主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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私は、独り、帰ってきた

しかたないのきょうかいせん

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2時間後、私は騎士様に呼ばれて彼女のいる客室へと足を運んだ。

「失礼致します。」

「どうぞ。おはようございます、マリーゴールド様。」

「おはようございます、姫様。」

「…朝食はもうお済みになられましたか?」

姫と呼んだ私に、彼女はほんの少しだけ寂しそうな顔をした後、にこりと笑みを浮かべた。頷く私に、彼女は顔を引き締め、背後の人から紙を2枚受け取る。

「では、本題に入りましょう。」

1枚を私に渡すと、説明を始める。
彼女の話を要約すると、こういう事だった。

1つ、世界を救った報酬は、私に支払われる。

2つ、世界に平和が戻った事を知らせる為にパレードを行う。

3つ、そのパレードに私も参加すること。

4つ、ヴィーを、世界を救った英雄として、祀る。

5つ、ヴィーの墓はこの村ではなく王族の眠る墓地に建てられる。

傍から見れば高待遇だろう。それでも私は押し付けがましいそれらを飲み込む事は出来なかった。

「あの、何個か質問してもいいでしょうか。」

「どうぞ、なんでも聞いてくださいまし。」

「まず、報酬とかいりません。それは受け取らなければなりませんか?」

「王が約束してしまいましたから、受け取らないというのは難しいですわね。」

「…そうですか。」

私の納得していない雰囲気が伝わったのだろうか、姫様は折衷案を出してくれた。

「どうしても受け取りたくないというのでしたら、そうですわね、孤児院などに寄付、という風にいたしましょうか。そういった使い方も珍しくありませんし。手続きなどはわたくし達が引き受けますので安心してくださいませ。」

「はい、じゃあそれでお願いします。」

「かしこまりましたわ。」

頷く私に、彼女はにこりと笑う。困らせている事は分かっていたけれど、ヴィーをお金で売った様に思えて、嫌だった。

世界を救う旅に出ると決めたのは彼女だ。彼女は報酬が欲しくて決めた訳じゃない。だから私も受け取りたくない。

「それから、パレードに私が参加する意味が分かりません。」

「お前も旅をした仲間だろう。」

思わずといった様子で口を開いたのは1番刺々しい騎士様だ。そう思ってくれていたのならばどうしてと思うけれど、言ったところで何も変わらない。

「そうかもしれません。でも私はただの彼女の同郷人です。彼女がいない今、必要ないのではないでしょうか。姫様と騎士様方がいれば問題ないかと思います。…それに私の片腕はこんなですし。晴れやかな催しには不相応かと。」

無い腕を見下ろしそっと撫でる様に触れる。小さく息を飲む音が聞こえたが、誰の声かは分からなかった。

「…1度お父様に進言してみますわ。」

「わがままばかりで申し訳ありません。最後に1つだけ。…ヴィーのお墓を王族方の墓地につくるというのは彼女が、」

言葉を続けようとした私の喉元に、ひたりとナイフが添えられる。ちょっとでも動いたら切れてしまうだろう。

それでもいいかと口を開こうとした私を見て、姫様が慌てて言う。

「おやめなさい。」

「失礼しました。」

何事もなかったかのように下げられたナイフを残念に思いながらも、ホッとした。少しは切れるかと思っていたけれど、私が動いた瞬間上手く引いてくれた様だ。

どうなってもいいと思いつつ生きている事に安堵する私はなんて惨めで滑稽だろうか。訳もなく笑いが込み上げてきて必死に飲み込む。

無表情で私の斜め後ろに立った侍女さんの手には未だナイフが握られていた。

そういえばヴィーが、彼女が男の人だと言っていたのを思い出す。どこからどう見ても女の人なのに、本当だろうか。ヴィーは時々私をからかうから、冗談だったのかもしれない。

