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しおりを挟む「この肉じゃが、美味いな」
「そう?よかった。まだあるから食べてよ」
「うん、優しい味がする。俺は好きだ、イチロの作る料理」
「ありがとう。そんなに褒めてもらって嬉しいなぁ」
そんな風に人に褒めてもらったことなんて久しぶりすぎてすごく嬉しい。思わず口角が上がってにこにことしてしまう。
肉じゃがと買ってきた不思議野菜の温野菜が今日のお昼ご飯となった。
不思議野菜たちは美味しかったけど、俺的にリピートはないかなぁ。高いもん。
パクパクと食べ進めるラッセルの食べる量は俺の比じゃない。よくこんなに食べれるよなって思うくらい、気持ち良く食べていく。
俺も一緒のテーブルについて肉じゃがを食べる。おばあちゃんのレシピの出汁の効いた肉じゃがは、じゃがいもと玉ねぎに味が染み込んで美味しい。一日置くと味がもう少し落ち着いてそれもまた美味しい。けど、ラッセルのこの様子だと肉じゃがは明日まで残らないだろうな。
ぽっこりお腹がさらにぽっこりになって、お腹をさする姿が、大蛇が獲物を丸呑みした時のように見えてきた。
食後に温かい緑茶を淹れて、ラッセルにお茶菓子と一緒に出した。
俺はその間に食器洗い。
二人だけだとそんなに洗うものはなくてすぐ終わりそう。これだと食洗機を使わなくてもいいな。手洗いでやっちゃおう。
そう、この家にはビルドイン食洗機が備わっている。しかも大容量だ。大きめの鍋も入っちゃうくらいの容量なのだが、二人分の洗い物を洗うにはちょっと大きすぎる。引越ししたばかりで食器も毎食後洗わないと追いつかないのでしばらくは手洗いで済まそうと思った。
あんなに食べたのに、ラッセルはお茶菓子に買ったみたらし団子を六本もぺろりと平らげていた。
ぼうっとその様子を遠目に見ながら洗い物をしていたせいで、つるっと手が滑ってしまった。
あっ、と思った瞬間に、ガシャン!とガラスが割れる音がキッチンからリビングへと鳴り響いた。
「イチロ、大丈夫か?怪我はないか?」
「ごめん!お皿ダメにしちゃって。このお皿分は給料から引いてくれて構わないから」
お団子を食べてまったりとしていたのに、すぐに駆けつけてくれた。
「そんなことはどうでもいい。素手で触るなよ。危ないぞ」
「んっ、いたぃっ!」
「ッ!だから言っただろう」
焦って俺は素手で割れたガラスの破片で指を切ってしまった。指の先にできた傷口から赤い血がダラリと流れてきた。
すぐにラッセルが血が出た所を指で押さえてくれた。
「しばらくこうしていれば血が止まるはずだ」
「あ、ありがとう……」
ひんやりとした手に、切って熱くなった部分が冷やされて気持ちがいい。
ここまで上手くやっていたのに、やっぱり俺はどっかでミスをしてしまう。どう頑張って注意していても、必ず何かしでかしてしまうんだ。
こんな自分が嫌なのに、どうにもならない。
アパートを追い出されたこと、バイトをクビになったことなどを思い出してしまい、ズーンと落ち込んできた。
「ごめん……ラッセル。俺、いつもなんかミスっちゃって、こんな簡単な皿洗いですらも出来ないなんてさ……自分が情けないよ」
「イチロはここでの仕事を始めたばかりで落ち着かないんだろ。それに失敗は誰にでもある。欠点もな」
「だけど、……俺なんか」
「俺なんか、お前が来なければこのまま酷い食生活を送り続けて、どうなっていたかわからない。おまけに先祖返りで人には怖がられる」
切ってしまった患部を押していた指がゆっくりと放された。もう血は出ていない。
「それに、俺は部屋を汚くする天才だしな」
「ぶっ!……へ、部屋を汚くする天才って……なんだよそれ」
あはは、と思わず声を出して笑ってしまった。すると、俺につられたようにラッセルも口角をしっかりと上げて優しく笑った。
「あ、今笑った」
「っ……」
すっと表情が無になって、顔を俺から逸らした。けれど俺はしっかりとこの目で見た。ラッセルが笑う所を。また笑ってくれないかとじーっとラッセルの顔面を直視する。
「ねぇ、今笑っただろ?もう一回笑ってみせてよ」
「無理だ。おい、そんなに見るなよ。恥ずかしいだろう」
「そんな無表情で言われても恥ずかしがってるように見えないよ。ねぇ笑ってみてってば」
「いやだ、無理だ」
本当はラッセルの頬がちょっと染まっていることは言わないであげた。
住み込みの家事代行の仕事を始めてもう一週間は経った。あっという間で、俺もラッセルも二人の生活にすぐに慣れた。毎日同じ時間に起きて寝て、規則正しい生活と食生活を繰り返している。最初一週間はお試し期間ってことだったが、そんなことはすっかり忘れていた。思い出してラッセルに確認したら、このまま継続していて欲しいということだったので、住み込み家事代行は継続である。
俺は時折おっちょこちょいな性格を披露してしまい、お皿洗い中にコップやお皿を割ってしまったりした。あと砂糖と塩を間違えて料理してしまったり。
割ったお皿をまたまた素手で触ろうとする俺。怪我するからと止めてくれて一緒に片付けてくれたり、塩っぱくなってしまった芋の煮っ転がしを、スープにして薄めれば食べられるだろ、気にするなと言ってくれた。
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