉持誠太郎。総勢二名の豪華メンバーによって開催された、またしても彼女に振られた倉持君を慰めようの会夜の部(開催:俺宅)は、四本目の500ml缶ビールによって盛大な佳境を迎えようとしていた。
「うるせーなあ。だから何がおしまいなのか言ってみろって」
「言えないっすだから、それはいくらヤス先輩相手でも絶対に言えないんですよぉっ」
「あーもう、酔っ払いがよー」
ぐすぐすと鳴った倉持の鼻は、酒と涙と鼻水のせいで皮を剥かれたみたいに真っ赤だ。せっかくの男前が台無しだからやめてほしい。とは言えこの状況でそんなことを言うのもかわいそうなので、本人には口をつぐんでおく。
「俺から見りゃお前のどこが駄目なのか全然わかんねーけど。いやそりゃ今この瞬間のお前は大概だけど、にしたって別れるようなことではねーだろ」
「うぅっ……せんぱぁい」
「あー、泣くな泣くな。そんな凹まなくてもいいよ、お前はじゅーぶんいい男だよ。見た目も中身もさ」
「ふぐぅ……」
涙をだだ漏れに漏らした倉持が、角を挟んで座る俺の肩にしがみつく。ちょっと高鳴る心臓を、悟られないように密かに息を吐く。
倉持に告げた言葉は、慰めじゃなく心からの本心だ。倉持は、いい男だ。ちょっと優柔不断なとこがあるにしろそれは優しさの裏返し、むしろ一度やると決めたらきっちりケジメをつけられる男だ。短くない付き合いの中で、こいつのいいところは全部俺がわかってる。
外見だってどこにもソツがない。背が高く体つきも男らしくそれでいてむさ苦しくもなく、何より顔がいい。いやマジで顔がいいのだ、こいつは。甘やかでありながら27という年齢に従って幼さの抜けた顔つきは、キリッとしたときとふにゃっとしたときのギャップがまた庇護欲をそそるというか。なんせノンケのはずの俺でもたまにうっかり見惚れてしまうくらいだ。いや、ノンケのはずだよ俺は。過去に恋した相手は全員女性だったし。別にこいつを思って抜いたりはしないし。ちょっとたまに夢に倉持が出てきて、翌朝妙に幸せな気持ちになったりするくらいしか心当たりないし。うん。
とにかく正直この顔だけでも女はこいつを逃がさないと思うんだが、なのに前の彼女にも前の前の彼女にも一方的に振られてばかりってのは俺にとって長年の疑問だ。こいつが言えない駄目なことってのは、そこまで人間の度を越した駄目なことなのか。怖さと共に好奇心も疼く。だが同時に俺は、ほんのちょっとだけ嬉しさも感じていた。その駄目なこととやらがある限り、倉持は女に振られては俺の元に慰められに来る。自分でも性格悪いなとは思うが、それは俺にとって明確に喜ばしい事態なわけであって。なんでかって? 知らない。知らないですわよそんなの。
自分の中の悪い自分から目を逸らし続けていると、肩にしなだれかかった倉持がぽつりと呟いた。
「あぁ……もう駄目だぁ。もう俺、このまま一生童貞貫いて死んでくしかないのかなぁ……」
「……えっ?」
「あっ」
しまったとばかりに倉持が口を塞ぐ。だが俺の耳はその重要なワードを聞き逃してはいない。童貞。童貞って、まさか、こいつが?
