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旅に出よう、彼女の元へ、行けるように
失踪した英雄*
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あの森に入った最後の騎士が死んだ。それと同時に英雄が姿を消した。城内では魔族に拐われただの、殺しに来る魔族から逃げただの、本当は英雄が騎士を殺していただのと色々な噂が飛び交っていた。
我が君に呼び出されたのは、護衛を任されていた騎士達と、清掃担当の侍女達。それから英雄が姿を消した日の門番だ。
皆怯え、落ち着かない様子でいる。いや、1人だけ、無表情で佇んでいる侍女がいた。彼女は確か姫様の旅に同行した侍女だったか。流石魔王退治に加わった侍女だ。若いのに肝が座っている。
ドアが開かれ、我が君が姿を現した。皆静かに腰を折る。
「英雄様の足取りは?」
我が君は座る事もしないまま礼を解かせ、私に問いかける。
「いいえ。城下町や周囲の街の宿屋に問い合わせをしてみましたが、泊まった者の中に英雄様はいらっしゃらないようでした。…思った以上に人目を避けて行動しているようです。」
「その位想定して当然でしょう。魔族の奇襲を予測していち早く対応した方なのですから。」
我が君の冷たい声にドキリとする。私は資料でしか彼女を知らない。廊下で顔を合わせる事はあったが、平凡な少女といった印象しかないのだ。あれが英雄かと思っていた事は、否定出来なかった。
「申し訳ございません。片腕の少女の目撃情報を募っておりますが、今のところ英雄様に該当する証言は得られていません。」
「…そう。」
我が君はそう呟くと、熟考するように目を閉じた。
「サーフィ。」
「はい。失踪前、英雄様に変わった様子はありませんでした。騎士達の襲撃について耳にした時は少し動揺していたようですが、それ以外は特にいつもと変わらず過ごされていたかと。侍女達からも怯えていた等という話は確認されておりません。書き置きなどもありませんでした。自発的な失踪というより魔族フォーレンによる誘拐の線が濃いのではないでしょうか。」
我が君は目を開き、サーフィと呼ばれた侍女の言葉に頷くと、門番へと水を向ける。
「はっ。確認した中で違和のある方はいらっしゃいませんでした。フードを被っていたものもおりましたので正確ではありませんが、分かる範囲では片腕の者は見かけておりません。」
門番が我が君と対面するなどそうそうない事だ。緊張に声が震えているのが分かった。
「…やはり、魔族に拐われたと考えるのが妥当ですわね。しかし今英雄が魔族の手によって拐われたなどと民に知れ渡るのは避けねばなりません。箝口令を敷きます。皆くれぐれも他言しないように誓約書にサインを。それから、サーフィ。」
「はい。」
「英雄様に似た背丈の少女の選出と幻術使いの宮廷魔導師を1人手配しなさい。」
「かしこまりました、我が君。」
1度誓約したら絶対に誓約書の中身を遂行するという魔法で作られた誓約書にサインをしながらサーフィが出ていくのをぼんやりと見ていると、我が君が疲れた様子で椅子に腰掛けた。
「…王妃様?」
「私達は、この国は、この世界は、子供になんてものを背負わせているのかしらね。」
そう呟き微笑んだ我が君に、また心臓が嫌な音をたてた。それは私だけではなかったし、周りを見ると青い顔をした者もいた。
そういえば、英雄は姫様と同い年だったか。勇者様もそう変わらない年齢だったと聞いている。
「…英雄様は贅沢もせず、文句も言わず、黙って部屋を出ていかれたこともありませんでした。だから、騎士様方を殺すなんて、そんなの絶対ありえません。」
そう言ったのは清掃担当の侍女の1人だった。青い顔ながらも、我が君をじっと見つめ、震えた声でしかしはっきりと告げる。
「お優しい方でした。とても。英雄とは思えない程に。優しくて、そして普通の、本当に普通の女の子でした。」
「分かっているわ…。騎士達を殺したのは魔族ソレントでしょう。魔力の残滓を調べてみても城の中に該当者はいませんでしたもの。まだきちんとした手掛かりは掴めていないけれど、少なくとも英雄様ではないのは確かです。あれは魔法で出来た傷ではなく、刃物によって深く傷付けられていたのだから。ましてや風属性の苦手な片腕の魔法使いには難しいわ。」
我が君の言葉に、侍女達がホッと胸を撫で下ろしたのが分かった。
普通の女の子。見た目から、私も同じことを思った。そしてこんな形のものが英雄なのかと落胆した。物語に出てくる英雄は、いつだって格好良くて強者だったのだから。
けれど、思う。彼女は決して英雄として生まれた訳ではないことを。本来ならば魔物と戦う事さえ一生せずに暮らしていただろうことを。
勇者様の為だけに戦う事を選び、そして片腕を無くした少女は、平和な村の、子供だった。
どうして忘れていたのだろう。英雄は初めから英雄だった訳ではない。何かを成し遂げ、周りがそう呼ぶから、英雄なのだ。そこに、彼女の意思はない。
廊下ですれ違う片腕の少女を思い出す。すれ違う前に小さく頭を下げ、それから端をゆっくり歩く姿は、英雄には程遠い。
国の為に勇者探しの旅に出た姫様。魔王を倒す為に命を落とした勇者様。勇者様の為に片腕を失った英雄様。
彼女達は、皆、年端も行かない少女であった。
あぁ、もう、目を逸らすことなど出来はしない。
