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3章: 新しい聖女

徴兵

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「聖女様はドルガとの開戦をするべきだと、国王様に助言された」
「何だよ、それ。戦争が始まるって言うのか?」
「ああ、占いなのか予言なのかはさておき、枢機卿はその提言を聞き容れて開戦準備を始めている。この勅命はその一環というわけさ」
「というと?」
「町は街区一つにつき、村は一つにつき二十人の兵力を供出せよとの命令だ」
「何だ、それ!!」
「聖女が国王様に、戦争をけしかけるんですか?」
「ああ、だがこれは紛れもなく新しい本物の聖女様の御要望だ。この国の何の法律よりも尊い聖女様の・・・・・・」
「どうするんだよ? これから畑の収穫が本格化して刈り取りと貯蔵に一番人手を割かれる時期だっていうのに! どうして聖女様にはそれがお分かりにならないんだ?」
「結局、ここと神殿とは別世界ってことさ」
 ヤルスが吐き捨てるように言った。
「だが人手を取られるのはまずい。よりにもよって、これは戦争なんだ。一時の出稼ぎと違って、人手が戻らない場合も怪我をする危険も大きい。それどころか戦況によってはこの土地を手放す事態にも・・・・・・」
「あの、ちょっといいですか?」
「ん? どうした? お嬢ちゃん。そういえば最近、姿が見えなかったようだがどこに?」
「あ、いえ。ちょっと下流の村と話をしに」
「下流だと?」
「でも大丈夫です。向こうの灌漑設備を直してあちらの畑も収穫できるようにしましたから」
「ほ、本当か?」
「ああ、本当だ。俺も遠くから様子を見ていたが、川の水の問題を彼女が全部解決したんだ」
「それは、一難去って何とやらだが・・・・・・」
 村人達は勅命の書かれた看板を振り返る。
「えっと、それなんですけど、勅命にはまだ続きが書いてありませんか?」
「え? ああ、そうだな」
「それによると、ただし軍事資金として金貨二十枚を兵員一人の代わりに供出できるものとするって、書いてありますよね?」
「・・・・・・それはな、貴族とか金持ちの商人とかが自分の息子を戦争に行かせないために作った特例措置だよ。金貨があれば傭兵を雇えるって口実で、町からは結局一人も徴兵されないのさ。だけど金貨二十枚なんて、この村で逆立ちしたって稼げる金額じゃないぜ。村一年分の作物を売っても、金貨一枚分の価値にすら相当しないんだ。ましてや二十人分となると、金貨四百枚が必要になる」
「どうにかそれを、集める手段ってないですか?」
「ないね。残念だけど、金貨二十枚ってのは、この国の人間の値打ちなんだ。あまり低ければ王都も兵隊を集められないわけだしな」
「そんなのおかしいです! 人の命をお金と天秤にかけるなんて」
「気持ちはわかるが、これが現実さ。しかもそれを聖女様が認めていらっしゃるのだから、もうどうしようもない。さて、一番辛いのはここからだ」
「え? どこへ?」
 ヤルスは不意にセシルを連れ出した。まるで人目につかないように、ひっそりと。
「これから誰を兵役に送り出すかの話し合いが始まる。苦楽を共にしてきた仲間同士にも、目を背けたくなる確執が生じる頃さ」
「なんて、残酷なの・・・・・・私は、こんなこと、止めさせたいのに」
「役所に掛け合ったところで、門前払いがオチさ。建前上は全領民に徴兵義務が発せられている。金持ちだけが通れる上手い逃げ穴を残して」
「こんなの、おかしいじゃないですか・・・・・・そもそも聖女が、人々の争いを提言するなんて」
「聖女がエレスト神聖国の傀儡じゃないかてことは昨日今日に始まった噂じゃないさ。実際、神殿に籠る聖女様に、俺達の苦労なんか何一つ見えているはずがないんだよ」
「だったら私、あの人達を助けたいです!」
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