「倉持、お前……童貞なの?」
「えっ、あっ、いや…………その……」
「嘘ぉ……いやだってお前今までも彼女いたじゃん、しかも何人も」
「……うぅ」
消沈して黙り込む反応からして、どうやら嘘や冗談の類ではないらしい。マジかよ。この優男然とした面の下に、どんな秘密を隠し持ってるってんだこいつは。あまりにも気になりすぎるが、何度も愚痴に付き合ってきた俺ですら、彼の欠点とやらには皆目見当がつかない。そんなに頑なに隠すってのは、つまり倉持にとって重大なコンプレックスってことだ。
「うん、まあでも、そうだな。無理には聞かねーよ。言いたくないんだろ、お前」
「うっ……や、ヤス先輩っ」
「うわっ、ちょっ……!」
倉持は感激したように俺に飛びついてくる。プルタブ開けたての二本目のビールを、今まさに口に運ぼうとしていた俺の胸に。バランスが崩れる。缶いっぱいの状態からこぼれたビールが、盛大に俺のTシャツにぶっかかる。
「うわっ、つめって!」
「わあっ、すいませんっ!」
「もー、何やってんだよ……」
ぶちぶちと文句を垂れながら、びしょ濡れになったTシャツを脱ぎ捨てる。あーくそ、酒臭え。露わになった胸元を洗いに行くために立ち上がった。
「おいちょっと倉持、Tシャツ出してくれよ。そこのタンスの二段目」
「……ぁ」
「倉持?」
テーブル越しに声を掛けた俺を、倉持はなぜか呆けたような面でじっと見上げている。タンスを開けに行くどころか、俺の胸の辺りを見つめたまま微動だにしない。心配になって一歩近づき、呆けててすら良すぎる顔を覗き込む。
「どうした、お前。酔いすぎた? だいじょぶか?」
「……か」
「え?」
消え入るような倉持の声に、耳をそばだてて近づけた。直後俺は、その声を耳に入れてしまったこと自体を後悔する羽目になる。
「……ヤス先輩。先輩の乳首……舐めさせてくれませんか」
狂気の沙汰としか思えないそのセリフは。
聞き間違いにもできないくらい確実に、今まさに可愛い後輩の口から飛び出てきたものだった。
倉持誠太郎は語る。
昔から、女の人の乳首に異常な興奮を覚える子供でした。
生命が生命をはぐくみ育てるために造られた、まろやかで神秘的なフォルム。心臓という重要臓器の上を密やかに飾る、柔らかくも鮮やかで優美な色彩。あまねくヒトの持つ器官たる乳首は、俺にとっては闇に輝く一粒のダイヤモンドみたいな存在でした。大人になってからもその想いは変わらず、それどころか気がつくといつの間にか俺は、女性の乳首に欲情のすべてを注ぎ込む大人になっていました。
高校生のときに初めてできた彼女には、積年の念願を果たすべく、乳首を舐めさせてくれと願ったその日に振られました。
少し学習して二人目の彼女には、乳首の話などおくびにも出さないままベッドインの直前まで進むことができました。
けれど彼女の乳首は、控えめに言って俺の理想とは程遠いものだった。その乳首を目にした瞬間、無礼にも俺はあからさまに落胆してしまいました。もちろん彼女は何も悪くない。悪いのはその落胆を、うっかり表情に出してしまった俺ひとりです。彼女は怒りに震えながら、半裸のまま小一時間俺をなじり続けました。当然、振られました。
自分の特殊な嗜好のせいで、大事な人を傷つけてしまった。反省した俺は三人目の彼女に対して、お互いの関係をよりよきものにするために、関係が深まるのに先んじて乳首の形状を教えておいてくれないかと頼み込みました。
言うまでもなく、振られました。
この世に生を受けてから今に至るまでの27年間、一事が万事、この調子でした。自分は人間として最低なのだと密かに涙した夜も、一度や二度ではありません。けれど今、俺の目の前にはふたつの光が射し込んでいます。その光は先輩の胸元から、まるで天国からの導きみたいに俺の元へと届いています。
先輩。ヤス先輩。こんなどうしようもない俺を見捨てずにいつもそばで見守っていてくれた、尊敬する大事な康成先輩。
