女神さまだってイイネが欲しいんです。(長編版)

草野瀬津璃

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第一部

 02

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「ようこそ~! 異世界への門へ!」

 明るい少女の声とともに、パーンと軽い音がして、色とりどりの花が飛び出した。
 地面にへたりこんだまま、頭から花をかぶったハルは唖然となった。
 四方全て真っ暗で、光り輝く門がある。どこまで続いているか見えないのに、なぜか広いと分かる不思議。
 とりあえずハルは手にしていたスマートフォンで、門の写真を撮ってみた。
 カシャッと音が間抜けに響く。

「夢なのに写真を撮れる……」
「なにそれ、面白いボケかたね! でも残念ね、写真には写らないのよ。神様フォトでもないと~」

 十三歳くらいに見える美少女は、ハルの前にしゃがみこんで、にっこりと電波なことを言った。
 真っ白な髪は床に届くほど長く、金色の目は、興味をたたえてこちらを覗き込む。繊細な金細工で飾られた白いドレスは、ふんわりと広がって可憐だ。どう見ても西洋人の少女だが、体が薄らと光っているあたりただ者ではない。

「神様?」

 先ほどの電波発言から、ハルはどうにかそれだけ引きだした。少女は頷いた。

「ええ、そうよ。わたくしは女神。初めまして、地球の民。わたくしは、お前の世界から見れば異世界にある、リスティアという世界の創造神よ。リスティアというの」

 リスティアは立ち上がり、うっとりと両手を組んでその場でくるくると回る。リスティアから花火のように、光の花が飛び散った。

「ここに来てくれて嬉しいわ! #異世界だなんて調べる馬鹿、なかなかいなくって。あ、ごめんなさい! なんでもないわ」

 少女――リスティアは慌てて謝って、なんでも許してしまいそうな可愛らしい笑みを浮かべた。
 ハルは質問を絞り出す。

「……つまり、あれは悪戯じゃなくて、本当に異世界があるの?」
「ええ、そうよ!」

 リスティアは大きく頷いた。
 そして、黒い宙に向けて、右手を広げる。その手の先に、映像が浮かび上がった。
 青く輝く地球と、ところどころ紫がかった雲のある星だ。

「わたくしの父はね、地球という世界の創造主なの」
「あなたは娘?」
「そうよ。そして、これが私の世界リスティアよ」

 青く輝く緑豊かな星だが、一部にかかっている紫がかった雲が毒々しい。それでも、ハルはその星を綺麗だと思った。
 するとリスティアが嬉しそうに笑う。

「綺麗? ありがとう、褒めてくれて。でもわたくしは生まれたばかりで、まだまだ未熟なの」

 無言で驚いているハルに、リスティアは小首を傾げる。

「何を驚いているの。わたくしは女神、人間の心の声くらい聞こえるわ」
「そ、そうなんですか」

 やばい。それは気を付けないといけないなあと思ったが、そう考えると余計に変なことを考えそうになり、ハルは急いで数字を数えた。

「そんなに焦らなくていいのよ、わたくしは心が広いの、怒らないわ」

 リスティアはくすりと笑い、話を続ける。

「それより続きね。わたくしね、お父様に、上位世界の人間を一人だけ借りる許しをもらったの。それでこうして罠を張っていたのよ。上位世界っていうのは地球のことね。お父様からわたくしが生まれたから、わたくしの方が下位世界というわけ、お分かり?」

 地球と異世界リスティアの映像が移動して、上と下の配置になった。ハルは頷いた。

「ええ、分かるわ」
「良かった。それで地球で人気のウェブサイトを利用したの。異世界に行く願望がある者がいれば、手っ取り早いでしょ? でも、誰も調べてくれないんだもの、どうしようかと思ったわ」

 リスティアはもしや、遠回しにハルを馬鹿にしているのだろうか。先程、#異世界なんて調べる馬鹿……と口を滑らせたのはちゃんと聞いている。ハルの心の声を読んだのか、リスティアがぎくりとした。そしてちょっとわざとらしいくらいの満面の笑みを浮かべた。

