主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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旅に出よう、彼女の元へ、行けるように

かえりみち

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水面から顔を出せば、手を水に浸しているジャヴィさんがいた。
辺りはすっかり暗くなっていて、光源はジャヴィさんの手元で光る球体だけ。
どうやら、泉の中と辺りを照らしてくれていたようだった。

「戻ったか。」

「は、はい。」

「そうか。」

ジャヴィさんは頷くと水から手を引いて、球体をひとつ消す。
私が泉から上がると、ジャヴィさんは少し首を傾げた。

「ふむ、菓子は精霊に渡ったか。」

「え、あれ、無い…。どうしよう、ごめんなさい、落としちゃったのかもしれません。」

手に持って居たはずのお菓子はいつの間にか無くなっていた。
泉の中では全然気にしていなかったけれど、入った瞬間から既に持っていなかったようにも思う。
ライラと同じくらいのサイズだったけれど、まさか私は落ちた瞬間に手放してしまったのだろうか。
サッと血の気が引いた私に、ジャヴィさんは首を振った。

「いや、落としてはおらぬ。この泉は異物を許さぬからの。主が今持っておらぬのならば、精霊が貰っていったのだろうよ。感想を聞きたかったが、その様子だと知らぬ間に盗られたらしい。」

「そう、なんですか。」

「精霊は自由気ままよ。己のしたいことだけをして生きておる。主に付けられた祝福もまた同じこと。好きにするといい。」

ホッと息を吐いた私にジャヴィさんはそう言うと、踵を返して進む。慌てて後に続けば、また森の中だ。会話は無く、ただ足を動かしていく。
ぐっすり寝て少しは回復したようだけれど、やっぱり完全には治っていなかったらしく、段々と辛くなってきたのが分かった。

静かな森に、私の荒い息の音だけが聞こえる。
でも止まる訳にはいかない。ジャヴィさんを見失ったら、私は一生迷子になってしまう。

「«軽減»」

「っわ!」

大きく息を吐いたタイミングで魔法を掛けられた感覚に襲われ、次いで身体が浮き上がる。
詠唱を短縮してきちんと効果が出るのは、ジャヴィさんぐらいだ。もしかしたら、エルフはみんなそうなのかもしれないけれど、エルフの知り合いはジャヴィさんしか知らないからなんとも言えない。
けど、どうして今、私は魔法を掛けられたのだろう。
反射的に閉じてしまった目を急いで開けば、いつもより高い視界に混乱した。
お尻の下と背中に感じる感触に下を見れば、ジャヴィさんが私を片腕に乗せているということが分かった。

「あ、あの…?」

「人の子は弱いのだとヴィオレットが言っておった。元気の塊が何をと思っておったが、主を見て納得がいったわ。ふふ、ヴィオレットは特別な子だのう。はてさて主が死んだら元も子も無い。行きは試練ゆえにあまり手出しは出来ぬが、帰りはまぁ良かろう。」

すたすたと私を持ったまま進むジャヴィさんはなんだか機嫌が良さそうで、私は申し訳なく思いながらも有難く運ばれることにした。

「あの、ありがとうございます。」

「良い。ヴィオレットにまたひとつ語って聞かせられる話が出来た。」

ジャヴィさんの言葉に、そう言えばヴィーはよく皆の話を聞きたがっていたなと思い出す。
嬉しそうに楽しそうに話を聞いてくれるヴィーの顔が見たくて、私も沢山話をしたっけ。

「私も、ヴィーに話したいことが沢山出来ました。」

「そうか。」

「はい。」

帰ってきたら、沢山話をしよう。
ヴィーが居なくなった後のことを。私の思いを。
それから、これからの事を、沢山、沢山話したいと思った。
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