こんなことを言うのはあまりにも恥知らずだって、理性ではわかっているんです。けれど俺は今のこの胸の高鳴りを、きっとそう長くは隠しておけない。だから自分の心に正直に、素直にこの想いを告白します。
先輩の乳首は、俺の理想の乳首なんです。
「……とりあえず、事情はわかった」
わかったところで気持ちまで汲めたとは到底言ってやれないが、とにかくこいつが歩んできた苦難の道については理解した。とりあえず新しいTシャツを着込んだ俺の胸に、倉持の視線がちらちらと降り注いでいる。彼自身いけないことだと思ってはいるのだろう。何度も目を逸らしてはまた戻ってくる目線は、まんまおあずけを食らう犬のそれそのものだ。
「……気持ち悪い、ですよね」
「うんまあ、そんなことないよと言ってやりたいところではあるが、正直な話気持ちは悪いな」
「ごめんなさい。先輩の乳首が目に入った瞬間、どうしても自分を抑えられなくなって……ヤス先輩の乳首があんまりにも、俺の思い描く理想の乳首そのものだったから」
「全然嬉しくねえ……好きな人に理想って言われて、ここまで心が虚無になることある?」
「え、好きな人?」
「なに好きな人って。幻聴?」
「あ、す、すいません」
あぶねえ。口が滑った。こいつが素直な酔っ払いで助かった。
しゅんと首を垂れた倉持を、胸の(というか乳首の)前で腕を組みながら見下ろした。健気に反省してみせたところで、こいつの言ってることが根本的に無茶苦茶なのは変わらない。言うに事欠いて乳首を舐めさせろ、だって? 段階をかっ飛ばすにも程があるだろ。仮にも先輩後輩の間柄でよくそんなことを頼めたもんだ。
……けど。
「ほんと、すいません。俺マジで最悪ですよね。あぁっ、畜生、だから俺は駄目なんだ、だからぁ……」
今にも泣き出しそうな表情の倉持が、体をよじって嘆きだす。憔悴した顔まで顔が良いのは反則だと思う。脳が判断を誤ったのは、きっとそのせいだ。
「……ああ、もうっ!」
着替えたばかりのTシャツを、勢いよく脱ぎ捨てた。そのまま上半身裸で倉持の前に仁王立ちする。驚きつつも視線だけはしっかりと俺の乳首に向けているあたり、こいつの乳首フェチぶりは相当らしい。
自分を鼓舞するかのように、すうっと息を吸った。
「……いい」
「え?」
「いいよ。許すよ。な……舐めたいんだろ、乳首。舐めればいいだろ」
「え? ……は? えっと……マジすか?」
ぽかんと口を開けた倉持は、喜んでいるというより現実を認識していないようにしか見えない。当たり前か。俺自身だってなんでこんなこと言ってるのか全然意味がわからない。相手がこいつじゃなきゃ天地がひっくり返ったってあり得ないことだ。
けど残念なことに、相手はよりによって倉持なのだ。
「しょうがねーだろ、かわいい後輩がこんなに凹んでるんだ。俺の乳首の一個や二個や三個や四個、お前が元気になってくれるんなら安いだろ」
「四個、あるんですか!?」
「そこ食いつくのかよ!? 冗談だ冗談!」
「あ、なんだ……」
倉持は本気でがっかりしたように顔を曇らせた。なんだこいつ。ていうか、四個あったら嬉しいのかよ。怖い、こいつ。
「まあ、もちろん、お前が別にいいってんなら俺は」
「ま、待ってください、やる、やります! 先輩の乳首、舐めさせてください!」
改めて聞くととんでもないセリフを叫びながら、倉持は飛び跳ねるように立ち上がった。俺より少し高い背から降り注ぐ倉持の視線、向かうはもちろん、乳首の位置だ。
「確認しますけど、本当に、いいんですね。ほんとにほんとにいいんですね!?」
「お、おう……いや待てちょっと待て!」
「なんですかっ!」
急に猪みたいに距離を詰めてきた倉持に若干怯えつつ、両手で彼の身を遮った。ここに来て俺の頭に浮かんだのは、まさに生娘みたいな切実な願い事。
「さ……、先にシャワー、浴びさせて」
そして──話は現在に至る、というわけだ。
「……おう」