「ねえ、お前。わたくしを手伝ってくれないかしら」
「え!?」

 突然の頼みに、ハルは面食らった。

「手伝うって何を?」
「ええ。まずはこれを見て欲しいの」

 リスティアは宙に新たな画面を作りだす。
 ハルが親しんでいる写真投稿型SNSにそっくりな画面だが、タイトルが違う。

「ジンスタグラム?」

 名前までそっくりだ。
 ハルの問いかけの目に、リスティアはその通りだと頷いた。

「インターネットがあるのは人間だけではないの。これはわたくし達神の間のインターネット――ゴッズネットで最近流行りの写真投稿サイトなのよ」
「神様も写真って撮るんだ」

 思わず呟いたハルは悪くないと思う。リスティアは当然だと頷いた。

「ここで、自分の世界の絶景を投稿して、自慢しあうの。わたくしも何枚か投稿したのに、皆、ひどいのよ! 『ありきたり』とか、『そういうの、見飽きた』とか、そういうことばっかり言うの! イイネなんてお父様からの一つだけなのよ。生まれたばかりの未熟な世界だからって、こんな扱い、ひどいでしょ!」

 幼い女神は怒って、大人げない神々の文句を言う。しかしハルから見れば子どもが癇癪かんしゃくを起しているだけなので、全然怖くない。

「だからわたくし、人間の手を借りて、リアルで超絶カッコイイ写真を撮って、皆からイイネをたくさんもらうって決めたのよ」

 リスティアは胸を張って言い切った。
 付き合いの良いハルは、その場に正座した姿勢でパチパチと拍手する。

「でも、どうして自分の世界の人に頼まないの?」

 ハルが挙手して質問すると、リスティアは気まずげに目を逸らす。

「わたくしはまだ未熟なの、世界も同じなのよ。時代としては、お前の世界でいう中世かしら。そこにはね、わたくしが統制しきれないエネルギーの片鱗――魔物がいるのよ」
「あ、私、帰ります。死んじゃうんで」

 ハルは即座に立ち上がり、その場でお辞儀をして立ち去ろうとした。だが、リスティアがハルの腰にタックルしてきた。

「待って待って! 下位世界の人間だと、絶景なんてある所に行ったら、確かにすぐに死んじゃうのよ。でもね、上位世界の人間なら違うの。わたくしの世界に来たら、頑強で魔力も豊富で、病気もかからないわ。そこにわたくしの加護を与えたら、ほぼ無敵よ!」

 ハルはリスティアを引きはがそうとやっきになる。

「でも、だって、写真投稿サイトで、イイネをもらうためだけなんでしょ? くっだらない」
「お願いー! お父様には、『地球の人間が自分から望んで来た時だけ許可する』って言われているの。別に、わたくしの世界に引っ越せって言ってるわけじゃないのよ。お前がわたくしの世界から帰る時は、ここに来た時と同じ時間に帰すわ。もちろん、肉体年齢は止めるわよ」
「……それって本当?」

 ハルはリスティアの言葉に食いついた。リスティアはぶんぶんと大きく頷く。

「当然、わたくしの世界にいる間、お前は不老よ。死んだらどうしようもないけど、まず、死ぬことはないでしょう」
「それは……良い話ね」

 ハルの心は大いに揺れた。

「どんな中世か分からないけど、外国の文化には興味があるわ。それに、卒論のテーマを考えるのに十分な時間が取れる!」

 じっくり考える時間が欲しかったハルには、リスティアの提案は素晴らしいものに思えた。返事を一変させ、リスティアの小さな両手を握る。

「行くわ、女神様! 私がその世界で、素敵な写真を撮ってきてあげる! ちょうどいいことに、私の趣味はスナップ写真なの。きっと役に立てると思う」
「本当!? やったわー!」

