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第5章 フローズン・ファンタズム

5 『始まりの魔女』

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「あの、夜子さん。聞いてもいいですか?」
「良いとも。何かな」

 ひとまず晴香のこと、そして心のことについては私の中である程度整理をつけた。
 でも今の話の中で色々と聞きたいことができたし、それに知りたいことも沢山ある。
 私が改めて言うと、夜子さんは穏やかな表情で頷いた。

「夜子さんは私の力について、私のことについて全部知ってるんですよね」
「まぁうん、知ってるね」
「どうしてですか?」
「どうして、ときたか」

 真っ直ぐに夜子さんを見上げて尋ねると、夜子さんは少しだけ困ったように眉を寄せた。
 相変わらずの呑気な笑みだけれど、でも少しだけ迷っているように見えた。

 今まで、夜子さんが何者なのか深く考えてこなかった。
 色んなことを知っているのも、魔女としての経験が長いからだろうって、そう漠然としか思っていなかった。
 でも、夜子さんは色んなことを知りすぎな気がする。
 魔法使いやワルプルギスが抱えている私の秘密についても色々知っているなんて、夜子さんが何者かである証明みたいなものだ。

 この飄々として何を考えているかわからない夜子さんには、私の知らない大きな一面があるように思える。
 転臨に至っている強力な魔女でありながら、どうやらロード・ホーリーのこともよく知っているようだったし。
 彼女には絶対、何かがある。

「アリスちゃんは私が何者なのかが知りたいのかな?」
「夜子さんが夜子さんだってことは、わかってます。でも、どうしてそんなに色々なことを知っているのか、一体何を考えているのか気になってしまって……」
「なるほど、アリスちゃんは私に興味深々なのかぁ。照れるなぁ」

 夜子さんはにへらっと戯けて笑って見せて、わざとらしく頭を掻いた。
 なんだか誤魔化されているようで、私はついつい目を細めてしまう。
 それを見て、夜子さんはふぅと息をついた。

「まぁ特に隠しているわけでもなかったし言うけれど、私は元々『まほうつかいの国』で君主ロードをやっていて、王族特務ってとこにいたんだよ。因みに真宵田 夜子って名前はカモフラージュで、本当の名前は別にあって────」
「え、ん、え!? ちょっと待ってください!」

 平然と世間話をするような口調で放たれた言葉の数々に、私は頭が追いつかなくて慌てて言葉を遮った。
 動揺が隠せない私を、夜子さんはキョトンとした顔で見ていた。

「夜子さんが『まほうつかいの国』でロードで王族特務!? 何が何だか、私……」
君主ロードや王族特務のことは知ってるんだね。これは話が早くて助かるなぁ」
「でも、でも夜子さんは魔女だし……どういうことですか!?」
「まぁ細かいことはいいじゃないの」

 必死に頭を巡らせながら尋ねる私に、夜子さんはヘラヘラと適当に返した。
 私には魔女や魔法使いを感知することができないから、その判別をすることはできないけれど、でも転臨をしていたことからも夜子さんは魔女のはず。
 なのにどうして『まほうつかいの国』で王族特務に?
 でも夜子さんは、そのことについて説明するのが面倒とでもいうような顔をしている。

「とにかくさ、私は前に『まほうつかいの国』の中枢にいたから、色々と知っているわけさ」
「全然納得できてないんですけど……」
「アリスちゃんが納得できていなくても事実は事実だし、理解できていなくても物事は進んでいくよ。重要なのは事実を理解することではなく、事実を事実として許容できる認識力さ」
「は、はぁ……」

 ふんわりと緩やかな笑みを浮かべてのらりくらりとそう言う夜子さんに、私は苦しげな相槌を打つしかなかった。
 とっても適当に誤魔化されている気がするけれど、深く話す気がない夜子さんにこれ以上食ってかかっても仕方がない。
 今私が聞きたいのは夜子さんの込み入った事情よりも、私自身のことなんだから。

「……わかりました。じゃあ深くは聞きません。その代わり、私のことについて教えてもらえませんか?」
「と、言うと?」
「私の力が一体何なのか、です」

 私がおずおずと言うと、夜子さんはほんの少し目を細めた。
 まるで私を見定めているように。

「みんながお姫様の力と呼ぶその『始まりの力』は、一体何なのか。夜子さんは知ってるんですよね?」
「まぁ知ってるね。じゃあ質問を返すけれど、アリスちゃんはどこまで知ってるのかな? 何か引っかかることがあるからこそ、こうして私に聞いてるんだろう?」
「自分がどこまで理解しているのかも、よくわかりません。私が使ったことがあるのは、『真理のつるぎ』と『庇護と奉仕』。それもただ湧き上がってくるものを与えられるがままに使っているだけで、それが元々どういったものなのかはわかりません。でも私はこの間会ってしまったんです。私の心の中に住まう魔女に。私の力の根源だと言う人に。彼女は私に、ドルミーレと名乗りました」
「────────」

 その名を口にした時、夜子さんの眉がピクリと動いたのを私は見逃さなかった。
 変わらぬ緩やかな笑みを浮かべつつも、夜子さんの表情がほんの僅かに動きを見せた。
 そしてそのまま私のことをまじまじと見てから、そっと目を伏せた。

「そうか。君はもう、彼女と会ったのか……」

 その呟きは、夜子さんがドルミーレについて知っているという告白そのものだった。
 私の中に眠るという魔女。私の力の根源だという魔女。
 ドルミーレと名乗る彼女が何者なのか、夜子さんは知っているんだ。

「流石と言うべきかな。封印された状態でも、やはり彼女は君に接触してきたのか。まぁ今のこの状況を考えれば、いつそうしてきてもおかしくなかったね」
「ドルミーレが何者なのか、教えてもらえますか?」

 夜子さんの笑みが穏やかなものから、労わるようなものに変わった。
 その笑みは夜子さんにしてはあまりにも優しすぎて、それが逆に少し不安を煽った。

「……彼女────ドルミーレは、俗に『始まりの魔女』と呼ばれている。全ての魔女の始祖。文字通り、一番最初の魔女だよ」
「『始まりの魔女』……? どうしてそんなものが私の中に……?」

 仰々しい言葉に、私はまじまじと夜子さんを見返してしまった。
『始まりの魔女』。魔女の始祖。一番最初の魔女。
 魔女、ひいては『魔女ウィルス』がいつから存在するかなんて知らないけれど、一番最初の魔女だという人が、どうして私の中で力として存在しているんだろう。

「どうして。それは私の口からは教えてあげられない。その答えはアリスちゃんが自分で辿り着きなさい。私が今教えてあげられるのは、『始まりの魔女』ドルミーレが、一体何なのかということだね」
「何なのか……?」

 そもそも全てを夜子さんから聞けるとは思っていなかった。
 前にも夜子さんには、自分で答えを見つけなさいと言われていたし。
 だから今は教えてもらえることに集中した方が良さそうだ。
 夜子さんは少しだけ言いにくそうに瞳を揺らして、しかし決然と口を開いた。

「『始まりの魔女』は文字通り全ての始まり。全ての魔女の母とも言える。なにせ、『魔女ウィルス』の元凶は彼女なんだからね」

 夜子さんの口から語られたそれは、私の心臓を止めんばかりの威力を持っていた。
 私はポカンと口を開いて、その静かな顔を呆然と見返すことしかできなかった。
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