正座して見上げる倉持の目の前で、胸元に当てたタオルをはらりと落とす。倉持が唾を飲み込む音が俺の耳にまで届いた。これから純情を捧げる生娘の気分だ。実際の俺は三十路も間近のおっさんだけど。
「あぁ……」
耐えきれない、とでも言わんばかりに、倉持の口から感嘆の声が漏れる。その視線はただ一点というか厳密に言えば二点、俺の両の乳首をまっすぐに突き刺している。
なんでこんなことになったんだっけ。頭の隅にちょっとだけ残る、冷静な自分が自分に問いかける。
ああ、そうだ。
ことの起こりは、今から一時間ほど前のことだった。
「ああ~っ、だから俺はもう駄目です、俺はもうおしまいなんですよぉ、せんぱぁい……!」
絵に描いたようなくだを巻きながら、倉持はビールの缶をテーブルに叩きつけた。飲み口から僅かに飛沫が跳ねる。俺こと垣内康成および、俺の後輩である倉持誠太郎。総勢二名の豪華メンバーによって開催された、またしても彼女に振られた倉持君を慰めようの会夜の部(開催:俺宅)は、四本目の500ml缶ビールによって盛大な佳境を迎えようとしていた。
「うるせーなあ。だから何がおしまいなのか言ってみろって」
「言えないっすだから、それはいくらヤス先輩相手でも絶対に言えないんですよぉっ」
「あーもう、酔っ払いがよー」
ぐすぐすと鳴った倉持の鼻は、酒と涙と鼻水のせいで皮を剥かれたみたいに真っ赤だ。せっかくの男前が台無しだからやめてほしい。とは言えこの状況でそんなことを言うのもかわいそうなので、本人には口をつぐんでおく。
「俺から見りゃお前のどこが駄目なのか全然わかんねーけど。いやそりゃ今この瞬間のお前は大概だけど、にしたって別れるようなことではねーだろ」
「うぅっ……せんぱぁい」
「あー、泣くな泣くな。そんな凹まなくてもいいよ、お前はじゅーぶんいい男だよ。見た目も中身もさ」
「ふぐぅ……」
涙をだだ漏れに漏らした倉持が、角を挟んで座る俺の肩にしがみつく。ちょっと高鳴る心臓を、悟られないように密かに息を吐く。
倉持に告げた言葉は、慰めじゃなく心からの本心だ。倉持は、いい男だ。ちょっと優柔不断なとこがあるにしろそれは優しさの裏返し、むしろ一度やると決めたらきっちりケジメをつけられる男だ。短くない付き合いの中で、こいつのいいところは全部俺がわかってる。
外見だってどこにもソツがない。背が高く体つきも男らしくそれでいてむさ苦しくもなく、何より顔がいい。いやマジで顔がいいのだ、こいつは。甘やかでありながら27という年齢に従って幼さの抜けた顔つきは、キリッとしたときとふにゃっとしたときのギャップがまた庇護欲をそそるというか。なんせノンケのはずの俺でもたまにうっかり見惚れてしまうくらいだ。いや、ノンケのはずだよ俺は。過去に恋した相手は全員女性だったし。別にこいつを思って抜いたりはしないし。ちょっとたまに夢に倉持が出てきて、翌朝妙に幸せな気持ちになったりするくらいしか心当たりないし。うん。
とにかく正直この顔だけでも女はこいつを逃がさないと思うんだが、なのに前の彼女にも前の前の彼女にも一方的に振られてばかりってのは俺にとって長年の疑問だ。こいつが言えない駄目なことってのは、そこまで人間の度を越した駄目なことなのか。怖さと共に好奇心も疼く。だが同時に俺は、ほんのちょっとだけ嬉しさも感じていた。その駄目なこととやらがある限り、倉持は女に振られては俺の元に慰められに来る。自分でも性格悪いなとは思うが、それは俺にとって明確に喜ばしい事態なわけであって。なんでかって? 知らない。知らないですわよそんなの。
自分の中の悪い自分から目を逸らし続けていると、肩にしなだれかかった倉持がぽつりと呟いた。
「あぁ……もう駄目だぁ。もう俺、このまま一生童貞貫いて死んでくしかないのかなぁ……」
「……えっ?」
「あっ」
しまったとばかりに倉持が口を塞ぐ。だが俺の耳はその重要なワードを聞き逃してはいない。童貞。童貞って、まさか、こいつが?