 リスティアは嬉しそうにその場で飛び跳ね、再びハルの腰に抱き着いた。リスティアを中心に、光の花がパッと花火のように飛び散る。
 統制しきれないエネルギーの片鱗というのはこれもだろうかと、ハルは光の花を目で追った。
 リスティアはハルから離れると、満面の笑みを浮かべてハルを見上げた。

「では、名前を教えて」
「織川ハルよ」
「オリカワ・ハルね、分かったわ」

 リスティアは頷くと、ハルの後ろに回った。

「お前に、わたくし、女神リスティアの加護を授ける」

 リスティアは凛々しい声で宣言し、ハルの背中に右手を押し当てた。
 一瞬、背中が熱くなり、ハルは驚いた。

「あつっ」

 痛みのようなものは一瞬で消え去ったが、ハルは落ち着かずに背中をみようと振り返る。だがどうやっても見えない。
 リスティアがそんなハルに説明する。

「契約と同時に、加護を与えたの。お前の背中に加護紋かごもんを刻んだわ。わたくしの世界に適応できるようにしたの」
「適応……?」

「言葉が分からないと困るでしょ? それに、地球の民には魔力を取り込んだり排出したりする器官がないから、加護紋が代わりを果たすの。病気への抗体も出来たわよ。もちろん、あなたが持ってるものが、わたくしの世界に影響を与えないようにもなった」
「なるほどね。人の移動は病気の移動でもあるものね」

 ハルはとても納得した。リスティアの懸念も最もだ。歴史において、外国人が病気を持ちこんだことで、耐性のない部族が壊滅的な被害を受けた例もある。

「これで魔法が使えるなんてすごい。不思議だけど面白いわ!」
「喜んでくれて嬉しい。でも、加護紋は誰しもが持っているものではないから、隠すようにしてね。大騒ぎになっちゃうわよ」
「分かりました、女神様」

 ハルが頷くと、リスティアはにこりと笑い、手をパンと打ち鳴らして、黒い空間に出していた映像を全て消した。

「魔法については自分で色々試して欲しいけど、一つだけ、一番大事な魔法の使い方だけ説明するわね。『フォト』の魔法よ」
「写真ってこと?」
「そう。構えはこう、画家がアングルを決める為に、こういうことをするでしょう?」

 リスティアは両手の親指と人差し指を立て、それを上下に構えて、四角を作った。

「こう?」

 ハルも真似をすると、リスティアはそうそうと頷く。

「ズームといえば拡大になるし、アウトって言えば縮小になるわ。幅は手で決めて、『撮影』で写真が撮れるの。あなた専用の夢幻むげんフォルダに繋いであるから、そちらに写真データが送られるわ」
「夢幻フォルダ?」

 ハルが疑問を口にすると、ハルの前に、パッと電子画面が浮かび上がった。パソコンや携帯のデータフォルダにそっくりだ。

「試しに撮ってみるわね」

 リスティアがハルを撮ると、夢幻フォルダに映像が増えた。驚いているハルの顔写真である。周りは真っ暗だ。
 リスティアはその画像を指先で叩く。すると、選択画面が現われた。

「操作はパソコンや携帯と同じよ。でも、この『女神へ送信』って欄があるでしょう? これを選ぶと、わたくしの夢幻フォルダに送信されるの。それをわたくしが受け取って、ジンスタグラムに投稿するというわけ」

 リスティアの説明は分かりやすい。ハルでもすぐに出来そうだ。

「『女神のジンスタグラム』って言えば、わたくしのページを見られるから、後で見てみてね。でも、残念だけど、イイネを押せるのは神だけだから、あなたは閲覧しかできないんだけど」
「なるほど、分かったわ」

 魔法とSFがごっちゃになった感じで、とても面白い。ハルはさっそくワクワクしてきた。

(異世界リスティア、どんな所だろう。写真撮りまくるわよ~っ)

