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第一部
03
しおりを挟む「うううう、寒い! 寒すぎる!」
エルドア王国は夏だというのに、盾の山脈の山頂付近は雪が積もっている。
北の砦町でしっかり防寒着をそろえたのだが、冷たい風が吹きすさんでとても冷える。
「大丈夫か?」
「ユリユリは?」
「俺は風の魔法でガードしてるからな」
「ちょっとー! 私にもかけてよ、ひどーい!」
「自分でしろ」
しれっとそんなことを返すユリアスに、ハルは抗議した。言いあう時間ももったいない。
風の魔法で壁を作る感じにすればいいのかな?
試してみると、寒さがふわっとやわらいだ。
「ユリユリってば、教えてくれたらいいのに」
「なんで魔法を使わないのだろうかとは思った」
「言って!」
まったくもう、途中の悪所はハルの飛翔の魔法で飛び越えたりしたのに、友達がいがない奴である。
そして登山開始から三時間ほどで、ようやく東側の盾の山脈の上へと着いた。
「おおー! 結構、緑豊かなのねー!」
山脈から見える広大な景色に、息を飲む。
ハル達がいるのは中央から北に近い辺りなので、東側の様子がそれなりに見える。北のほう、遠くに魔の山の黒い影が見え、そのふもとからハル達のすぐ傍までは広々とした沼地があった。そのまま南に視線を移すと、草原や森、岩山が見える。
「魔の山に近付くほど、魔物の強さが増すというからな。この辺りで下山して、草原から向かってみるか。しかし沼地ではどうする? お前の魔法で飛ぶのか?」
「小舟でも買おうかと思ったけど、魔物のせいで転覆して終わりな気がするから……。魔法で岩を落として足場にすればいいんじゃないかな」
「まさか、環境から変える気なのか」
ちょっと、なんでどん引きしてるのよ!
ハルはむっとしたが、ユリアスの呆れたものを見る目は変わらない。
「東側にも女神スポットってあるのかな」
「女神スポット?」
「浮き水晶のことだよ」
「さあ。昔、命知らずの冒険家が、盾の山脈を歩き回って向こう側の様子を記したのだが、さすがにあちらには行かなかったようだ」
「ここからでも見えるもんね。じゃあ、私達が初めて?」
「かもな。入った奴はいるかもしれないが、戻ってきた記録がないんだから、魔物に食われたんだろう」
ユリアスはハルに言い聞かせる。
「いいか、ここからは未知のエリアだ。気力がもってもせいぜい三日。三日でここまで戻ってくる」
「分かった。ユリユリが一緒だから無茶しないよ」
「はぐれた時はここまで戻れ。俺を探さなくていい」
「ユリユリはね。私は探す。回復役がいたら良かったんだけどね」
さすがにここまでメロラインを巻き込む気にはなれなかった。
盾の山脈に入ってから、ずっと持ちっぱなしの弓を見下ろす。
がんばるから、見守っててね、女神様!
「魔物は私が相手をするから、ユリユリは体力温存ね。後で記録もよろしく!」
「分かった。では補佐に努めることにする」
どんな魔物がいるのかは、おおよそしか分からない。毒を持っているかもしれないので、近付くのは危険だろう。できるだけ魔法の矢での遠距離攻撃で仕留めたいところだ。
それから盾の山脈を降りていくと、中腹くらいから魔物が出始めた。
ところどころに池があり、迂回できない所はロープにユリアスを座らせて、空を飛んで通過する。ハルがいるからできることで、そうでなかったら最初の池で魔物に殺される者がいそうだ。
魔物がいれば分かるのもありがたい。半径五十メートル範囲に入った魔物はかたっぱしから倒していき、核だけ拾って、あとはユリアスがメモをする。余裕があれば、ハルが写真を撮った。
「蛙、トカゲ、魚、カニ……。色々いるけど、カニが面倒だね」
カニの魔物は甲羅が固く、ハルの放つ魔法の矢が弾かれることがあった。だが、何度か戦ううち、まずは目玉をつぶし、足元を爆発させてひっくり返してから、裏側の比較的柔らかい部分を射抜くことで解決した。
最初に爆破したのはユリアスだ。ハルに近付きすぎたので、補佐してくれたのだ。
「ああ。戦うコツも書いておこう。しかし、絵を描ける奴が欲しいな……」
ユリアスのほうが特徴をとらえているが、ハルもそんなに絵がうまくない。
「ユリユリのがマシだから、ユリユリが書いてね」
「お前のは子どもの落書きよりひどい」
「私も分かってるけど、わざわざ言わなくていいでしょ!」
東側に入る前に、盾の山脈で見つけた洞窟で一泊した。途中で食事の時間もとったが、濃厚すぎて三日は経ったような気分だ。
近くにいる魔物を魔法の矢で倒し、ハルは岩落としの魔法を使った。
ドーンと水しぶきが立ち、沼地に岩が落ちる。こちらに飛んできた泥水は、ユリアスが器用に風の魔法で弾いた。
「お前の魔法は大雑把だな。性格があらわれるんだ」
「ユリユリ、ちょっと細かそうだもんね」
「器用と言え」
ユリアスは言い返し、溜息をつく。
「まさか東側で、軽口を叩きながら歩けるとはな」
「沼地に近い辺りは、あんまり魔物がいないよね」
「ナーガ種が食べるからだろう。ここからがきついぞ。夕方には後退して、草原で野宿をしたいところだ」