「マリーゴールド様、手荒な真似をして申し訳ございません。」

前に向き直ると、姫様が少しだけ頭を下げていた。正式な場では無いとはいえ、王族が簡単に頭を下げるのは良くない事だ。現に、刺々しい騎士様の表情が歪む。

「いいえ、大丈夫です、頭を上げてください!こちらこそ考え無しに口に出そうとしてしまい申し訳ありません。止めてくれた侍女さんに感謝を。」

慌てて言う私に、姫様はゆっくりと頭を上げた。ほっとすると、後ろから身動ぎする音が聞こえた。珍しい。

あまり動じない侍女さんもやっぱり王族が頭を下げるなんて事態には動揺するよね、と初めて見る侍女さんの人間味に図々しくも親近感が沸いた。

これから会うこともなくなるだろう今になってそう思うのはおかしいだろうか。思い返してみると旅の間中、彼女はいつも職務に忠実で、私に敵意を向けることなく色々お世話してくれたな、とぼんやり考えていると、小さな声で姫様が告げる。

「…ヴィオレット様は世界を救った英雄です。わたくしにはそう言う事しか出来ません。」

あぁ…そんな顔を、しないで欲しい。

罪悪感で押しつぶされそうになる。叫び出しそうになる。仲間だと言う口で、それが正しい事だと言う。大勢の人のために1人を切り捨てられる彼等が、羨ましくて、心底憎らしい。

「それは、…いえ、分かりました。この村に作りたかったのですが、難しそうですね。」

「申し訳ありません…。」

「謝らないでください。」

「…マリーゴールド様の要望に関しましては直ぐにでも城へ届けさせますわ。今日中に返答出来るかと。」

姫様の後ろで書き留めていたらしい紙が鳥の形をとり、ふわりと舞い上がる。それを横目に私は頭を下げた。

「ありがとうございます。では、私はこれで。返信が来ましたら、お呼びください。」

「マリーゴールド様。」

「…なんでしょう?」

「もう名前では呼んでくれないのですか…?」

頭を下げたままの私に投げ掛けられた声は懇願と甘えを含んでいて、私は歯を食いしばった。

そのままの姿勢で、小さく深呼吸をしてから努めて冷静に聞こえるように嘘みたいな本当みたいな言葉を吐く。この1年で慣れたじゃないかと嗤う自分が、少しだけ悲しかった。

「私は村人です。本来ならば顔を合わせる事さえ出来ない尊きお方を名前で呼ぶなど、今までがおかしかったのです。」

「…そう、ですか。」

明らかに沈んだ声に思うところがない訳では無い。だけどこれは、私に出来る最大限の譲歩だ。今まで一緒に旅をしてきた仲間だから、色々助けてくれたから、だからこそ私はこれ以上を許さない。

「こやつの言う通りです、姫。漸く立場というものが分かったらしいな。この1年がイレギュラーだったのですよ。城に戻ればもう二度と会うこともないでしょう。名もない村の泥臭い小娘にこんな機会が与えられるだけでも感謝して欲しいぐらいだ。」

「口を慎みなさい、ギリュー。彼らがいてこそ、成り立っているのです。平民だからと下に見るのはお止めなさい。」

「これは失礼致しました。」

「…それでは姫様、ご連絡お待ちしております。」

刺々しい騎士様の言葉は慣れてしまえばどうということは無い。始めはどうしてそんなことを言うのだろうと泣きそうになったけれど、ヴィーが魔法の言葉を教えてくれたから。

『因果応報』『口は災いの元』

ヴィーの生まれる前にいた国では言葉には力が宿っていると言われていたらしい。だから口に出した言葉は相手に影響し、そして自分に返ってくるのだと。

よくわからないって言った私にヴィーは笑って、誰だって笑顔には笑顔を、パンチにはパンチを返すでしょ、と言った。あの人は特大パンチが欲しい可哀想な人だと思いなね、と言い切ったヴィーは格好良かった。

分かったと頷く私に、ヴィーはそういう自分本位で身勝手な人を見捨てないのは余程のお人好しか臆病者か、愛情深い人だけなんだと続けて言う。

だから私は、ヴィーに言ったのだ。
もしヴィーが見捨てないのなら、私もその人を見捨てないと。

ヴィーは愛情深くて、お人好しだから。優しい彼女が傷付かないように、私が、守りたかった。

こんな世界よりも、いつも守ってくれていたヴィーを、私は守りたかったんだよ。

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