「倉持、お前……童貞なの?」
「えっ、あっ、いや…………その……」
「嘘ぉ……いやだってお前今までも彼女いたじゃん、しかも何人も」
「……うぅ」
消沈して黙り込む反応からして、どうやら嘘や冗談の類ではないらしい。マジかよ。この優男然とした面の下に、どんな秘密を隠し持ってるってんだこいつは。あまりにも気になりすぎるが、何度も愚痴に付き合ってきた俺ですら、彼の欠点とやらには皆目見当がつかない。そんなに頑なに隠すってのは、つまり倉持にとって重大なコンプレックスってことだ。
「うん、まあでも、そうだな。無理には聞かねーよ。言いたくないんだろ、お前」
「うっ……や、ヤス先輩っ」
「うわっ、ちょっ……!」
倉持は感激したように俺に飛びついてくる。プルタブ開けたての二本目のビールを、今まさに口に運ぼうとしていた俺の胸に。バランスが崩れる。缶いっぱいの状態からこぼれたビールが、盛大に俺のTシャツにぶっかかる。
「うわっ、つめって!」
「わあっ、すいませんっ!」
「もー、何やってんだよ……」
ぶちぶちと文句を垂れながら、びしょ濡れになったTシャツを脱ぎ捨てる。あーくそ、酒臭え。露わになった胸元を洗いに行くために立ち上がった。
「おいちょっと倉持、Tシャツ出してくれよ。そこのタンスの二段目」
「……ぁ」
「倉持?」
テーブル越しに声を掛けた俺を、倉持はなぜか呆けたような面でじっと見上げている。タンスを開けに行くどころか、俺の胸の辺りを見つめたまま微動だにしない。心配になって一歩近づき、呆けててすら良すぎる顔を覗き込む。
「どうした、お前。酔いすぎた? だいじょぶか?」
「……か」
「え?」
消え入るような倉持の声に、耳をそばだてて近づけた。直後俺は、その声を耳に入れてしまったこと自体を後悔する羽目になる。
「……ヤス先輩。先輩の乳首……舐めさせてくれませんか」
狂気の沙汰としか思えないそのセリフは。
聞き間違いにもできないくらい確実に、今まさに可愛い後輩の口から飛び出てきたものだった。
倉持誠太郎は語る。
昔から、女の人の乳首に異常な興奮を覚える子供でした。
生命が生命をはぐくみ育てるために造られた、まろやかで神秘的なフォルム。心臓という重要臓器の上を密やかに飾る、柔らかくも鮮やかで優美な色彩。あまねくヒトの持つ器官たる乳首は、俺にとっては闇に輝く一粒のダイヤモンドみたいな存在でした。大人になってからもその想いは変わらず、それどころか気がつくといつの間にか俺は、女性の乳首に欲情のすべてを注ぎ込む大人になっていました。
高校生のときに初めてできた彼女には、積年の念願を果たすべく、乳首を舐めさせてくれと願ったその日に振られました。
少し学習して二人目の彼女には、乳首の話などおくびにも出さないままベッドインの直前まで進むことができました。
けれど彼女の乳首は、控えめに言って俺の理想とは程遠いものだった。その乳首を目にした瞬間、無礼にも俺はあからさまに落胆してしまいました。もちろん彼女は何も悪くない。悪いのはその落胆を、うっかり表情に出してしまった俺ひとりです。彼女は怒りに震えながら、半裸のまま小一時間俺をなじり続けました。当然、振られました。
自分の特殊な嗜好のせいで、大事な人を傷つけてしまった。反省した俺は三人目の彼女に対して、お互いの関係をよりよきものにするために、関係が深まるのに先んじて乳首の形状を教えておいてくれないかと頼み込みました。
言うまでもなく、振られました。
この世に生を受けてから今に至るまでの27年間、一事が万事、この調子でした。自分は人間として最低なのだと密かに涙した夜も、一度や二度ではありません。けれど今、俺の目の前にはふたつの光が射し込んでいます。その光は先輩の胸元から、まるで天国からの導きみたいに俺の元へと届いています。
先輩。ヤス先輩。こんなどうしようもない俺を見捨てずにいつもそばで見守っていてくれた、尊敬する大事な康成先輩。
