雨の向こう側へ

seiru

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雨の向こう側へ ⑩

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《Shou side》



月曜日__。


帰り道に話がしたいと、昼休みにLINEで佐々木を誘っていた。

僕から誰かにメッセージを送るのは、いつ振りだろう。

悟さんとのやり取りも、いつも向こうからだったし。

そう言えば、悟さんのことをしばらく思い出すことがなかった。

あれから一切連絡はないけど、納得してくれたんだろうか。


『体調、あれからどう?』

隣を歩きながら、いつものように耳心地のいい声色で、僕を気遣う言葉を掛けてくれる佐々木に、今日はちゃんと謝らなければと思っていた。

『うん、もう平気。
あの…金曜日は本当に申し訳なかったね。』

『ううん、全然だよ?
たまたま丸山くんが渡辺くんの数分後にトイレに行ったから、気を失ってそんなに時間は経ってなかったと思うんだ。
丸山くんと桂木くんがお座敷まで運んでくれたの。』

『そうだったんだ…ふたりにも謝らないと。』

『渡辺くんの携帯で、丸山くんがずっと誰かと電話をしていてね。
その後間もなく、あのクリーニング屋さんが来てくれた時は、めちゃくちゃびっくりしたけど。
テキパキと仕切って【後は任せて。】って言ってくれて。』

『そうか…。』

『クリーニング屋さんとお友達になってたんだね。』

『ぁ…うん。
発作が起きて意識が朦朧もうろうとする中で、電話をかけてしまっていたみたいで…。』

『へぇ…。
それってさ?』

『??』


赤信号で立ち止まり、僕の顔を下から覗き込んできた佐々木は、笑って左腕を指で突っついてきた。


『無意識でもクリーニング屋さんを求めてたってことだから、心の底から信頼してるんだろね、渡辺くん。』

『そ…そうなのかな。』

『うん。
それに、なんだか渡辺くん、表情が凄く穏やかだよ?
ポーカーフェイスなイメージが、今はなくなっちゃってる。』


自分の変化なんて全く関心が無かったけど、そんなに変わった?

でも、土曜日の駅までの帰り道で、自分の顔に表情が加わっていることに気づいたんだっけ。

悠里さんが僕を変えている。

それが確かなこととして表れている。

信号が青になり、踏み込む足に力を込めて前進する。


『あのさ…佐々木。』

『ん?』

『もうひとつ謝らなきゃいけないことがあって。
その…カミングアウトさせてしまったことなんだけど。』

『あー、柳ちゃんに!』

『そう…。
思わず余計なことを言ってしまって。
本当にごめん…。』

『何言ってるのー。
それも全然気にしないで?
てゆか、すんごく嬉しかったし。』

『どうして?』

『だってさ、レズビアンの私の気持ちに寄り添って考えてくれたから、あんな風に言ってくれたんだもん。
確かに【男だったら】って言われるの、今までも結構あったし、あまり嬉しくはないよなぁって思ってたから。』


彼女がこれまで経験してきた過去に、僕はきっと寄り添える。

時間や場所は違っていても、お互いに知っている感覚を心に感じて生きてきている。

だから僕は、佐々木にちゃんと向き合うべきだ。


『佐々木…?』

『ん?』

『実はさ…僕も佐々木と同じで、同性を好きになる人間なんだ。』

『わっ!当たったっ!』

『えっ?』

『実は同じかなーって思ってたんだ♪
だから打ち明けたの。』

『そうだったのか…。』

『この世界の人達って、なーんか気づいちゃうもんだよねぇ。』

『ふふ…。
でも、僕は佐々木が同じだなんて気づかなかったけどね。』

『それだけピュアなんだよ、渡辺くんは♪』

『え?何それ…。』

『あははっ。
でも、すっごい嬉しい。
私のこと、信じてくれてありがと!』


弾ける笑顔につられて、僕も自然と笑顔になっている。

初めて職場の人間にカミングアウトして、受け入れてもらえた実感は、これから少しずつ湧いてくるんだろう。

本当の自分で居られる場所がここに見つかったようで、じんわりと喜びを感じる。



『渡辺くんは恋人、居るの?』

『ううん、居ない。』

『えーーっ、そんなにイケメンなのに?』

『いや…。
佐々木こそ、恋人は?』

『居ないよ。
居ないけど、好きな人は居る。』

『へぇ。どんな人?』

『柳ちゃん。』

『えっ?』

『ふふ、渡辺くん、さっきから驚いてばっかだねー。』

『だって…まさか柳さんだったなんて。
余計に申し訳なくなる…。』

『だーかーらっ。
申し訳なくならないでよぉ。
あの時のカミングアウトはいい機会だったんだよ。
彼女がノンケだってことがハッキリしたし。
【男だったら惚れちゃうかも】って言って貰えただけでも、複雑ではあるけど単純に嬉しかったしね。』