 旅行が趣味のハルは、まだ見ぬ世界への期待で胸を膨らませる。
 リスティアはにこりと笑って夢幻フォルダの映像を消すと、両手を広げた。

「――では、最後に。あなたに強力な武器を授けるわ」

 黒い空間いっぱいに武器が浮かび上がった。どれも装飾が綺麗で、それ自体が薄らと光り輝き、命を持った力強さに満ちている。

「どれがいい? 一つだけ選んで」
「ええと、どうしようかな」

 ハルは武器の前をうろつく。

「剣は怖いし、杖なんてよく分かんないし……。うーん、これなら使うのはイメージしやすいかな?」

 ぶつぶつと呟くハルのことを見て、リスティアがくすりと笑う。

「大丈夫、武術なんて習わなくても、持てば使えるようになっているから好きな物を選んで。ただ、お前しか持てないから、他の人には貸せないっていうことは覚えておいてね」
「分かりました。じゃあ、これにします!」

 ハルは、白銀に輝く美しい弓を手に取った。リスティアは弓を覗きこむ。

「これは魔法の矢が飛び出す弓よ。名前を付けて」
「名前? えーとえーと、ユヅルで!」

 とっさに思いついたのは、弓弦を片仮名にしただけの安直な名前だった。ハルが叫んだ瞬間、弓がぱあっと光り、次の瞬間、金の目の白い猫になった。

「あれ!? 猫になっちゃった」
「普段は目立つから、使い魔として傍にいるわ。必要な時は弓になるから大丈夫。危ない時は、護ってくれる嬉しい機能付き」
「へえ、いたれりつくせりでありがとうございます!」
「どういたしまして」

 リスティアは誇らしげに胸を反らした。
 そして、パンパンと手を叩く。

「ひゃっ」

 ハルは驚いた。着ていた服が、いかにも中世の旅人という感じの、オレンジ色の服と黒いズボンに変わった。シンプルだが、銀糸で刺繍が施されていて美しい。肌触りが良いのに、頑丈そうにも見える不思議な布だ。一応、女物らしく、レースで飾られ、背中の中ほどから後ろだけふわりと広がっていた。履いていたショートブーツは、革製のロングブーツに変わっている。

「その腰の鞄は、夢幻鞄むげんかばんというの。中にたくさんの荷物を仕舞えるのよ。中に入れてしまえば、重さも感じないわ。容量制限はないけど、時間までは止まらないから、食べ物を入れた時は賞味期限に気を付けてちょうだい」
「夢幻鞄……。すごい、身軽に旅が出来るなんて最高だわ」

 重い荷物を持ってうろつかないで済むなんて、とても嬉しい。
 ハルには武器よりもありがたく思えた。

「ありがとう、女神ちゃん!」

 ハルは感動のあまり、姪っ子にでもするみたいに、リスティアに飛びついた。ぎゅっと抱きしめると、リスティアは照れ笑いを浮かべる。

「可愛らしい響きね。いいわ、ハル。女神ちゃんと呼ぶ許可を与える。でもたまにはリスティア様と呼んでもいいのよ?」
「分かりました、リスティア様」
「よろしい」

 うふふっと嬉しそうに笑い、リスティアが大人ぶって頷いた。

「では、ハル。わたくしの世界に招待するわ。ひとまず、神殿に送るから、世界のことはそちらの長に聞きなさい。あなたの行動に干渉せず、身分証を与えて保護はするように命じておくから……」

 そこでリスティアは今思い出したというように付け足す。

「あら、そういえば説明してなかったわね。各地に、わたくしとコンタクトが取れるスポットがあるの。神殿のこともあるし、その辺の岩だったりもするわ。見つけたらわたくしに声をかけてね。イイネを稼いだあかつきには、ご褒美もあるから頑張っていいわよ」
「ご褒美?」
「そうよ。ふふっ、それはその時のお楽しみ! さあ、お行きなさい。あなたの活躍、楽しみにしているわ」

 リスティアは慈愛のこもった笑みを浮かべ、両手を広げる。
 門の扉が開き、光の波が押し寄せる。
 ハルはあまりの眩しさに、顔を手で庇い、目を閉じる。そして、波に飲み込まれた。

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・2017.6/13 一部修正。
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