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私は、独り、流される

おうぞく

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本物の花に見間違うほど精巧に彫られたヴィオレットと、ヴィーの名前だけが刻まれたそれは、美しく荘厳でそれでいて儚い。世界のために散った勇者に相応しいものだろう。

こことは別に民間用に公開するお墓も建てると聞いた。それなら村にも建てていいのではないかと思ったのだけれど、それは駄目らしい。

そっと視線を横へと逸らす。ヴィーのお墓の前で祈る姫様は綺麗だ。俯いていて表情までは分からないけれど、風に舞う輝く髪が、組まれた手が、小さく震える肩が、彼女の清廉さと可憐さをまざまざと見せつける。まだ幼いのだと、私に知らしめる。

彼女は泣いているのだろうか。そっと手を伸ばしてあげたくなる程の切なさを、思わず抱きしめてあげたくなる程の哀しみを、その身に宿して。

彼女は本当に、美しい。

ここに案内される前は、謁見の間で王様達と顔を合わせた。だから尚のことそう思うのかもしれない。ヴィーの瞳に良く似た色の、しかし正反対の温度の瞳。あんなに近くで見たのは今回で2回目だ。初めての時は緊張してあまり覚えていないけれど、ヴィーが堂々としていて格好良かったのは覚えている。

2度目の謁見。姫様が代表として挨拶し、魔王討伐の旨を報告をする。それに対し、王様はただ一言、ご苦労だったと告げ、口を閉ざした。

あぁ、腹が立つ。何故この人が生きているのだろう。勇者が次の魔王になることも知っていて成人もしていない姫様を送り出したこの人を、かつて幼い子供を捨て、しかしその後有用と分かればのうのうと使うこの人を、私は憎まずにはいられない。

何か事情があったのだろう。民のために心を切り捨てたのだろう。王太子を死なせる訳にはいかないのだから仕方ない。

そんなことは知らない。言い訳がましいそんな言葉は聞きたくない。

王家に災いが起こる事を恐れて己の子供を捨てた過去。災厄を前に自分自身ではなく子供を生贄に捧げようとした事実。それが、許せない。

子供特有の潔癖であると言われてしまえばそうかもしれない。親しいものが理不尽な目にあったからこそ怒りが込み上げるのだろうと言われればその通りだと思う。

人は身勝手だ。自分の外に問題を作りたがり、責めたがる。そう分かっていて尚抑えきれないのは、私が幼いからだろうか。

捨てたくせにと叫びたくて。お前が代わりになれと喚きたくて。その綺麗な顔をズタズタに引き裂きたい衝動に駆られる。その眼窩に収まる瞳を抉り出したくて仕方ない。髪を掻きむしり、心のままに暴れられたらどんなにいいだろう。

せめて、せめて一言、ヴィーに伝えてくれたら、それで良かったのに。あぁでも言葉を発したとしても、もしかしたら今以上に苛立ちを覚えてしまうかもしれない。

民のためだと言う口で、民を殺した。その意味を、彼等は分かっているのだろうか。

勇者の務めを果たしたと告げた時に、一瞬揺れた王妃様の瞳だけが、救いだった。





ぽつりぽつりと雨が降ってきた。姫様はまだ祈りを捧げている。誰に祈っているのだろう。神だろうか。彼女だろうか。それが懺悔でないことだけを、私はただひたすらに願った。
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