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牢屋の中に入るのを渋っていると、ドンっと副団長に背中を押された。
「うわっ」
牢の中で手をついて顔を上げている時に、ガチャン、と牢の扉が閉められた。
「クソ! ここから出せよ! あんたも俺と同じ獣人だろ、ヘレフォード副団長!」
ガシャガシャと冷たい鉄格子を掴んで力任せに押したり引っ張ったりしたがびくともしない。
「お前と一緒にするな」
そう言ってさっさと地下牢から出ていってしまった。
「くそがっ……!」
しばらく騒いでやったが、副団長が戻ってくる気配はない。ずるずると床に座り込むと、ひやりとした床の冷たさを感じる。
どんよりとした雰囲気の中、1人にされてしまった。
(ああ、クソ……。失敗した)
人身売買は大掛かりな組織的犯罪で、代々パルドゥスト家が犯罪組織との仲介役を担ってきたのだ。
密売ルートや子どもの斡旋などは気づかれないよう細心の注意を払って行っていた。
だが、備品庫の横領罪で捕まるとは思わなかった。あんなところ誰も管理していなかったし、目を向ける者もいないと思っていた。小遣い稼ぎのつもりで手を出したのに、とんだ目に遭ってしまった。
(全部、あのイチゴとかいう東のヤツのせいだ!)
田舎丸出しのいけすかない男。アイツのせいで俺の人生めちゃくちゃだ。
しかも、スウィッツァラルド騎士団長に特別に気に入られていたのも気に食わない。
団長には、パルドゥスト家から直接俺との結婚の打診をしていたが断られていた。
(団長も、なんだってあんな田舎者を……。あんなヤツより豹の血が流れる俺の方がいいはずなのに)
断ってきたのは団長自ら、俺にプロポーズの言葉を言いたいからだと思って待っていたっていうのに。
そんなことを考えながら、ぶるり、と寒さに体を震わせたところで、体を温める毛布がない。
外に繋がるような窓もない暗い牢屋の中は何もなかった。
ここに来てからほんの少ししか時間がたっていないはずなのに、もう何時もここにいるような気がする。すでに発狂しそうだった。
今は刑が確定していないので、この独房には俺1人しかいない。
だが横領罪が確定してしまえば、他の受刑者と同じように扱われて、他の罪人たちと同じ牢屋にぶち込まれる。
(そしたら俺は終わりだ……!)
今までは牢屋にぶち込む側だった。それだけじゃなく、ムカつく奴らに適当な罪をでっちあげたこともある。
騎士ってだけで、他の罪人たちにどんなことをされるかわかったものではない。
(1日だってここにいたくない! 早く助けに来てくれよ……)
裁判になる前に、パルドゥスト家がここから救い出してくれるだろう。そう確信していた。
だって、俺は仲介役としてパルドゥスト家と犯罪組織との色々な秘密や裏を知っているんだ。そんな重要人物をパルドゥスト家が牢獄送りにしたままにするはずがない。
少しだけこの牢の中で大人しく救い出されるのを待っていればいいだけだ。
そう思って冷たい鉄格子を背によりかかって座る。
体を縮こませていると、どこからか視線を感じた。少し上の方を見ると、鉄格子の窓があった。壁で仕切られた隣の牢屋につながっているらしい。窓からこちらをひっそりと覗いている視線がする。
感じた視線は隣の罪人からだったことがわかると、俺はカッとなった。
「何見てやがんだ!」
そう叫んだが返答はなく、突き刺すような薄気味悪い視線はずっと続いた。
(くそ、何なんだよ気持ち悪ぃ)
ガシャン!
大きな音がしてそちらを振り返ると、牢屋の扉が開いていた。
(やった! 外に出られる!)
そう喜んで、すぐに扉の方に走り寄った。
だが、その扉の目の前には、こんなところにいるはずのないモンスターが一匹たたずんでいた。
「な、なんで……なんでこんなところにオークがいるんだよ!」
叫んでも誰も反応しない。
むしろ、窓の鉄格子からの沈黙の視線が増えた。
グフー、グフーッと荒い臭そうな息遣いで、どずんどずんと檻の中に入ってくる。オークが入ってきた直後に誰もいるはずがないのに扉が勝手に閉められた。
「ひっ……う、うそだろ?!」
檻の中には俺とオークの1人と1匹が閉じ込められた。
腰が抜けて動けない。
飢えたオークはギラギラと鼻息荒く俺の方に向かってゆっくりと歩いてくる。
檻の中は狭い。
逃げられる場所はなかった。
モンスターであるオークは、他種族の雌を攫って無理矢理に孕ませる。相手が男だったとしても、関係ない。入れる穴があれば犯し続けるのだ。相手が孕まなければ永遠に。
俺は男で孕む訳はない。
そうすると、行き着く最後は一つしかない。
俺はこんな暗くて冷たい牢獄で、こんな汚いモンスターに犯されて死ぬのか……?!
「い、いやだっ、よるなぁぁぁあ!」
俺は錯乱状態に陥って、必死に這いつくばって鉄格子の窓に縋りつく。爪が数枚剥がれたが、痛みを気にしている余裕はなかった。
「お願いだ! たすけてくれ!」
隣の罪人に助けを求めて叫んだが、誰も何も言ってくれない。
「おねが……っ、――――ひぃっ、うぁあぁああっっ!!!」
オークに床に引きずり下ろされてしまった。
後は、もう説明する気力さえ起きないほどのことが永遠と俺の身に起こり続けた。
最後まで罪人たちは一言も話さず、ただ視線がそこにあるだけだった。
だが、最後に暗闇の中から罪人が俺に聞いた。
「助けてと、見逃してくれと、泣いてすがった子どもたちに、お前は何をした? 売られた後、その子どもたちがその後どうなったか、お前は知っているか?」
人身売買で売っぱらった中には攫ってきた子どもがほとんどだった。身寄りのない子も含まれたが、スラム街の親がいるかどうかもわからないような子どもも含まれていた。
『たすけて! お願い! お父さんとお母さんに会いたいよぉ』
そう言って足元に縋りついてくるガキも多くいた。
そんな時は殴りつけるか、思い切り蹴り上げて黙らせていた。
売った後、ガキどもがどうなるかなんて、俺には知ったこっちゃなかった。
ただ金になればそれでよかった。
俺のこの状況を見ている罪人たちは、その子どもたちの親だったのだろうか。
俺が、その罪人の問いに答えることはできなかった。
永遠に。
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