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私は、独り、流される

ぐうぞう

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昼近くに町を出発し、また王城を目指す。

女性からのありがとうの言葉は、私にはなんだか重くて、俯いて首を横に振る事しか出来なかった。

それからは繰り返される明らかに弱体化した魔物退治と、感謝の言葉。少しずつ噂になっているようで、増える依頼の数が、期待の眼差しが、苦しかった。

…1度言われた言葉が頭から離れない。


「そんなになってまで助けてくれてありがとう。」


片腕がないと言うのはやはり目立つのだろう。ましてや成人したかしてないかぐらいの女の子だ。同情と憐憫と、それから賛美が与えられ、私にレッテルを貼り付けていく。

きっともうすぐ私という虚像が出来上がる。ヴィーのように。姫様のように。

お城までの道に私がいる意味は、多分そういうことなのだと思った。

ヴィーは笑って受け止めてた。仕方ないことだと。勇者に求めるのは清廉潔白で自分の味方であることだけなのだからと。

悪態をつかれても、理不尽に責められても、石を投げられても、ヴィーは笑って、けれど影で泣いていた。何も出来ない私は、それに寄り添うだけで。

「大丈夫ですか。」

相変わらず私は1人で馬に乗れないから、今日も侍女さんの前に乗せてもらっている。後ろから掛けられた声は心配そうで、それが私には不思議だった。

「はい。問題ないです。」

「…そうですか。疲れたら言ってくださいね。道中寝ていても構いませんし。」

「いえ、そんな迷惑はかけられないです。あの、そんなに気を遣わないでください。私は大丈夫ですから。」

「差し出がましい振る舞い、気に触りましたか。」

落ちたトーンに動揺する。侍女さんはこれほど感情を声に載せる人だっただろうか?1年一緒に旅をしていた時はそんなこと思った事もなかった。確かに仕事は丁寧だし、気遣いの出来る人ではあったけど。そこに付随する気持ちはなかったように思う。それほどまでに今の私は惨めに見えるのだろうか。

「あ、えっと、そういう訳じゃなくて、ですね。…そんなに、私は疲れて見えるのでしょうか?」

「そう、ですね。無礼を承知で言わせていただくならば、今にも儚くなりそうに見受けられます。」

言い淀んだ侍女さんを振り返り、首を傾げると、そんなことを言われた。

「儚く…?」

「マリーゴールド様の心は今も右腕と共にヴィオレット様の元にあるのでしょう。」

「ヴィーの、所に。」

フィルターがかかったかのように世界が遠いのは、ヴィーの傍に私の心があるからなのだろうか。もしそうであるのならば、ヴィーが泣いていないといいけれど。ヴィーは優しい人だから。

「私は姫様の護衛です。ですが同時に、皆様のお世話を任された侍女でございます。この1年間、貴女様方の傍に控えておりました。どれほど貴女様がヴィオレット様を大切に思っていたか、間近で見ていたのです。ヴィオレット様を姉のように、母のように慕う貴女様を。マリーゴールド様を妹のように、子のように慈しむヴィオレット様の姿を。…そしてあの日、あの方へ手を伸ばす貴女様を。」

「……。」

「私はあの日、初めて…っと、申し訳ございません。少々おしゃべりが過ぎました。前方に魔物の反応が確認されましたので、お傍を離れます。」

話の途中で侍女さんの空気が変わる。道中の露払いは、基本的に姫様の護衛が行う。それは騎士様方だったり侍女さんだったりするのだが、たまに私にも出撃命令がくる。今回は侍女さん1人で大丈夫のようだ。

「あ、あの、お気をつけて。」

「マリーゴールド様も警戒を怠らないでくださいませ。」

「はい。」

侍女さんが駆けていく。さっき、なんて言おうとしていたのだろう。気になったけれど、後から聞くほどの事でもない。私はすぐに忘れる事にした。
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