「噂をしたら、大物が来たみたいね。ユリユリ、注意ね!」
「ああ」
ユリアスがそう返事をした瞬間、沼の中から大きな蛇が飛び出してきた。
体長五メートルほど、胴体は千年を生きた大樹の幹のように太い。ハルをすっぽり飲みこめそうなほど口を大きくあけた蛇が、ハルめがけて落ちてくる。
最初から食べに来るとは意外だったが、ハルはユリアスのほうに走り、ユリアスに抱き着いてそのまま空を飛んだ。離れた所に着地する。すぐにユリアスから離れた。
大蛇がドポンと沼地にもぐった。
「お、お、お前、急に!」
「セクハラじゃないわよ、危なかったんだもん。ねえ、あれが鉱龍?」
動揺していたユリアスは深呼吸をして落ち着くと、沼地のほうを見る。
「そうだな。俺が戦ったナーガは有翼の大蛇だが、鉱龍には翼はない。鱗が光に当たって虹色に輝いていた。オパール・ナーガではないだろうか」
「他に何がいるの?」
「宝石の数だけ、いくらでも」
「へえ、宝石商が大喜びしそうね。ユリユリは沼の端まで下がってね。行くぞー!」
ユリアスが返事をしてすぐに下がるのを横目に、ハルは空を飛んで沼地の上に向かう。そして、オパール・ナーガに向けて矢を放つ。挑発だ。
やがて苛立ったオパール・ナーガが空へと飛び上がる。
太陽の光が辺り、鱗がさあーっとまばゆく輝いた。その瞬間を、ハルはフォトの魔法で写真に収める。
「ハル!」
後方でユリアスが叫んだ。
オパール・ナーガの大口が迫る。ハルはユヅルを前へと押し出した。
バクン! 口が閉じる。
ハルを飲みこんだように見えたが、ハルはユヅルをつっかえ棒にして、そのまま体内に向けて魔法の矢を連射した。
「ジャララララ!」
オパール・ナーガの断末魔が響き、緩んだ口から飛び出して、一緒に沼に落ちるのはまぬがれる。
「よいしょっと」
ぷかりと沼地に浮かんだオパール・ナーガの死骸に、ハルは悠々と着地した。
「ハル、ナーガ種の核は顎の下辺りだ」
「はい!」
ユリアスの教えに従い、オパール・ナーガの頭に近付いて、顎辺りにナイフを突き刺す。こぶし大もある大きな核を取ると、ようやくほっと息をついた。これでもう復活できない。
岩場に飛び乗ってから、いったん夢幻鞄に放り込んだ。夢幻鞄には生き物を入れることはできないが、死骸は入れられる。
「どうする、ユリユリ。ここで解体する?」
「いや、まるごと収納できるんなら、安全な場所でしよう。まったく、紛らわしい倒し方をするな! 食われたかと思っただろう」
「外側って硬そうだから、中を攻撃すればいいかと思ってさ」
「肝が太すぎる。さすがは図太いだけあるな、お前」
「一言余計だよ!」
ハルは言い返すと、夢幻鞄から取り出した水筒で、水を飲む。落ち着いたら、胸がドキドキしてきた。
「ねえ、これで十年は遊んで暮らせるね! 何を買おうかな」
「俺なら簡易式結界維持機だな。恐ろしく高いぞ、あの機械。だが、さすがに一年分くらいの値だ」
「えっ、そんな物をカサリカさんが使ってたの?」
「討連には、各地にいくつか配置しているからな。あそこが消滅すると、全滅が早まる。神殿には特に多く置いているぞ。神官がいれば緊急で結界を張れるからな」
ユリアスの説明は分かりやすい。
「なるほどね。それじゃあ、簡易式結界維持機を買おうかな。ねえねえ、お城っていくらくらいかな」
「古城なら残金で買えるだろ」
「そんな大金になるんだ、これ……」
おののくハルに、ユリアスは冷静に指摘する。
「城なんてメンテナンスが大変だぞ。夢幻鞄に入れて持ち運びしたいなら、家にしておけ」
「違うよ。ユリユリが暮らせるような安全圏を作ろうかと思って。できれば周りに何もなくて、お城だけあるといいよね。そしたらユリユリ、周りを巻き込む心配をしなくて済むでしょ?」
「俺のことを心配してくれていたのか」
「だって、家族もあんな調子でしょ。幸い、私には女神ちゃんからもらった力があるから、私くらいは味方になってあげたいじゃん」
昔、いじめられた時、家族だけはハルの味方をしてくれた。それがどれだけ心強かったか。ユリアスは叔父のグレゴールだけは心配してくれているが、あの人は大神殿ダルトガの長という立場のせいで、ユリアスに表だって手助けできないみたいだ。それでも、呪いの進行を遅らせる仮面を贈っているのだから、十分役立っている。
「友達が一人ついてたら、ちょっとは気楽でしょ?」
「ちょっとどころではない。魔物を気にせずに休める場所があるだけで、だいぶ違うよ。しかし、俺がそんな手助けをされていいのか……。ほとんどお前についてきているだけだぞ」
「いや、交代で休憩できるだけでありがたいよ。ま、今回、その魔物をやっつけちゃえば万々歳だけどね。とりあえず奥に進もうか」
「ああ」
ユリアスは頷いて、照れくさそうに小さく笑った。
なんだかもう、それを見ただけで、ユリアスと旅をすることにして良かったなと思い、ハルはちょっと泣きそうになって、前のほうを向くのだった。
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