主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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私は、君を、目覚めさせる

ごめんねはいわない

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「ヴィー…!」

口から血が零れ落ちる。飲み込んだ唾は鉄臭い。

「彼の者等の傷を癒したまえ。生きとし生けるもの全てに潤いを、満たしを。«オールヒール»」

鋭いエミリーの声が聞こえ、身体の痛みが消えていく。
ぐっと勢いを付けて立ち上がれば、皆が戦闘態勢に入っているのが見えた。
どうして。相手はヴィーなのに。
そう思う心と、芯から震え上がらせるような魔の空気を感じて杖を握る身体のちぐはぐさに吐き気がした。

あれは、ヴィーだ。ヴィーなのだ。
なのに。

「…天の「お前は回復に努めろ。」っでも!」

トールが振り向かないままにこちらに向けて何かを放る。
なんとかキャッチして確認すれば、それは魔力回復薬だった。

「10秒やる。その間にそれ飲んで、覚悟決めろ。」

そう言ってトールはヴィーにナイフを振るった。簡単に防がれたそれは牽制だったのか、間髪入れずレーシアが胴体へとその拳を叩き込む。
素早く離れたレーシアが、ヴィーから目を離さないままに私に告げる。

「ヴィオはちょっと寝惚けちゃってるだけだよ。」

「ふふ、«黒の雷»」

「«軽減»」

真っ黒な雷がレーシアにぶつかる直前、ジャヴィさんがシールドを張りダメージを軽減させる。

「あれは魔王と心得よ。マリーゴールド。」

「…己の闇より出でそれに縋れ«ダークバインド»」

ジャヴィさんの言葉に目を伏せたジルは、しかし魔法でヴィーの身体を拘束する。
どうして。なんで。嫌だ。苦しい。怖い。悲しい。悔しい。辛い。

「…っヴィー。」

喘ぐようにヴィーの名前を呼ぶ。
悲しい時、嬉しい時、悩んでいる時、面白いものを見つけた時、いつだって名前を呼べば傍に来て話を聞いてくれた。一緒に悲しんで、一緒に喜んで、一緒に考えて、一緒に笑ってくれた彼女は、今、目の前で世界の敵と化している。

「勇者ヴィオレット。」

大っ嫌いな名前を呼ぶ。
けれど彼女が居たから世界が救われた。
彼女に救われた世界は、彼女を残して平和になった。

「魔王ヴィオレット。」

私が呼び覚ましてしまった魔王。
私なんかには目もくれず、笑いながら攻撃を繰り返しているその姿に、私の顔は勝手に笑みを作る。
結局、ヴィーの言う通りだと思った。

「…ふ、あはは。」

私は嘘つきだ。
世界よりヴィーが大切なんて、ヴィーが居てくれたらそれだけでいいなんて。
ヴィーと一緒に生きていきたい、なんて。

「っ、はは、あははは!」

歪む視界の中で回復薬を飲む。
杖を握りしめ、ヴィーへと向ける。

「始まりは無。光は陰り、全ては無に帰す。«ブラインド»」

杖に嵌め込まれていた翠の石が割れた。

ヴィー。
私は、あんなに好きだと言っていた世界を、皆を壊そうとしているヴィーを見たくないんだ。
だから、貴女の勇者になるよ。
本当の勇者にはなれないし、主人公にもなれないけど。今だけ、貴女の、貴女だけの勇者になるよ。
終わったら沢山怒っていいから。泣いていいから。

ヴィー。私の優しい幼馴染。
八つ当たりしても許してくれる貴女なら、きっと今度も許して…ううん、やっぱり許さないでいいよ。
どうか、約束を破る私を、許さないで。
この世界の全てを知ってなお救おうとした貴女を、私は、わたしは、

「『祝福』を。ヴィオレットの«魔王の称号»を、私に。」

かつてヴィーへと伸ばした右手が黒い蔓と共に私の手元へ現れる。それを握れば蔓が私を覆い、それから元通りに右腕へと納まった。
そしてヴィーの瞳が赤から青へと変化していく。
綺麗な空の色。私の大好きな色。

「…マリー?」

あぁ、最後にヴィーの声が聞けて良かった。
いつか一緒にオコメ食べてみたかったな。
ヴィーもこんな気持ちだったのかもしれない。

誰かが駆け寄ってくる気配がする。
駄目だよ、危ないよ。
私を止めた騎士様も、そう思って止めてくれたのかもしれないな。

そうだ、私、いっぱいいっぱい練習したんだ。
私だけに教えてくれた本当の名前。
ヴィオレットという花の、別の名前を。
今ならきっと言える気がする。

「おはよう、スミレ。それから、おやすみ。」

その後のことは、もう何も分からない。
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