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第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。
5-17・結果報告 その2
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「割り切れる人じゃないんですよね、意外と」
「は?」
俺を抱く腕を引き寄せも解きもしないまま、ミゴーは軽い口調で言った。
「ユージンさん。単なる仕事ですみたいな顔して、実は結構感情移入してるでしょ、毎回」
「知った風なことを……」
「そんなに重く考えることないんですよ。いつも言ってますけど」
一瞬の、ためらうような間を置いて、ミゴーは俺から身を離す。
「この先の未来がどうなるかは俺たちに干渉できない部分ですし、なんなら性格の不一致なり何なりで、あっけなく別れる可能性もありますし」
「そうかな」
「そうですよ。それに、働くんでしょ、ええと、歴史の修正力だか何だかが。大きな流れは変わんないですよ、たぶん」
白手袋を脱いだミゴーが、その手でぱちんと指を鳴らす。微かなノイズと共に、彼の背後に黒い穴が開いた。言葉通りの天国への扉だ。振り向いて足を踏み入れながら、ミゴーはやけに平坦に呟いた。
「たかが一回、セックスしただけですよ」
「え?」
ミゴーの背が扉の奥に消えていく。急ぐ必要はないはずなのに、妙に焦りを覚えながら後を追った。闇をくぐり抜けた先には、見慣れた事務所の光景が広がっている。
「ミゴー、今の」
「ん?」
振り向いた彼が、俺に向けた表情は笑顔だ。いつも通りの笑顔。
「……いや。何でもない」
出かかった言葉を寸前で飲み込む。動揺はきっと見抜かれていたんだろうが、ミゴーは何も言わなかった。
──たかが、ってのは、俺との一回もか。
なんだ、その質問。何を聞こうとしていたんだ、俺は。飛躍しすぎだしそれ以前に当たり前のことだろう。むしろそうでなくちゃ困る。困る、はずだ。俺だって、恐らくはミゴーだって。
ぎくしゃくと手足を動かして自席に戻る。駄目だ。完全に疲れている。肉体はともかく精神の疲労が半端ない。そういや帰局の打刻すら忘れていた。使い物にならない脳を呪いつつ、眼前のパソコンに手を伸ばした──瞬間。
「……あっ」
上げかけた腕が、そのまま固まった。
「? どうしたんですか?」
不自然な姿勢で動かなくなった俺を、隣のミゴーが不審そうに覗き込んでくる。俺の指の先にあるものを、首を傾げながら確認して。
「……あ」
そこにあるのは、マッコス。ミゴーと一緒に植え替えた多肉の一鉢だ。昨日まで幾何学模様のように規則正しく並んでいた分厚い葉は、しかし今は全て土の上に落ちてしまっている。なんでだ。ほんのちょっと目を離していただけなのに。
「……慰め、要りますか」
「…………いい。うん、大丈夫。あれだ、落ちた葉の状態によってはまた増やせるし、別に全部が死に絶えたわけじゃないし」
「葉挿しは成功率低いとか、前に言ってませんでしたっけ」
「なんでそんなことだけ覚えてるんだよ……」
力なく鉢を引き寄せて、落ちた葉を一枚一枚つまみ上げる。気分はどんよりを通り越して大雨だ。ミゴーもそれ以上何も言わず、珍しく真面目にPCに向かっている。
静かだ。うっすらと頭が痛い。血管の脈動に従って、波紋のように痛みが響いている。リアルでも雨が降りだしたのか、遠くからホワイトノイズのような雨音が聞こえ始めた。マッコスの葉が落ちてしまったのは、このじめじめした天気のせいかもしれない。
「あれ」
不意に、ミゴーが小さな声を出した。顔を上げると、渋い顔をした彼と目が合った。
「次の指令、来てます」
「……ああ」