こんなことを言うのはあまりにも恥知らずだって、理性ではわかっているんです。けれど俺は今のこの胸の高鳴りを、きっとそう長くは隠しておけない。だから自分の心に正直に、素直にこの想いを告白します。
先輩の乳首は、俺の理想の乳首なんです。
「……とりあえず、事情はわかった」
わかったところで気持ちまで汲めたとは到底言ってやれないが、とにかくこいつが歩んできた苦難の道については理解した。とりあえず新しいTシャツを着込んだ俺の胸に、倉持の視線がちらちらと降り注いでいる。彼自身いけないことだと思ってはいるのだろう。何度も目を逸らしてはまた戻ってくる目線は、まんまおあずけを食らう犬のそれそのものだ。
「……気持ち悪い、ですよね」
「うんまあ、そんなことないよと言ってやりたいところではあるが、正直な話気持ちは悪いな」
「ごめんなさい。先輩の乳首が目に入った瞬間、どうしても自分を抑えられなくなって……ヤス先輩の乳首があんまりにも、俺の思い描く理想の乳首そのものだったから」
「全然嬉しくねえ……好きな人に理想って言われて、ここまで心が虚無になることある?」
「え、好きな人?」
「なに好きな人って。幻聴?」
「あ、す、すいません」
あぶねえ。口が滑った。こいつが素直な酔っ払いで助かった。
しゅんと首を垂れた倉持を、胸の(というか乳首の)前で腕を組みながら見下ろした。健気に反省してみせたところで、こいつの言ってることが根本的に無茶苦茶なのは変わらない。言うに事欠いて乳首を舐めさせろ、だって? 段階をかっ飛ばすにも程があるだろ。仮にも先輩後輩の間柄でよくそんなことを頼めたもんだ。
……けど。
「ほんと、すいません。俺マジで最悪ですよね。あぁっ、畜生、だから俺は駄目なんだ、だからぁ……」
今にも泣き出しそうな表情の倉持が、体をよじって嘆きだす。憔悴した顔まで顔が良いのは反則だと思う。脳が判断を誤ったのは、きっとそのせいだ。
「……ああ、もうっ!」
着替えたばかりのTシャツを、勢いよく脱ぎ捨てた。そのまま上半身裸で倉持の前に仁王立ちする。驚きつつも視線だけはしっかりと俺の乳首に向けているあたり、こいつの乳首フェチぶりは相当らしい。
自分を鼓舞するかのように、すうっと息を吸った。
「……いい」
「え?」
「いいよ。許すよ。な……舐めたいんだろ、乳首。舐めればいいだろ」
「え? ……は? えっと……マジすか?」
ぽかんと口を開けた倉持は、喜んでいるというより現実を認識していないようにしか見えない。当たり前か。俺自身だってなんでこんなこと言ってるのか全然意味がわからない。相手がこいつじゃなきゃ天地がひっくり返ったってあり得ないことだ。
けど残念なことに、相手はよりによって倉持なのだ。
「しょうがねーだろ、かわいい後輩がこんなに凹んでるんだ。俺の乳首の一個や二個や三個や四個、お前が元気になってくれるんなら安いだろ」
「四個、あるんですか!?」
「そこ食いつくのかよ!? 冗談だ冗談!」
「あ、なんだ……」
倉持は本気でがっかりしたように顔を曇らせた。なんだこいつ。ていうか、四個あったら嬉しいのかよ。怖い、こいつ。
「まあ、もちろん、お前が別にいいってんなら俺は」
「ま、待ってください、やる、やります! 先輩の乳首、舐めさせてください!」
改めて聞くととんでもないセリフを叫びながら、倉持は飛び跳ねるように立ち上がった。俺より少し高い背から降り注ぐ倉持の視線、向かうはもちろん、乳首の位置だ。
「確認しますけど、本当に、いいんですね。ほんとにほんとにいいんですね!?」
「お、おう……いや待てちょっと待て!」
「なんですかっ!」
急に猪みたいに距離を詰めてきた倉持に若干怯えつつ、両手で彼の身を遮った。ここに来て俺の頭に浮かんだのは、まさに生娘みたいな切実な願い事。
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