偽物聖女と断罪された私は、愛する陛下を生かすために、死に戻って歴史を書き換えます

榛乃

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 あれを“前世”と呼んでいいのかは、正直なところ分からない。私は、あの時、あの処刑場で、確かに死んだ。首を落とされた、その瞬間に。だから皮膚を裂いた刃の感触も、言葉にすることさえ躊躇われる激痛も、今なおはっきりと憶えている。

 けれど、私が死んだのは、執行人の振り下ろした刃が原因ではなかった。――そうでなかったからこそ、私は今、ここにいる。ベッドから降り、自分の足で窓辺まで歩き、コップに注いだ水を飲むことが出来ている。あの時、間違いなく死んだというのに。確かに、終わったはずなのに。それでも私は今、ここに生きている。

 人としての“死”を迎える、そのぎりぎりの瞬間に。己の命を賭して、“過去”として記されたページを、“白紙”に差し替えることが出来たから。聖女――歴史を書き換える”修復師”として、決して犯してはならない禁忌。そうと分かっていながら、私は世界の理が刻まれた原典――星刻書――に、無理矢理“余白”を作った。寿命――つまりは“命”を、代価として。

 そうして私は今、ここにいる。世界が変わったわけではない。私自身が生まれ変わったわけでもない。ただ、過去のある一点へと、戻ってきただけ。だから、あの日処刑場で死んだはずの“私”を、“前世”と言って良いのかは、分からない。あの時の“私”も、今の“私”も、結局はひとつの人生の中に存在する、異なる“点”に過ぎないのだから。

 ふと鏡台へ目を向けると、丁寧に磨き込まれた鏡に、硝子のコップを片手に佇む自分の姿が映り込んでいるのが見えた。罪人が着る粗末な衣服も、手首を縛っていた縄も、拷問のせいで傷だらけになった腕や足も、もちろんそこにはない。確かに斬られたはずの首も、きちんともとの場所に繋がっている。

 “国王陛下暗殺を首謀した悪女”ではなく、まだ、ただの“役立たずな聖女”だった頃の、私。

 どれくらい過去へ戻ってきたのだろう。鏡に映る姿は、死んだあの時と、殆ど変わらないように見えるけれど。そう思いながらコップをゲリドンの上に置き、カバーの開かれたシリンダートップデスクへと歩み寄る。杢目の美しいマホガニー材の、艷やかな飴色のデスク。

 天板の上に置かれたままの日記帳を手に取り、ブックマーカーを挟んだページを捲る。そこには、昨日起こった出来事や、こなした雑事などが、薄いアイボリー色のページいっぱいに綴られていた。

 いつもの時間に起き、いつものように謁見を済ませ、いつものように祈りを捧げ、いつものように雑用――掃除や事務処理、蔵書の修繕――をするだけの、代わり映えのない一日。最後には、簡素な署名とともに、日付が記されている。

 王紀五百三年、四月三十日――。
 あの暗殺事件が起こる、ちょうど一年前。つまり私は、所謂“前世”の命を全て代償にしても、たった一年余りの時間しか遡ることが出来なかったということだ。

 短すぎる――と、思う。あの結末へ至る道筋の、どこをどう書き換えれば良いのか、今の私にはまだ分からないというのに。調べなければならないことも、知らなければならないことも、あまりにも多すぎる。それに比して、“一年”という時間の短さは、ひどく無慈悲で、残酷なものに思えてならなかった。

(それでも……)

 こうするしかなかった。逸れてしまった路を正し、本来あるべき方へと導いて、彼を、ひいては世界を救う為には。こうすることが、あの時の私に出来た唯一の方法だった。

 命を代価に白紙に出来たのは、確定事項――最終帰結する未来――ではなく、あくまでそこに至る因果経路だけだ。星刻書に一度記された確定事項は、いくら禁忌を犯して白紙へ戻しても、“重し”としてそこに残り続ける。だから、たとえどんな経路を辿ろうとも、あの暗殺事件は再び起こるし、私はその時に死ぬ。それは決して変わらない。

 変わらない、はずだったのに――。何故あの時、私は死ななかったのだろう。本来死ぬはずの私が生き残り、何の記述もなかった陛下が命を落とすことになってしまったのだろう。彼に、“修復師”のような、星刻書の書き換えが出来る能力はないはずなのに。どうして、ただの“役立たずの聖女”でしかなかった私なんかを、彼は庇ったのだろう――。

(兎も角、たった一年しかないんだもの。先ずはやれることをやるしかないわ)

 その為に、私は戻ってきたのだから。
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