ひとつ頷いてから、不承不承自分宛の通達も確かめる。きっとまた、後味の悪い任務になるんだろうな。根拠のないそんな予感に、俺は深いため息をついた。
「は?」
俺を抱く腕を引き寄せも解きもしないまま、ミゴーは軽い口調で言った。
「ユージンさん。単なる仕事ですみたいな顔して、実は結構感情移入してるでしょ、毎回」
「知った風なことを……」
「そんなに重く考えることないんですよ。いつも言ってますけど」
一瞬の、ためらうような間を置いて、ミゴーは俺から身を離す。
「この先の未来がどうなるかは俺たちに干渉できない部分ですし、なんなら性格の不一致なり何なりで、あっけなく別れる可能性もありますし」
「そうかな」
「そうですよ。それに、働くんでしょ、ええと、歴史の修正力だか何だかが。大きな流れは変わんないですよ、たぶん」
白手袋を脱いだミゴーが、その手でぱちんと指を鳴らす。微かなノイズと共に、彼の背後に黒い穴が開いた。言葉通りの天国への扉だ。振り向いて足を踏み入れながら、ミゴーはやけに平坦に呟いた。
「たかが一回、セックスしただけですよ」
「え?」
ミゴーの背が扉の奥に消えていく。急ぐ必要はないはずなのに、妙に焦りを覚えながら後を追った。闇をくぐり抜けた先には、見慣れた事務所の光景が広がっている。
「ミゴー、今の」
「ん?」
振り向いた彼が、俺に向けた表情は笑顔だ。いつも通りの笑顔。
「……いや。何でもない」
出かかった言葉を寸前で飲み込む。動揺はきっと見抜かれていたんだろうが、ミゴーは何も言わなかった。
──たかが、ってのは、俺との一回もか。
なんだ、その質問。何を聞こうとしていたんだ、俺は。飛躍しすぎだしそれ以前に当たり前のことだろう。むしろそうでなくちゃ困る。困る、はずだ。俺だって、恐らくはミゴーだって。
ぎくしゃくと手足を動かして自席に戻る。駄目だ。完全に疲れている。肉体はともかく精神の疲労が半端ない。そういや帰局の打刻すら忘れていた。使い物にならない脳を呪いつつ、眼前のパソコンに手を伸ばした──瞬間。
「……あっ」
上げかけた腕が、そのまま固まった。
「? どうしたんですか?」
不自然な姿勢で動かなくなった俺を、隣のミゴーが不審そうに覗き込んでくる。俺の指の先にあるものを、首を傾げながら確認して。
「……あ」
そこにあるのは、マッコス。ミゴーと一緒に植え替えた多肉の一鉢だ。昨日まで幾何学模様のように規則正しく並んでいた分厚い葉は、しかし今は全て土の上に落ちてしまっている。なんでだ。ほんのちょっと目を離していただけなのに。
「……慰め、要りますか」
「…………いい。うん、大丈夫。あれだ、落ちた葉の状態によってはまた増やせるし、別に全部が死に絶えたわけじゃないし」
「葉挿しは成功率低いとか、前に言ってませんでしたっけ」
「なんでそんなことだけ覚えてるんだよ……」
力なく鉢を引き寄せて、落ちた葉を一枚一枚つまみ上げる。気分はどんよりを通り越して大雨だ。ミゴーもそれ以上何も言わず、珍しく真面目にPCに向かっている。
静かだ。うっすらと頭が痛い。血管の脈動に従って、波紋のように痛みが響いている。リアルでも雨が降りだしたのか、遠くからホワイトノイズのような雨音が聞こえ始めた。マッコスの葉が落ちてしまったのは、このじめじめした天気のせいかもしれない。
「あれ」
不意に、ミゴーが小さな声を出した。顔を上げると、渋い顔をした彼と目が合った。
「次の指令、来てます」
「……ああ」
ひとつ頷いてから、不承不承自分宛の通達も確かめる。きっとまた、後味の悪い任務になるんだろうな。根拠のないそんな予感に、俺は深いため息をついた。
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