だから、気付けなかったのだ。サーフィが敢えて告げなかった事実を、我が君がそれに気付きながらも許容した意味を、憂いを。打ちひしがれ項垂れる私には、何も。
我が君に呼び出されたのは、護衛を任されていた騎士達と、清掃担当の侍女達。それから英雄が姿を消した日の門番だ。
皆怯え、落ち着かない様子でいる。いや、1人だけ、無表情で佇んでいる侍女がいた。彼女は確か姫様の旅に同行した侍女だったか。流石魔王退治に加わった侍女だ。若いのに肝が座っている。
ドアが開かれ、我が君が姿を現した。皆静かに腰を折る。
「英雄様の足取りは?」
我が君は座る事もしないまま礼を解かせ、私に問いかける。
「いいえ。城下町や周囲の街の宿屋に問い合わせをしてみましたが、泊まった者の中に英雄様はいらっしゃらないようでした。…思った以上に人目を避けて行動しているようです。」
「その位想定して当然でしょう。魔族の奇襲を予測していち早く対応した方なのですから。」
我が君の冷たい声にドキリとする。私は資料でしか彼女を知らない。廊下で顔を合わせる事はあったが、平凡な少女といった印象しかないのだ。あれが英雄かと思っていた事は、否定出来なかった。
「申し訳ございません。片腕の少女の目撃情報を募っておりますが、今のところ英雄様に該当する証言は得られていません。」
「…そう。」
我が君はそう呟くと、熟考するように目を閉じた。
「サーフィ。」
「はい。失踪前、英雄様に変わった様子はありませんでした。騎士達の襲撃について耳にした時は少し動揺していたようですが、それ以外は特にいつもと変わらず過ごされていたかと。侍女達からも怯えていた等という話は確認されておりません。書き置きなどもありませんでした。自発的な失踪というより魔族フォーレンによる誘拐の線が濃いのではないでしょうか。」
我が君は目を開き、サーフィと呼ばれた侍女の言葉に頷くと、門番へと水を向ける。
「はっ。確認した中で違和のある方はいらっしゃいませんでした。フードを被っていたものもおりましたので正確ではありませんが、分かる範囲では片腕の者は見かけておりません。」
門番が我が君と対面するなどそうそうない事だ。緊張に声が震えているのが分かった。
「…やはり、魔族に拐われたと考えるのが妥当ですわね。しかし今英雄が魔族の手によって拐われたなどと民に知れ渡るのは避けねばなりません。箝口令を敷きます。皆くれぐれも他言しないように誓約書にサインを。それから、サーフィ。」
「はい。」
「英雄様に似た背丈の少女の選出と幻術使いの宮廷魔導師を1人手配しなさい。」
「かしこまりました、我が君。」
1度誓約したら絶対に誓約書の中身を遂行するという魔法で作られた誓約書にサインをしながらサーフィが出ていくのをぼんやりと見ていると、我が君が疲れた様子で椅子に腰掛けた。
「…王妃様?」
「私達は、この国は、この世界は、子供になんてものを背負わせているのかしらね。」
そう呟き微笑んだ我が君に、また心臓が嫌な音をたてた。それは私だけではなかったし、周りを見ると青い顔をした者もいた。
そういえば、英雄は姫様と同い年だったか。勇者様もそう変わらない年齢だったと聞いている。
「…英雄様は贅沢もせず、文句も言わず、黙って部屋を出ていかれたこともありませんでした。だから、騎士様方を殺すなんて、そんなの絶対ありえません。」
そう言ったのは清掃担当の侍女の1人だった。青い顔ながらも、我が君をじっと見つめ、震えた声でしかしはっきりと告げる。
「お優しい方でした。とても。英雄とは思えない程に。優しくて、そして普通の、本当に普通の女の子でした。」
「分かっているわ…。騎士達を殺したのは魔族ソレントでしょう。魔力の残滓を調べてみても城の中に該当者はいませんでしたもの。まだきちんとした手掛かりは掴めていないけれど、少なくとも英雄様ではないのは確かです。あれは魔法で出来た傷ではなく、刃物によって深く傷付けられていたのだから。ましてや風属性の苦手な片腕の魔法使いには難しいわ。」
我が君の言葉に、侍女達がホッと胸を撫で下ろしたのが分かった。
普通の女の子。見た目から、私も同じことを思った。そしてこんな形のものが英雄なのかと落胆した。物語に出てくる英雄は、いつだって格好良くて強者だったのだから。
けれど、思う。彼女は決して英雄として生まれた訳ではないことを。本来ならば魔物と戦う事さえ一生せずに暮らしていただろうことを。
勇者様の為だけに戦う事を選び、そして片腕を無くした少女は、平和な村の、子供だった。
どうして忘れていたのだろう。英雄は初めから英雄だった訳ではない。何かを成し遂げ、周りがそう呼ぶから、英雄なのだ。そこに、彼女の意思はない。
廊下ですれ違う片腕の少女を思い出す。すれ違う前に小さく頭を下げ、それから端をゆっくり歩く姿は、英雄には程遠い。
国の為に勇者探しの旅に出た姫様。魔王を倒す為に命を落とした勇者様。勇者様の為に片腕を失った英雄様。
彼女達は、皆、年端も行かない少女であった。
あぁ、もう、目を逸らすことなど出来はしない。
だから、気付けなかったのだ。サーフィが敢えて告げなかった事実を、我が君がそれに気付きながらも許容した意味を、憂いを。打ちひしがれ項垂れる私には、何も。
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