僕を気遣って言ってくれているのか、彼女の元々の考え方なのかは解らないけど。

あのカミングアウトのタイミングは、予想だにしない出来事だったのは確かで、しかも相手は好きな人だったのに。

それでも前向きに捉えられる佐々木は、なんて強くてかっこいいんだろう。


『僕は…。』

『ん?』

『僕は…ノンケをもし好きになってしまったらどうしようって不安が常にある。』

『そっかぁ…。
そうだよね、普段生活する中で知り合う人達は、ほとんどがノンケさんだもんね。』

『うん…。
片想いで終わる確率は遥かに高いし、だったら極力ノンケとの接触は避けたいと思って生きてきた。』

『渡辺くん…。』

『でも…そうやって生きていても、人生は何が起こるか解らないんだなって、ここのところ実感していて。』

『ねぇ…もしかしてなんだけどさ。』

『……。』

『クリーニング屋さんのこと、気になってるのかな?』


土曜日に、悠里さんと握手をした場所に辿り着いた。

佐々木の直球の質問に、言葉を失ってしまった僕は、雑踏の音も聞こえなくなり、改札前で歩みも止めてしまった。


『無理して答えなくていいよ。』


強い上に優しい佐々木になりたいとさえ思える。

弱くていつも逃げている自分を、この改札の向こうに連れて行きたくない。

肩に掛かる鞄の持ち手を握り締め、土曜日のあの時みたいに、真っ直ぐに気持ちを言葉にして吐き出していく。


『クリーニング屋さん…いや、悠里さんて言うんだけど…。』

『うん。』

『彼はノンケだけど、【友達】になれそうな感じで…。』

『うん。』

『でも…今、佐々木に聞かれて解ったことがある。』

『うん。』

『僕は…悠里さんと【友達】になれそうなのに、【友達】って認識する自信が無いんだ。』

『……。』

『それはきっと…別の感情が彼に対して生まれてるからなんだと思う。』

『渡辺くん。』

『でも…それはまだ不確かで、直視するのは凄く怖い領域で。
今は、ノンケの悠里さんと【友達】なんだって言い聞かせながら、自分の正直な気持ちを見定めていきたい。』


こうして話しているのは僕自身なのに、別の人が話しているみたいに聞こえる。

自分の考えていることや感じていることを言葉に出来て、今まで雨に隠れて霞んでいた、本当の僕の輪郭が見えてきたような感覚。


『凄いよ、渡辺くん。
自分自身としっかり向き合えてる。』

『佐々木のお陰で、少し自分が解ってきたみたい。』

『ふふ…。
自分のことって、意外と知らないことが多いのかもね。』

『そうだね。』

『お互いノンケさんが相手で大変だろうけど、励まし合って頑張ろっ。』

『うん。』


通い慣れた駅が、なんだか真新しくキラキラとして目に映る。

明日の朝の僕は、生まれ変わったような気分でこの改札を通り抜けるのかもしれない。



────────



【紫陽。
しばらく来てないけど、大丈夫?
悟とのこと、聞いたよ。
アイツ、紫陽に本気で惚れてしまっていたらしい。
思い出させちゃ悪いと思ったけど、まるで維月と別れた時の紫陽みたいでさ。
まぁ、このまま会わなければ、その内立ち直るとは思うけど…アイツ、奥さんと離婚話まで進めていたらしくて。
家庭も終わって紫陽とも終わって…の板挟みで、自暴自棄にならないか心配でね。
一度うちで会って、ちゃんと話してやってくれない?
俺が立ち会うからさ。】


ゲイバーのマスターから、携帯の留守電にメッセージが残されていた。

帰宅してすぐに聞き、部屋の電気も点けぬまま、ベッドに直行し寝転んでいる。

今日は、感情がせわしない日。

生きている証拠なんだろうけど。

維月と別れてから、敢えて感情を動かさない日々を過ごしてきていたせいで、急な激しさにひとりじゃ耐えきれなくなりそうで。 

僕から悠里さんにLINEを送っていた。


【悠里さん。
土曜日が待ち遠しいです。
早く会いたいです。】


送ってしまってから、我に返って飛び起きた。

早く会いたいなんて、【友達】に言わないだろ。

でも、悟さんの現状を知って、恐ろしくなって、それで…。


"RRRRR…RRRRR…"


『も、もしもし…。』

"紫陽くん、何かあった?"


悠里さん…ごめん。

貴方は、離れていても僕を守って包んでくれる人で。

今、もし貴方に会えたとしたら、僕は【抱き締めてほしい】と言ってしまいそうです。


『いえ…すみません。
突然変な文章を送ってしまって…。
ふとそう思ったので、つい…。』

"変じゃないよ。
嬉しかった。
俺も同じこと思ってたから。"

『悠里さん…。』

"毎日いろんなことが起こるから、ひとりだと話したくなったり、吐き出したくなることもあると思う。
そんな時はいつでも、こんな風に声掛けて。"

『はい…ありがとうございます…。』

"他に、何も無い?大丈夫?"

『ん…大丈夫です…。』


悠里さん…ごめん。

ゆっくり進みたいと思っていたのに、これ以上自分の本心が見えないフリをするのは不可能みたいです。


僕は、貴方を【友達】とは呼べないです。

僕は、泣きたくなるくらい貴方が【好き】です。


思わず声にしないように、そっと電話を切った。



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